7-12
剣が僕の手から落ちる。
「───────私の勝ち」
……ああ、トリシアの顔が■■■■に被る。もうずっと昔の記憶。1番最初の、忘れていたはずの原初の記憶。固定スキルのせいで、後悔なんて許されない僕は転生の記憶を引き継げるはずもない。この記憶を思い出したのはトリシアのスキルによるものだろうか。ならば、僕が負けるのも道理と言えた。
最初の僕は、魔法を使うのが村の誰よりもそれこそ大人よりも上手くて、人より成長がちょっとだけ早く体格の良かった。そして、この境遇の人間なら誰でもそうなるだろうが、愚かにも自分自身が世界で1番強いのだと心のどこかで思っていた。
そして僕は出会った。村の長と結婚するべく育てられている女と。
調子に乗っていた僕はイノシシのような魔物に勝負を挑んで負けかけていた。そしてその«女»は一撃であっさりと仕留めてしまった。
悔しくなった僕はその女に勝負を挑み続けそして負け続けた。
面倒になったのかその女はある日僕に言った。
お前の強みは力ではなくその飽くなき好奇心と頭の良さなのだと。誰にも負けない強みを活かせとそう言われた。
そして僕は勉強し、優秀な学校に通い、そして僕が1番なんかではないと気づいてしまうわけだが、結局そんなものはどうでもよかった。1番なんて関係なく勉強するのは楽しかった。
僕が負け続けた女は結婚相手に殺された。
僕が知っているのはそれだけ。
1番だと思っていた相手はあっさりと僕の前から消えた。
この喪失感に耐えきれなくなって……【僕は固定スキルを発動した】。
僕は魔法の扱いがとにかく上手い。天才と言っても過言じゃない。結果は出せないから認められなかっただけ。
僕はその才能を使ってスキルというものが原初の魔法によるものだとつきとめた。遠い昔の誰かが使った魔法。そして僕は固定スキルというとんでもないものを持っていると知った。これは呪いだ。発動しない限り所持者は別になっていくが、発動したらもうなかったことにはできない。
そうか、そうだな。僕はその時で固定されている。自己認識もそのままだ。だからこの結果は当たり前。
トリシアに敗北するこの光景も。
「ははは、これは僕の負け、かな」
「……。ああ、やっと本当の顔だ」
「?」
何やらトリシアが満足げな顔をしている。
いや、僕に勝ったのだから当然か。何せ世界最強に器用なこの僕だ。その僕に勝ったのだから喜びもひとしおだろう。ははは、なんてな。
「僕を連れ帰るんだったか?まだその気なら望み通りにするといいさ」
どうせ条約締結のために1年くらい帰る予定ではあったが。
▫
「───────というわけで条約を結んでくる。まあ待ってろ」
セツコ様にその旨を伝えた。
「……婚約破棄する必要まではないでしょうに」
「どうせあと2年は結婚できないんだ、いいだろ別に」
「そういう問題じゃありまーせーんー」
さすがにちょっと怒っている。申し訳ない気持ちになりつつ、しかし、僕もやはり大学に通いたいのだ。王配という立場じゃ満足に学ぶことも難しい。そこまでの覚悟が、結局僕にはなかったのだ。
「握りつぶしてもらっていた魔女殺しの件だが、約束を一方的に棄てたんだ、僕がやったと公表してもらってかまわない」
「……?……ああ!あの件ですか。あれは父上が少し意地悪なことを言って……。……」
これを条件に僕が婚約していたと知らなかったらしい。セツコ様の顔が曇った。
「東の森の魔女は数々の少年に手をかけ、精神不良に陥らせ、成長すると記憶を消して追い出させていた、悪い魔女でした」
「え、でもアイツは記憶を消したから証拠は無いって……」
「ええ。あなたが討伐するまで誰も何も疑っていなかった。でも、魔女が死んだ途端魔法は解け、記憶を失っていた青年達は記憶を取り戻した。そしてその悪行は明らかになったのです」
少し顔を顰めながら、あの後の状況を説明してくれる。
知らない情報だ。僕は婚約を結んだ後、すぐにこの国を出てしまったから。
「アンドリューは世紀最悪の魔女と呼ばれる、ロベルタを討伐した英雄ですわ。アンドリュー自身がそれを望んでいないと父上はそれを握りつぶしてしまいましたが」
「なんだそれ、知らない……」
「そういうことですわよね。はあ……。今からでも遅くありません。あなたが英雄だってことを発表します、いいですね?」
頷くしかない。
悪名高い僕には飛びつくような話だし、そもそも先に約束を破ったのは僕なのだから、それを止める権利もない。
「あなたは、私が引き止めていい人間ではなかったのですね……」
儚げに言うセツコ様にそれは違うと言おうとして、僕がそれを言って許される立場なのか?と自問する。
「いや、僕がセツコ様の元を離れるんじゃない。セツコ様に僕が釣り合わなかったんだ。セツコ様にはもっといい人がいるさ。僕よりもずっと」
「ふふふ」
セツコ様はおかしそうに笑った。
それはきっと本心からで、彼女の未来は明るいものになるだろうと確信できた。