★過去を歪ませた報いを受けよ【義弟1】
俺はずっと、嘘をついている。
「私がこんなに不幸なのはあんたのせいよ!この甲斐性なし!」
「顔だけ女のくせに黙れ!そのご自慢の体で稼いでこいよ!」
俺の父と母は、とんでもなく仲が悪かった。近所のおばあさんによれば、二人は熱烈な恋愛の末に駆け落ちしてきたらしい。けれど俺が物心つくころにそんなステキな恋人たちの面影はなく、二人は毎日喧嘩していた。
いや、俺が産まれた瞬間に、二人は決定的に不仲になったのかもしれない。
俺には、本当は四つ上に姉がいたらしい。母によく似たストロベリーブロンドにエメラルドの瞳を持つ、たいそう愛らしい女の子だったそうだ。
しかし姉は、三歳になる前に流行風邪で死んでしまった。そのことを母は激しく嘆き悲しみ、そして怒った。
薬も満足に買えない経済状況や、不衛生な環境を恨み、そして何度も父に向かって罵倒を繰り返したらしい。
「あなたと駆け落ちなんでしなければ良かった」
「実家にいれば、いいえ、せめてもっとまともな環境であれば、この子は死なずにすんだのに!」
と。
父と駆け落ちしなければ、そもそも姉は生まれていないのだが、そんなことは狂いかけていた母の思考には関係なかったのだろう。
父も最初は悔やみ、ひたすらに母に謝っていたそうだ。自分の稼ぎが悪くてすまない、これからはもっと頑張るから、と。
そして二人は、娘を取り戻そうと、再度子を作った。
しかし、生まれたのは俺だ。
銀に近いシルバーブロンドに、冷たいアイスブルーの瞳。
父母の結婚に反対し、駆け落ちの原因ともなった俺の祖父にそっくりの色合いだ。
生まれてきたのが娘ではなく、憎むべき祖父とよく似た色素を持つ男児だったせいで、二人の決裂は決定的なものとなってしまった。
両親が生きている間は、罵声と怒声が朝から晩まで響いていた。だから俺は毎晩、布団をかぶって数を数え、どちらかが家を飛び出すのを待った。
出来れば母が家出をしてくれる方がよかった。父は、母がいなくなると潰れるまで安酒を煽り、台所の机で朝まで眠りこけるからだ。
しかし、父が飛び出した時は、最悪だ。
「レオン!何を一人で呑気に寝ているの!?私がこんなに辛いのにッ」
「っ、母さん、ごめっグッ」
「あんたのっ!あんたのせいで!全て狂ったのよ!!」
母は壊れかけたベッドの中で丸まっている俺を叩き起こし、俺の髪を引っ張り、頭や顔面をひたすらに平手打ちにした。酒に弱いくせに何杯か煽ったのだろう。正気を失くした虚な目、力の加減のない暴力、酒臭い息。全てが最悪だった。
殴られている間、俺はいつも声を押し殺した。髪や目だけではなく、声も祖父を思い起こさせると言って、母はひどく嫌悪していたからだ。
「う、うわぁああああ!!!」
そのうち大声で泣き出して、疲れ果てて眠りに落ちるまで、俺はひたすら母の横で息を殺して、ただ時が過ぎるのを待っていた。
そんな子供時代に、良い思い出なんてひとつもない。
だから正直、二人が死んだ時はホッとした。これでもう打たれなくてすむ、あぁよかったと思ったくらいだ。
孤児院に行っても全然平気だった。そうたいして暮らしぶりも変わらなかった……いや、むしろ改善した気すらしたから。
孤児院で、俺はわりと平穏に暮らしていた。
幸せだとは思ったことはなかったけれど、安全であるだけで十分に満足だった。
けれど。
「君が、……マリーとジャックの息子、かい?」
「え?」
とんでもなく身なりの良い、金持ちそうなおじさんが現れ、俺に尋ねた。それは紛れもなく、父と母の名前だった。
「そ、うで、すが……父さんと、母さんの、知り合いですか?」
「知り合い、というか……関係者でね」
関係者。なんだそれは。
じわりと冷や汗がにじむ。
あの二人は、こんなやばそうな人に、なにかやらかしたのだろうか?この男は明らかに、そのへんをぶらついているような木端貴族じゃない。とんでもなく顔が整っていて、ちょっとした動きにも一切隙がなく、掏摸なんか出来そうもない。この男は、わずかでも気分を損ねたら、俺の首をチョンと刎ね飛ばせる人間だ。そう直感して、俺は身体中に鳥肌が立った。
あぁ、あのクソ親たちは、一体何をやらかしたんだ。借金か?金の持ち逃げか?もしかして借金のカタに俺は売られるのか?あぁ、くそっ!やっとマトモな生活ができると思ったのに。
俺がそう絶望した時、金持ちは驚くべきことを言った。
「私は君の伯父なんだ、レオンくん」
「へ?」
「君のお母さんはね、私の一番下の妹なんだよ」
母が……?あの醜いザンバラ髪に、薄汚れた服を着て、窶れて目を落ち窪ませていた母が、このとんでもなく綺麗な上等な男の妹だと言うのか。
とても信じられなかった。だが、男が適当なことを言っているようにも見えなかった。何より男は目を細めて、心底嬉しそうに言ったのだ。
「あぁ、間違いない。君は祖父によく似ている。我が家の血筋の顔立ちだ」
と。
母が憎み、己の手で打ち据えずにはおれなかった、この銀髪と碧眼を見て。
俺を引き取るという男の言葉に、反対することはできなかった。相手は明らかに高い地位の貴族だ。機嫌を損ねたら何をされるか分かったものじゃない。それに孤児院の気のいい院長も、泣きながら喜んでいた。男は大層な額を寄付したらしい。
院長は「よかったね、きっと幸せになれるよ」と満面の笑みで俺を送り出した。
馬車の中で、質問攻めにあった。そのたいていは、俺が孤児院に入るに至る経緯についてだったので、俺は努めて私情をこめず、淡々と語った。
生まれたときからあまり裕福とは言えなかったこと、飢饉の後から一気に生活が苦しくなったこと、伝染病が流行して父母が相次いで亡くなり、周囲の世話であの孤児院に入ったこと、などだ。
孤児院には恩があったから、多少装飾して印象を良くしておいた。
涙を浮かべながら俺の話を聞いていた男は、何度か躊躇った後で、ポツリと尋ねた。
「妹は……君の母は、幸せだっただろうか」
とても答えにくいその質問に、俺は精一杯綺麗に笑って答えた。
「……はい、母さんは、いつも幸せそうに笑っていました」
「そうか、それは……よかった」
目の前の男の機嫌を損ねないために、俺はひとつ目の嘘をついた。