8-3
「私が何とか揉み消しておいたわ」
「ありがとう!……私がどんどんダメになっていく気がするぅ」
トリシアがぐてーと机にもたれかかった。
件の部室破壊はミアの采配によりなかったことになった。
僕のおかげで証拠もない。
「これで僕のわだかまりは帳消しってことにならないか?」
「……それを本人に言うかぁ」
「!ついでに私の分も頼むよ」
ソファに座り、机の上で手を組む僕の肩に手をかけてツェザールが言った。相変わらず腹が立つくらい絵になるなと思いつつ、横目でその顔を確認する。しかしこれもまた変わらず何を考えているかさっぱり分からない。
「いいよ、いいよ、だって最初から気にしてない」
そうは言うが、いろいろと限界だから、こんなことをしたんじゃないのか。まあ本当にいろいろとあったからな。
「そういえばアンドリュー、女になるの諦めたんですかぁ?あんなに怒っていたのに」
クレアが面白そうに僕に問いかける。
女王の婚約者候補ってことが公表され、僕は名実ともに男扱いされることになった。ツェザールの扱いといっしょだ。
ちなみに多少友達は失ったが、特にかわりはない。
「……そうだな、もうどうでもいいかな。僕はつかれた」
そもそも1回くらい女になっておきたいというそれだけの動機だった。女性への尽きることない憧れの理由もトリシアのおかげで思い出したことだし……なんだか脱力感が僕を支配しているようだった。
「ま、僕にはザールと違って女友達結構いるしな、それで満足しておくよ」
「私にだってたくさんいるけど!?」
「あれはワンチャン狙いの取り巻きだろ?僕の方がむしろ仲がいいくらいだ」
「むむむ」
ツェザールとなにかといっしょに行動することが多い僕はツェザールの取り巻き達ともそこそこ仲良くなっていた。ツェザールを取り囲んできゃあきゃあ言う様は少しだけ親近感が湧く。
僕ならこういう劇をやらせるねとか言って、ツェザールの容姿を活かした1シーンを想像させればもう僕の友達だ。
思惑とは違ったらしい僕の行動にひたすら困惑しているツェザールだった。
「つまらないですねぇ」
「僕みたいな適当でお気楽なやつは、それはそれで需要があるんだよ」
クレアに軽く手を振る。
僕の今の性格は、あの自分勝手な祖父や親戚その他に囲まれこの性格は形成されたに違いない。もちろん普通の子供たちの中じゃ浮くが、この学校に通ってるやつはなんだかんだ皆優秀だ。なんとかなる。親に感謝だな。
「ん?」
ツェザールが外から飛んで来た矢をなんともなしに掴む。
観測。
「ああ、僕を狙って放たれた矢だ。後でなんとかするからその辺に置いておいてくれ」
「……適当ってそういう」
こっちに来てからこういうのが耐えない。仕方がないと言えば仕方がないが少し悲しい僕である。
「お、これも?」
もう一本矢を掴む。
「いや、それは違う」
観測で見るがよく分からない。なんらかの偽造だろうか。
「紙が付いてますよ、どれどれ……」
僕も覗く。
「かしこ。こちらの国に宣戦布告を出すのでよろしく。オルフ」
「…………」
▫
「ここで私達が用意した武器が役に立つというわけですね」
「ほらやっぱり僕の国と同盟結んでおけば良かったんだ。今からでも遅くないぜ?しよ?」
「…………」
これを好機とみた僕はいい笑顔でミアに絡む。
クレアもニコニコだ。久しぶりに機嫌が良さそうである。ビジネスチャンスだからか。
「殺意の高い2人はおいといてどうする?トリシア」
無表情だがどことなく呆れた雰囲気でライラがそう言った。
「とりあえず直接会いに行く!話はそれからだよ」
「はあ、トリシアならそう言うと思ったわよ」
なんだかわけの分からない方向でまとまってしまいそうだ。
「行く面子はどうするんだ?」
「切り替えが早すぎる」
「僕はあんまりおすすめできないかもね、オルフには相性が悪いどころの話じゃないし。うーん、一応1回は勝ちかけたライラと、それからアーノルド連れてくか」
「俺!?」
「オルフはああ見えて純粋だし交渉要員は必要だと思うわけだよ」
と、適当なことを言ってみるが、僕はそろそろアーノルドの正体を知りたいのである。一応僕自体は昔会ったこともあるし、キースの関係者であるということも知っているわけだが、情報が足りない。
僕以外の立場だとずっと身元不明の他人の空似がいることになる。それって冷静に考えなくても怖くないか?
僕の観測でも看破できない偽造魔法を使えるオルフならなにか知っているかもしれない。これを機にさっさと正体を暴いてくれないだろうか。
「そういうところが信用できないって言われるんだと思うよ」
「うるさいなぁ」
タイミングを見計らったかのようにツェザールが口を開く。まさか僕の考えを悟られたか?一瞬そう思うが、ツェザールはこうタイミングがいいだけでその実何も分かっていなさそうだと思い直す。表情は相変わらず何を考えているかよく分からない。
「分かっているとは思うけどミアとツェザールはやめておくといい。侵略戦争において国のトップが出張って行くのはなかなか不味い。僕の時のように皆理知的ではいられないのさ」
「私は国のトップじゃないけどね」
「ああ、すまない。そうだな、国のトップ“では”なかったな」
王子だからな。ツェザールが未だにそれを隠していることを皮肉げに指摘する。ツェザールはやれやれと首を振った。呆れられているのか?この僕がツェザールに?腹が立つな。