プロローグ1(前世)
「おはよう」
目を覚ますと、目の前にリリーロッテの顔があった。男装をしているが女だ。異性にはあまり近づくべきではないと思うがまあいいか。
「おはようございます」
私も起きることにして、体を上げて目を擦った。
▫
いつも通り食卓に向かう。料理はいつも私が担当しているが、今日は寝坊したらしい。
「レイ、珍しいね。君が1番最後なんて」
私と1番仲のいい男が近づいてきてそう言った。
ロイという。外見だけは物語の中の王子様みたいな男だ。金髪碧眼で、否応なく人に好感を抱かせる顔のパーツ配置。騎士であるから、筋肉もついていて、しかしつきすぎず、身分の高い貴族と言われても通る見た目をしている。羨ましく思っていたこともあったが、中身があんまりにもあれなので、もうそんな気分は無くなった。
「朝ごはんはどうなっていますか?」
「ルークが作ってくれたよ」
「……」
厨房からこちらを覗いている背の高く、ガタイのいい男が目に入る。
ルークだ。少し低いところにある厨房にいるため、短く切り揃えられた灰色の髪が見える。
戦士として有名なんだったか。屈強な男達によく話しかけられているのを見る。
「ルーク料理できたんですね」
「……お前ほどじゃない」
この通り寡黙だが、慕われるに足る聖騎士だ。私も教会所属だが、悪い噂は聞いたことがない。
テーブルの上に用意されている料理を見る。盛り付けが華やかだ。食べてみる。なるほど、味も結構おいしい。意外だ。
「リリーロッテ!まだここにいたのか!早く来い」
「もう、そんな急がなくたって。レイモンドを心配してるんでしょ?」
リーシュとオルフだ。
リーシュは怪しげな占い師だ。長い赤髪に濃い化粧、ひらひらの服を着ていてまあ目立つ。ギリギリ異性装ではないので、教会の立場からすると見逃してもいいが、どこぞの王族という話もある。リリーロッテのついでに一応監視しておけと、教会から言われている。とんだ道楽者だと思ったものだ。
オルフはエルフの族長らしい。私はよく知らないが、エルフというのは森に住んでいる、魔術に適正の高い長命な種族らしい。水のような青い髪を長く伸ばしている。服こそ質素だが、華奢な体と華のある顔のせいで女にしか見えない。見えないが、エルフとはそもそもそういう種族らしい。あまり言及するべきではないのかもしれない。
「リリーロッテ。オレと早く森に行こ?」
「ええ〜」
リリーロッテの腕をリーシュが引っ張っている。よく見る光景だ。リリーロッテの方が力は強いので安心して見れる。朝ごはんを食べ終わったので、横に置いてくれていたコーヒーを飲みながら、少し感慨深く眺める。このコーヒーは誰がやってくれたんだろう。気が利くな。
「気づいた?それやったのぼくだよ」
机の下から黒毛金目の猫の獣人が出てくる。クロだ。まだ少年だ。いかにも子供であると言いたげなあざとい表情を話し方で、大人からの評判はいい。手癖が悪くて少し嫌な奴だが、コーヒーはありがたい。お礼を言っておく。
そしてこの流れの時は、っと。ルークをこっそり上目遣いで見るが、凄まじい殺気が放たれているような気がしたので、すぐ目を逸らした。リーシュに対し怒っている。これもまたいつもの流れだ。
「こういう時は静観するのが正解だ。だよね?」
ロイがいつもと変わらないにこやかなポーカーフェイスで私に話しかける。何を考えているのか本当に分からない。
「そうですね」
私は心を落ち着かせるようにコーヒーに口をつけながらそう言った。なんかカップが震えているな。
オルフが慌ててリーシュを止めようとしているのが微笑ましく見える。
クロはそれを見てニヤニヤしている。
なんのことはない。いつも通りの光景。
ただ少し、いつもより私に優しい気がした。
▫
「申し訳ありません。最後まで見届けると言ったのに」
身支度を終えた私はリリーロッテに対し頭を下げ、謝る。私は教会からの命でリリーロッテの監視をしていたが、教会側から帰ってくるよう言われてしまった。
「いいんだよ。後任も決めてくれたし」
後任。一瞬なんのことか分からなかったが、確かに私の代わりだ。教会所属の人物ではないからピンと来なかった。彼は観測に関しては私よりも有能だ。是非活用してほしい。
「そうですか。……これからのご活躍をお祈りしています。社交辞令でなく、本当に。私も頑張りますから」
「うん、頑張って」
▫
それから半年後、リリーロッテは死んだ。