★独占欲と嫉妬心に身を焼かれ【兄2】
私は殿下の唯一でありたかった。
そして愚かにも、そうあろうとした。
「殿下はあなたとの交流を、特にお望みではないと思いますよ」
学園で殿下と接点を持とうとする人間たちが何人も私に橋渡しを頼んできたが、常に笑顔で握りつぶした。
殿下に有益な人間だけは渋々ながら通したが、それでも必要以上に仲が深まらないよう対応した。
王家から学友として、殿下の学園生活の無事を守るように期待されているのだからと言い訳をしながら、私は殿下の対人関係を慎重に、そして徹底的に管理した。
「残念ながら殿下は、そういったものはお嫌いですね」
もちろん近づいてくる女たちも同様だ。
贈り物を渡そうとする、愚かで身の程知らずの女子生徒の心も、その場で踏み躙った。周りはそれを婚約者である妹のためだと思っただろうが、違う。
明確に私のためだった。
私だけはそれを痛いほどに自覚していた。
なぜなら、私は己の妹にすら嫉妬していたからだ。
私は三人での茶会でも、殿下と私しか知らない話題を出してマリアを除け者にしたことすらある。
つい二人の仲の進展を阻んでしまう私を、マリアは不思議そうに見つめていた。
しかし疑うことを知らない、愚かで可愛い妹は深く考えることもなかった。
「仲良きことは美しきかな、ですわね」
そう呟いて、ほのぼのと笑っていた。
やはり妹は素直で善良で、私の守るべきものの一つであった。
私のあからさまな振る舞いにも、のどかに笑っている稚い妹は、殿下の婚約者ではあっても、やはり愛おしい。
ついそう考えてしまい、私は諦めのため息を吐いた。
愛情を向ける先が逆転していることに、私はずっと前から気づいていた。
「お前なぁ、マリアと殿下の邪魔をするな。大人気ないぞ」
ある日父に呼び出された私は、呆れたような叱責を受けた。
「妹が取られて面白くないのだろうが、殿下はマリアの婚約者だ。仲を深めて頂かないと、マリアが将来結婚した後で困るんだぞ?」
こんこんと言い聞かせるような父の言い方は、まるで聞き分けのない幼児に対するもののようで、どこかおかしかった。
私が抱いている感情は、そんな可愛らしいものではなかったのに。
「むしろお前が兄として、殿下との仲を取り持つくらいしてやりなさい。マリアはそういうところが疎いのだから」
「申し訳ありません」
大人しく頭は下げながら、私は安堵していた。
己の本心が、まだ父に知られてはいないのだ、と。
***
「今日はマリアはいないのかい?」
いつものように三人で準備された茶会の席に、なぜか一人で現れた私に、殿下は片眉を上げて驚きを表した。
殿下はお忙しい方だから、この茶会がなければ体を休めることもできただろう。
「今朝から少し咳がありまして。夏風邪とは思いますが、殿下にうつすわけには参りませんので。私だけ参りました」
婚約者との仲を深めるための茶会なのだから、マリアが体調不良ならばキャンセルを申し出ればよかったのに、私はそうしなかった。
私は酷い兄で酷い臣下だ。
多忙の殿下と二人きりのの時間を手に入れる機会を得て、喜んでいるのだから。
「そうか。ではマリアにはよく休むよう伝えてくれ」
普段通りの顔に少しばかりの心配と配慮を浮かべて殿下が告げた言葉に、私は少しだけ目を細めた。いつも透明な瞳を、何がしかの感情がよぎったように感じたのだ。
「マリアが不在で男二人では、つまらないでしょうか?」
「あ、いや……そんなことは、ない」
探るために問い掛ければ、殿下は気まずそうに視線を彷徨わせた後に、照れくさそうな笑みを浮かべて言った。
「マリアが来れなかったのは残念だけれど、カールと話すのは楽しい、から……今日のお茶会をキャンセルせず、君が来てくれて嬉しく思うよ」
頬を赤らめて、口にする殿下の稚さと清らかさに、私は無意識に唾を飲んだ。感じたのは激しい飢餓と貪欲な渇望だ。
「……こちらこそ、殿下との時間を得られて大変光栄で嬉しく存じます」
「ふふ、学園でいつも会っているのに、不思議だな」
楽しげに笑う殿下が眩しくて直視できないのに、目を離すこともできない。
殿下がこんな笑顔を見せるのは、私の前だけだ。
おそらく殿下は、いつも己が仮面を纏っていることにすら気づいていない。
そんな殿下の、本人すら知らない素顔を、私はみているのだ。
離れたところに控える近衛騎士や侍女たちも、直接は見えずとも殿下の纏う空気の柔らかさは分かるのだろう。
彼らは表情には出さないまでも驚きを浮かべている。
私の秘めた本心など知らぬ彼らは、きっと思っているのだろう。
殿下にも心を許せる友人ができてよかった、と。
「ふふ」
思わず笑みが浮かぶ。
私は殿下にとって、唯一の存在だ。
私だけでなく、殿下の周りの人々すら、そう思っている。
それは体の芯が熱く滾るような昂揚だった。
殿下のただひとりの心を許せる友の地位を手に入れ、私は優越感にひたりきっていた。
「君がいてくれて助かったよ」
些細なことに感謝の言葉を与えてくれる殿下に、私はいつも温かな喜びを感じる。
そしてつい、殿下は私の存在を喜んでくれているのだと、私を求めているのだと、過剰な期待をしてしまうのだ。
「どうかいつまでも、私を支えておくれ」
「もちろん」
臣下として頼られ求められているだけなのだと己を諌めながら、私は常に怯えていた。
「殿下がお望みくださる限り、いついつまでも、永遠に」
征服欲や支配欲と共存するこの感情を、私はどこまで制御していけるだろうか、と。




