★心の奥底から抉り出される感情【王太子3】
「国のため、王族として、次期国王として……私はどうすべきなのか、常に考えている。けれど、私がどうしたいのかが分からないんだ。私には、たぶん、自分というものがないから」
「殿下……」
私が絞り出した本音に、言葉を返しあぐねたカールが、困惑したように眉尻を下げる。いつもカールは同年代の中でも一際大人びていて、どんな時でも落ち着き払っているけれど、今日は年相応に見えた。
「だから、私には基準がない。国という魔物の操り人形でしかない。神がうまく操ってくれればよいのだけれど、どうやら我が国の神は、そんなに甘やかしてはくれないみたいでね」
自分で考えなくてもいけないらしい。最善の道を、国主としての正解を、お告げでもしてくれれば良いのに。
「私は国を守りたい、民を守りたい。おそらくは、そのはずだ。……それなのに、分からないのだ」
自嘲するように呟けば、カールはなぜか酷く傷ついたような、悲しげな顔をした。
「人が考えていることも希望していることも、なんとなく読み取れる。私はそういう訓練を積んできたから。……でも、人はそれぞれ願うことが違うから、万人の求めるものは叶えられない。だから常に選ばねばならない。切り捨てなければならない。そして、常に多数をとれば良いわけでもない」
上に立つ者としての選択は、いつだって下へ大きく影響を与えてしまう。私の選択が多くの人の人生や生命を左右するのに。
「今後、大きな選択を迫られる時、……私は自信がないのだ」
私が吐き出す弱音を、カールは静かな顔で聞いている。情けない私の話を、否定もせず、かといって下手な励ましもせずに聞いてくれるカールに甘えて、私は自嘲を浮かべたまま話し続けた。
「その時にどうすればよいのか。その導となるのは、きっと己の理想やあるべき姿という確固たる自己なのだろう。けれど私には目指したい理想がない。これは為政者として致命的だ」
「……そんな、ことは」
否定しようとしたカールは、しかしそこで言葉を止めた。
私自身がそう思っているのだから、他者が否定したところで意味はないと気がついたのだろう。その聡明さも好ましかった。
「君は意志が強い。自分というものがはっきりしている。守りたいもの、守るべきものが明確で、そのためにどう行動すればよいか迷わない。そのために、切り捨てるべきものを躊躇わない」
私の最後の言葉にカールがびくりと肩を揺らす。
カールは、己の身の内にいれたものに強い愛を向け、敵対者を残酷に陥れることも躊躇わない。そんな冷酷な激情家であることは、ある程度以上の貴族たちはみんな知っている。
私はその苛烈さを否定する気はまったくない。
「責めているのではないさ。私は憧れているんだよ、その冷酷さは、人々を守るために必要な力だ」
「ちが、う……殿下、それは違います」
私の自嘲に満ちた懺悔を、カールが初めて制止した。そして苦しげな顔で訴える。
「私はただ、自分本位で勝手なだけです。人を守るためではなく、私は私の欲しいものを手に入れて、大切なものだけを守るために、行動を選択してしまう。私は決して、人の上に立つ器ではありません」
「そうかな?でも、そうだとしても……私も、君のようになりたかったんだ」
カールが言うならば、そうかもしれない。けれど、それでもカールの明確な自我と鮮烈な意思は、私にはないもので、どうしても欲しいものだった。
「あぁ、殿下……でも、たしかに……あなたは、為政者となるには……優しすぎるのかもしれない」
カールは悲しげに呟いて嘆いた。苦悩するように美貌を歪めるカールに、私は苦笑して首を振る。
「違うよ。優しいのではない。分からないだけだ。自分というものがないだけだ。前も言っただろう?幼いからからずっと、己を殺し国のために生きるのだと思い続けてきたら、分からなくなってしまったんだ」
はぁ、と重いため息に、行き場のない胸苦しさを乗せて吐き出す。
「自分の夢は?好きなものは?嫌いなものは?守りたいものは?捨てたいものは?そんな些細なことも分からない。……己で選択ができないから、周りの空気を読んで、周りが求める解答をだそうとする。愚かで情けない人間なんだよ」
「好きなものが、わからない……」
そう吐き捨てた私に、カールは一言呟いた。そして何度か躊躇ったあと、妙に坐った目で尋ねた。
「私は?」
「え?」
「殿下は、私のことは、どう思ってらっしゃるのですか?」
思いがけない質問に面食らい、おもわず一瞬押し黙ってしまった。じっと返事を待つカールの意図が読めず、しばらく躊躇った後で、私は口を開いた。
「……よき、友人だと思っているよ。身分を超えて高め合え、時に諫言してくれる、得難い存在だ」
私にとって、こうとしか言いようがなかった。
尊敬と羨望と嫉妬が入り混じるこの感情が、一般的に友情と呼べるものなのかわからなかったけれど、それ以外に当てはまる語彙を私は知らない。
しかしそんな私の内面の葛藤と困惑など無視して、カールはすぅと目を細め、探るようにこちらを見つめた。
「では……殿下が私を見て、嬉しそうに微笑まれるのは、なぜなのですか?」
「え?」
想定外の質問が続き、私は困惑もあらわに沈黙した。
そんな自覚もないのに、理由を聞かれても困る。
だがやはり、最も気のおけない友人だからではないだろうか?
そう考え、見つけた答えを口にしようとしたのだが、カールは私の返事を待たずに続けざまに私の内面に踏み込んでいた。
「あなたはいつも、私を見つけると安堵したように少しだけ眉を下げ、ほのかに唇を緩めます。それは、私への好意だと思っていたのですが、違いましたか?」
「なっ、好意!?」
明確に言葉にされた感情に、私は動揺し、みっともなく慌ててしまった。
「いや、その、だから……そりゃあ、君は、気心がしれた相手だから」
「本当にそれだけですか?」
「……どういう意味だ」
私が必死で見つけた答えに、カールが首を傾げてみせる。思わず眉間に皺を寄せて睨みつけた私に、とうとうカールが核心に踏み込んだ。
「マリアといる時も、トムといる時も、あなたは気を抜いています。でも私と二人だけの時、少しだけ頬を赤らめるのです。私には特別な好意を抱いて下さってるのだと感じておりましたが。
……もしかして、ご自覚はなかったのですか?」
他の連載に追われ&いろいろ落ち着かず、更新が遅れました。すみませんでした。




