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★優越感と庇護欲に苛まれ【兄1】

「私が、殿下の学友に?」


珍しく父に執務室へ呼び出されたと思えば、相変わらず碌でもない要件だった。


「あぁ、マリアが婚約者となったこともあり、あちらから是非にとのことだ」

「つまり、拒否権はないのですね」


何度か茶会や公式行事でお目にかかったことのある殿下の姿を思い出す。美貌を謳われた両陛下と似て、姿形は大層美しい方だ。けれど人間味に欠けるというか、やけに泰然として子供らしからぬお方だった。

同年齢だと聞かされたが、何もかも悟り切った年上のように……いや、もしくは何も知らない幼児のようにも思えた。


会話をしていても掴みどころがなく、感情のわかりにくい瞳と、常に綺麗に微笑みを浮かべた唇。

美しい国の操り人形だと、そう思った。


「殿下の学友に選ばれるのは、栄誉なことだぞ?未来の側近となることがほぼ確定したようなものだ」


わざとらしく眉を顰める父に、私はハハッと鼻で笑ってみせた。


「弟妹と過ごす時間の貴重さを比べれば、無駄としか思えませんけれどね」

「はははっ」


私の不敬極まりない発言に、父は愉快そうに笑う。親馬鹿、いや、家族馬鹿を極めた父にとっては、私の発言は痛快でしかないのだろう。


「まったく、お前は兄馬鹿だなぁ」

「父上の子ですからね。……まぁ、お受けしますよ、謹んでね」

「あぁ、伝えておこう」


父に言い返した私は、用件は済んだとばかりさっさと執務室を辞去した。


「王太子殿下、ねぇ」


常に生き生きとした表情を見せ、溌剌とした魅力をもつ弟妹と比べて、あの方には違和感を抱かざるをえない。

不可思議な殿下の空気を思い出し、私は大人びた苦笑を浮かべてみせた。


「まぁ、適当にうまくやろう。可愛いマリアの夫となられるお方でもあるし……()()()()()()になるのだろうからな」


果たして、私のその予感は、結局別の形で真実となった。






「よろしく頼むよ」


顔合わせの時、私をまっすぐに見た殿下は、驚くほど翳りのないニュートラルな目をしていた。


「マリア嬢にはいつもお世話になっているけれど、今後は君とも良い関係が築けたらと思っているんだ。どうか、よろしく頼むよ」


柔らかな空気と言葉遣いとは裏腹に、私が殿下から感じ取ったのは、不純物を含まない高純度の魔石のように、なにものにも染まらぬ硬質さ。


「君のようにしっかりした人からすると、私には頼りないところが多く見えるだろうね。どうか、思ったままに教えておくれ」


嫌味でも卑下でもなく、ただ純粋に本心から臣下にそう願う殿下は、私にとって衝撃だった。


「私に、君から学ばせておくれ」


そう告げて綺麗に笑った殿下に、私は一瞬で()()()のだ。






なんて透明で美しいひとだろうか。

人の世にあることが信じられない。


それが、初めて殿下と向き合った時に得た、私の感想だった。

かつて私が殿下を、国のための美しい人形だと思っていたのは、ある意味正しかったのだ。

殿下は私と同じ人間にしては、あまりにも感情の淀みがなく、その精神に汚れがなさ過ぎた。


この人はきっと、人の世で生きることが難しいだろう。

私はそう感じ、同時に、この人の美しさをこのままに護りたいと、心から思ったのだ。

それは弟妹への庇護欲とよく似て、けれど非なるものだった。


そんな私の殿下へかける熱情が伝わったのだろうか。

交流を重ねるたび、次第に殿下は私に心を許すようになった。





「やぁ、カール。また首席だったね」

「今回は危ないところでした。帝国からの使節団の来襲に助けられましたね」


殿下のからかい混じりの賛辞に、私は肩をすくめて返す。

殿下は、試験期間に突然訪問した使節団の対応に追われていた。私と違って勉強の余裕などなかっただろうと示唆すれば、殿下はくすくすと笑いながら目を細める。


「嫌味な奴だ。でも今回は、君の得意科目で勝利できたからな。良しとしておくよ。相変わらずカールには勝てないなぁ、君はどんな頭をしているんだい?」

「殿下の方が凄いと思いますよ、私は」


おどけて賞賛をくれる殿下に、私は苦笑して、本心から否定した。殿下が私をライバルとして扱い、尊敬すらしてくれるのは嬉しいが、私からすればとんでもない。


「ほとんど学業だけに打ち込めば良い私と違って、公務がある殿下の方が試験勉強などでは不利に決まってます。むしろ、そんな試験ですらあなたより不出来では、私はあなたのお役に立てません」

「そんなものか?」

「そうです。有用な臣下であるためにも、私は一つでも多く、()()()()()()得意なことがなくては」

「そんなことを言う人間は、カールだけだぞ」


どこか呆れに似た感情を浮かべて、殿下ははにかむように笑う。


「みんな私に完璧であれと、誰よりも有能たれと言うだろう。学園の試験ですらカールの下位に甘んじ続けている私を、さぞ情けないと思っているだろうな」

「逆ですよ、殿下。それじゃあ私の存在価値がなくなります。学園の勉強くらい、私に頼ってください」


私が真顔で告げると、殿下は嬉しそうに目を細め、口元を綻ばせた。


「ははっ、じやあ古代魔法理論を教えてくれ。どうにも苦手なんだ」

「えぇ、私は薬草学あたりが飲み込みきれていないので、教えてください」

「おや、これは平民の言うところの()()()()というやつか」

「そうかもしれませんね」


私たちは顔を見合わせて笑い合う。


殿下の立場で、己の苦手や不出来を曝け出すのは良いとはされない振る舞いかもしれない。

けれど、軽やかに己の欠点を差し出し、私を頼ってくれる殿下が、私には狂おしいほどに愛おしいのだ。

互いに頼り合うという、擬似的な対等関係はしごく甘やかで、ひどく私の心をざわつかせた。


「じゃあカール、自習室でも借りるか」

「ふふ、王族特権で応接間でも借りますか?」

「一生徒として、定員が四人の小さな部屋を借りるよ。まぁ、カールと二人だけだけどな、護衛も入れて四人だ」


悪戯っぽく笑う殿下に、どれほど宥めても私の胸は高鳴る。


学園でふたりきりのとき、殿下はこんな風にすっかり仮面を外した顔で笑いかけてくれる。

それは、マリアにすら見せないような、私だけに向けた素の笑顔だ。


マリアは殿下に遠慮しているのか、常に距離をとって接しているようだから、当然のような顔で距離を詰める私の方が親しいのは当然かもしれない。

けれどそれは、私にはたとえようもない興奮だった。

私は婚約者である妹よりも、私の方が殿下のそばにあるのだ、と。


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