表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/36

★過去を歪ませた報いを受けよ【義弟1】

俺はずっと、嘘をついている。




「私がこんなに不幸なのはあんたのせいよ!この甲斐性なし!」

「顔だけ女のくせに黙れ!そのご自慢の体で稼いでこいよ!」


俺の父と母は、とんでもなく仲が悪かった。近所のおばあさんによれば、二人は熱烈な恋愛の末に駆け落ちしてきたらしい。けれど俺が物心つくころにそんなステキな恋人たちの面影はなく、二人は毎日喧嘩していた。


いや、俺が産まれた瞬間に、二人は決定的に不仲になったのかもしれない。


俺には、本当は四つ上に姉がいたらしい。母によく似たストロベリーブロンドにエメラルドの瞳を持つ、たいそう愛らしい女の子だったそうだ。

しかし姉は、三歳になる前に流行風邪で死んでしまった。そのことを母は激しく嘆き悲しみ、そして怒った。

薬も満足に買えない経済状況や、不衛生な環境を恨み、そして何度も父に向かって罵倒を繰り返したらしい。


「あなたと駆け落ちなんでしなければ良かった」

「実家にいれば、いいえ、せめてもっと()()()()環境であれば、この子は死なずにすんだのに!」


と。


父と駆け落ちしなければ、そもそも姉は生まれていないのだが、そんなことは狂いかけていた母の思考には関係なかったのだろう。


父も最初は悔やみ、ひたすらに母に謝っていたそうだ。自分の稼ぎが悪くてすまない、これからはもっと頑張るから、と。

そして二人は、娘を取り戻そうと、再度子を作った。


しかし、生まれたのは俺だ。

銀に近いシルバーブロンドに、冷たいアイスブルーの瞳。

父母の結婚に反対し、駆け落ちの原因ともなった俺の祖父にそっくりの色合いだ。


生まれてきたのが娘ではなく、憎むべき祖父とよく似た色素を持つ男児だったせいで、二人の決裂は決定的なものとなってしまった。






両親が生きている間は、罵声と怒声が朝から晩まで響いていた。だから俺は毎晩、布団をかぶって数を数え、どちらかが家を飛び出すのを待った。

出来れば母が家出をしてくれる方がよかった。父は、母がいなくなると潰れるまで安酒を煽り、台所の机で朝まで眠りこけるからだ。

しかし、父が飛び出した時は、最悪だ。


「レオン!何を一人で呑気に寝ているの!?私がこんなに辛いのにッ」

「っ、母さん、ごめっグッ」

「あんたのっ!あんたのせいで!全て狂ったのよ!!」


母は壊れかけたベッドの中で丸まっている俺を叩き起こし、俺の髪を引っ張り、頭や顔面をひたすらに平手打ちにした。酒に弱いくせに何杯か煽ったのだろう。正気を失くした虚な目、力の加減のない暴力、酒臭い息。全てが最悪だった。

殴られている間、俺はいつも声を押し殺した。髪や目だけではなく、声も祖父を思い起こさせると言って、母はひどく嫌悪していたからだ。


「う、うわぁああああ!!!」


そのうち大声で泣き出して、疲れ果てて眠りに落ちるまで、俺はひたすら母の横で息を殺して、ただ時が過ぎるのを待っていた。




そんな子供時代に、良い思い出なんてひとつもない。

だから正直、二人が死んだ時はホッとした。これでもう打たれなくてすむ、あぁよかったと思ったくらいだ。

孤児院に行っても全然平気だった。そうたいして暮らしぶりも変わらなかった……いや、むしろ改善した気すらしたから。


孤児院で、俺はわりと平穏に暮らしていた。

幸せだとは思ったことはなかったけれど、安全であるだけで十分に満足だった。


けれど。


「君が、……マリーとジャックの息子、かい?」

「え?」


とんでもなく身なりの良い、金持ちそうなおじさんが現れ、俺に尋ねた。それは紛れもなく、父と母の名前だった。


「そ、うで、すが……父さんと、母さんの、知り合いですか?」

「知り合い、というか……関係者でね」


関係者。なんだそれは。

じわりと冷や汗がにじむ。

あの二人は、こんな()()()()()()に、なにかやらかしたのだろうか?この男は明らかに、そのへんをぶらついているような木端貴族じゃない。とんでもなく顔が整っていて、ちょっとした動きにも一切隙がなく、掏摸なんか出来そうもない。この男は、わずかでも気分を損ねたら、俺の首をチョンと刎ね飛ばせる人間だ。そう直感して、俺は身体中に鳥肌が立った。

あぁ、あのクソ親たちは、一体何をやらかしたんだ。借金か?金の持ち逃げか?もしかして借金のカタに俺は売られるのか?あぁ、くそっ!やっと()()()な生活ができると思ったのに。


俺がそう絶望した時、金持ちは驚くべきことを言った。


「私は君の伯父なんだ、レオンくん」

「へ?」

「君のお母さんはね、私の一番下の妹なんだよ」


母が……?あの醜いザンバラ髪に、薄汚れた服を着て、窶れて目を落ち窪ませていた母が、このとんでもなく綺麗な上等な男の妹だと言うのか。

とても信じられなかった。だが、男が適当なことを言っているようにも見えなかった。何より男は目を細めて、心底嬉しそうに言ったのだ。


「あぁ、間違いない。君は祖父によく似ている。我が家の血筋の顔立ちだ」


と。

母が憎み、己の手で打ち据えずにはおれなかった、この銀髪と碧眼を見て。





俺を引き取るという男の言葉に、反対することはできなかった。相手は明らかに高い地位の貴族だ。機嫌を損ねたら何をされるか分かったものじゃない。それに孤児院の気のいい院長も、泣きながら喜んでいた。男は大層な額を寄付したらしい。

院長は「よかったね、きっと幸せになれるよ」と満面の笑みで俺を送り出した。




馬車の中で、質問攻めにあった。そのたいていは、俺が孤児院に入るに至る経緯についてだったので、俺は努めて私情をこめず、淡々と語った。

生まれたときからあまり裕福とは言えなかったこと、飢饉の後から一気に生活が苦しくなったこと、伝染病が流行して父母が相次いで亡くなり、周囲の世話であの孤児院に入ったこと、などだ。

孤児院には恩があったから、多少装飾して印象を良くしておいた。


涙を浮かべながら俺の話を聞いていた男は、何度か躊躇った後で、ポツリと尋ねた。


「妹は……君の母は、幸せだっただろうか」


とても答えにくいその質問に、俺は精一杯綺麗に笑って答えた。


「……はい、母さんは、いつも幸せそうに笑っていました」

「そうか、それは……よかった」


目の前の男の機嫌を損ねないために、俺はひとつ目の嘘をついた。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ