(2)+ 登場人物一覧
「え?」
「ロンもそうなの?」
重ねて問いかけると、ロンは思いがけないことを聞かれたように束の間口ごもり、そしてふわりと苦笑した。
「まぁ……そりゃそうですよ。こんなふうに、分かったような口をきくのも、見栄を張ってるんです。私だって若造ですから、そう大層な人生経験があるわけじゃありませんのでね」
「ふぅーん」
私にも見栄を張っているのか。ふぅん。そっか、それはなんとなく、悪くない気分ね。
少しだけ気分が良くなり、私は先ほどまでよりも落ち着いた心地でロンと議論を開始した。
「最近では、私が知らない間に、お兄様と殿下がやたら喧嘩して、ついでに仲直りしてるのよ。いっつも、トムが仲をとりもってるらしいの」
「あぁ、確かに最近、殿下は感情豊かですもんね」
ロンが同意して頷いた。
「以前は声を荒げることなんてなかったのに、人間じみたところが出てきたと言いますか。まぁ我々に対しては今まで通り穏やかな聖人君子なのですが」
「すごいわよねぇ、殿下。私が何をやらかしても全然怒らないもの」
「マリア様はそう大したことはやらかさないでしょう」
「お兄様はやらかしてるの?」
「あー……どうでしょうね」
何か言いづらそうに口籠もるロンの様子に眉を顰める。
「あの二人、そんなにしょっちゅう喧嘩しているの?」
「あ、まぁ、たまに……?」
「たまに、じゃなさそうな口ぶりだけど」
すぅっと目を逸らして告げるロンに、私はつい眉間に皺を刻んでしまった。慌てて眉間の皺を指先で押し広げる。若くしてこんなところに皺が刻み込まれるのはゴメンだ。
「なに?お兄様ってば、そんなに殿下と揉めてるの?」
「いや、まぁ我々も、少し離れたところで待機していたり、部屋の外にいたりしますから、詳細は分からないんですけども……」
「分かる範囲でいいわ。教えて」
これは一大事と腰に手を当てて詰め寄る私に、ロンは観念したようにため息を吐いた。そして、言葉を選びつつも、おそらくは彼の良心の許す範囲内で、知るところを教えてくれた。
「まぁ、時々言い合ってらっしゃいますよ。年頃の少年同士のじゃれあいみたいなものだと思いますけど、たまにヒートアップして喧嘩になったり」
「えええっ!我が家は殿下の後見なのよ!?侯爵家と不仲みたいな噂が出たらどうするのよ!?」
あの理性の塊みたいなお兄様がそんな愚行をおかすとは信じられなかった。私は思わず口元に手を当てて呻いた。
「下手な噂が広まってごらんなさい。社交界で笑いものだわ。いいえ、万が一足元を掬われたら、それこそ殿下の王位継承に関わるわ。国ごと揉めるわよ。……信じられない。あの優秀なお二人が、なんでそんな愚かなことを」
「まぁ、おっしゃる通りなんですけれど」
私がウンウン唸っているのを複雑そうな顔で眺めて、ロンが呟いた。
「……そういうところじゃないですか?」
「は?」
「マリア様に、相談できない理由」
「…………え?」
思いがけない指摘に、私は固まってロンを見返した。ロンは困り顔で、言葉を選びながらゆっくりと続ける。
「マリア様だとどうしても、お立場がありますからね。大局的に考えて諫言したり嗜めたりなさるでしょう?あのお二人にとっては多分、喧嘩もコミュニケーションと言いますか……まぁ、普通なら子供時代に済ませておく対人関係の築き方を、今やり直してる気がするんですよねぇ」
「……だから、トム、なの?」
「私はそんな気がしています。トムさんは、いろいろとしがらみの多い貴族じゃないから、忌憚ないご意見をくださるのでは?」
「……そっかぁ」
しゅるしゅると萎んでいく。そういうことか。彼らは分かってやっているのか。
今やもう、王太子や兄のメンタルケアは、私の出る幕じゃなかったのか……。
「弟たちの喧嘩やいがみ合いも、トムが介入するようになってかなり減ったわ。トムの取り合い、って感じのじゃれあいはしてるけど」
「平民のようにガツンと叱ってもらえるのが嬉しいのでしょうね。貴族だと、悪さをしたら叱責・懲罰・体罰!て感じですけど、平民はゲンコツで終わり、兄弟喧嘩は喧嘩両成敗で片をつけるようですし。そういうのが新鮮なんでしょう」
「そっかぁ……」
弟たちを何も考えず叱りつけることができる人間は、確かに我が家にはいない。どちらにも肩入れしておらず、完全な第三者であるトムは適任なのかもしれない。
「なんでか知らないけど、叔父様も最近トムと接触してるし。最近笑顔が増えてきているし。でも別にトムに恋してるとか口説いてるとかじゃないみたいだし……」
「そのへんはよくわかりませんが、まぁ悪いことではないのでは?」
たしかに、叔父のあんな翳りのない笑顔を見たのは初めてかもしれない。どうやったか分からないけれど、トムが叔父の心の澱みを溶かしたのだろうか。
「良いことづくめでは?」
「うぅ……」
その通りである。
あれぇ?私なんでこんなに危機感を抱いていたんだっけ?
……いや、そうだ、思い出した。だとしても。
「だとしても、なんで全部トムが入り込んでるの?私の周りの人間関係トラブルに!」
「そりゃマリア様とトムさんがお友達だからでしょう」
「え?どういうこと?」
理解しない私に、ロンはまるで子供に対するかのように、噛み砕いて続けた。
「マリア様繋がりで出来たらご縁ですからね。マリア様の交友関係と重なり合うのは当然では?」
「えええっ!?」
私が原因ってこと?
いやいや、私、あの人たちを引き合わせたことないんだけれど!?
……あ、でも、私の周りが「マリアと友達のトムってやつに会いに行こう」てしていたんだから、やはり私が原因か。
「むしろ、学園でマリア様繋がりじゃない縁を結んでいるんですか?トムさんは」
「あ……そういえば?」
ロンはふと思いついたように、何気なく尋ねる。思いもかけない視点からのコメントに、ポロリと目から鱗が落ちた。
「平民のお友達はいるようだけれど、貴族のお友達は少ないかも知れないわ」
「そりゃ筆頭侯爵家のご令嬢のお気に入りの友人で、そのご兄弟やらご婚約者の王太子殿下やらに目をかけられていたら、普通の貴族は近づき辛いですよ」
「えっ、わたし、トムの道を狭めていたの!?」
なぜ気づかなかったのだろうかと、罪悪感と衝撃に打ちのめされる。
「マリア様、ひとまず顔を上げて、お菓子でもつまんでください」
打ちひしがれて机に突っ伏す私を励ますように、ロンは苦笑しながら続けた。
「まぁ、代わりに庇護もしていたようなものですから、良いのでは?そうでなければ平民首席なんて、相当な嫌がらせをされたでしょうし。ご本人もマリア様と無二の親友だと言ってらっしゃるんでしょう?ならば気に病まれることはありませんよ」
「そ、そう……かしら」
「そうです」
ロンの明るい気に当てられて、なんだかそんな気もしてきた……けど、本当に?
本当に大丈夫なのかしら。
私はまとまりのつかない思考の中で、呆然とため息をついた。
登場人物整理
[本編]
主人公 マリアンナ(マリア)
ヒロイン? トム
昔馴染み騎士 ロン
[BL]
王太子 ルイス
兄 カール
弟 アラン
義弟 レオン
叔父 カーティス
叔父の恋人 アンドリュー(ルーク)




