★欲望を知り昂揚する心【王太子4】
勢いで書いていて、描写を忘れていましたが、ここは学園の執務室(王族が在学中だけ使われる)なイメージです。また後で加筆修正します。
特別な、好意?
「なっ!?」
言葉を理解した途端、顔に血が上る。きっと真っ赤になっているに違いない。
あぁ、みっともない。王太子たる私が、こんなに動揺を露わにするなんて。
「や、めてくれ、そんなことを言うのは!」
「私の前でだけ見せてくださる紅潮した頬は、熱い眼差しは、私の勘違いだったのでしょうか?」
一歩、一歩。瞳に底知れない夜の気配を宿して、カールは静かに私の方に近づいてくる。
「好きなものが分からないと仰るあなたから、私は誰よりも明確に、特別な好意を向けて頂いていると自負しておりましたが」
「やめろ!」
知らないうちに、何かの覚悟を決めたような顔をしているカールは、容赦なく私を追い詰めてくる。
ひたすら首を張り、必死に答えることを拒んでも、意地の悪いこの男は許してくれなかった。
「頼む、それ以上言うな……っ」
絞り出した自分の声の情けなさに、とうとう視界が滲んでくる。
これは多分、情けなさだけではない。恥ずかしいとか、居た堪れないとか、そういった感情だ。他にもぐちゃぐちゃと混乱しているが、まだ言語化できそうにはなかった。
「お前はなんでそうも意地が悪いんだ!」
「意地が悪いのは元からです。申し上げたでしょう?私は性格が悪いと」
「うるさい!黙れ!」
詰る声は子供の癇癪のようだった。
カールの前ではいつも、知らなかった感情に襲われてしまう。ぐらんぐらんと揺さぶられて、私の脳は思考もままならないほど掻き回されてしまった。
「黙ってほしいのですか?私と会話をしたくないと?」
「そう言っているだろう!」
意地悪く尋ねるカールに、咄嗟に声を荒げてしまい、また自己嫌悪に襲われる。
あぁ、いやだ。
けれど、それと同時に、なぜか興奮と歓喜が湧き上がってくる。
新たに胸元へ突きつけられる感情は鮮烈だった。
「カール、今日の君は、なぜそんなに容赦がないんだ」
ポツリと呻けば、カールがとろりと目を細めて唇を歪める。学園で一、二を争うと言われる美貌に浮かべられているのは、ひどく魅惑的で、扇情的な微笑みだった。
「私が大変身勝手で自分本位な人間だったことを思い出したんです。私は、欲しくて仕方ないものを諦められるような、そんな出来た人間じゃないってことを」
「欲しいもの……」
「言わなくても、お分かりでしょう?」
あなたですよ。
赤い唇が、音もなく動く。口の動きを読み取ってしまって、これまで以上に頬が熱くなる。そんな私を嬉しそうに見て、カールが甘く囁いた。まるで悪魔の誘惑のように。
「本当は殿下も、同じなのでは?」
熱情を秘めて、とろりと細められた目が私を射抜く。息が止まりそうだった。
「やめてくれ……これ以上、私の中の君の大きさを、思い知らさないでくれ」
敗北宣言のように呟いて、私は椅子に座ったまま机に突っ伏した。プライドや常識がなければ、泣き喚きながら「もう許してくれ、逃がしてくれ」と懇願したい気分だった。
けれど、カールは無言で私の側までくると、私の顔を無理矢理上げさせた。そしてじっと目を覗き込んで、にやりと笑う。
「嫌です」
「あぁ……君は本当に嫌なやつだ」
だって、憎しみも憧れも嫉妬も執着も、私に感情があることを思い知らせるのは、いつも。
「全部、カールのせいだからな」
この男だけなのだから。
***
取られた手を振り払えなかった。
近づいてくる唇を拒否できなかった。
けれど、唇をこじあけようとする舌は、噛み切ればよかった。
そうすれば、私は、定められた王道を歩いて行けたのに。
「カール……っ」
「殿下、殿下……愛しています……ッ」
熱い体で抱き合い、歓喜の涙が溢れ出す。私を押し倒し翻弄する間、カールは眼鏡すら外さずに私を凝視し続けてた。
何度見るなと命じても、笑顔のまま拒否される。
「嫌です、目に焼き付けます」
何ひとつ見逃すまいと、全てを網膜に焼き付けようとするように、じっくりと視姦されて、私の背筋にぞわぞわと痺れが走った。
「離してくれ、もう、むりだ……っ」
「嫌です、離しません」
終わらぬ交歓に根を上げても、カールは私を離してくれなかった。
「いつまでも終わりたくない。永遠にあなたと繋がっていたい。抱き合っていたい。……世界が終わるその日まで」
「な、にを」
狂った瞳で熱烈に訴えられ、体の芯が熱く焦げた。
「あなたを抱きたい。この先も永遠に。あなたを他の人間に渡したくない」
身内だけに向けられると言われるこの男の激しさ。
噂に聞くそれとは比ではないほどの、圧倒的な灼熱の嫉妬、独占欲、狂愛。
そんなものに気圧され、そして全身を支配される喜びに震えた。
「私は、君の妹と結婚する」
「知っています」
「君は義兄となるんだ」
「その通りです」
既定路線を口にしても、カールは淡々と頷くだけだ。
「……私は、君の妹を抱き、世継ぎを儲けねばならない」
「嫌です。あなたは私だけのものです」
「ははっ、……そうか」
誰よりも現実的なはずのカールは、灼熱の欲望を私に突きつける。燃え尽くされそうな狂気を向けられることは、とんでもなく快感だった。
「なぁカール、君は狂ったのか?」
「元から狂っております」
戯れに尋ねれば、カールは闇を宿した瞳で笑った。
「私はあなたを愛したその日から、あなたに狂っているのです」




