8弟と義弟のコンビもまとめて攻略されてない?気のせい!?
「トム!まずは僕の話を聞いてよ!」
「いや、僕の話から聞いて!」
金と銀の髪を揺らす、見目麗しい弟たちが、トムを取り合っている。
いや、なんで!?
どこで接点があった!?
脳内でそう絶叫しながら、私は呆然と目の前の光景を眺めていた。
「えっ、なにそれ!」
学園での休み時間。
外国を飛び回っている叔父が、先日差し入れてくれた珍しい菓子の話にトムが随分と食いついた。
「豆と砂糖のお菓子!?」
「そう、お豆を砂糖で炊いたものを使ったお菓子なのですって」
要はあんこなのだが、この国にはないことになっているのであまり詳細には触れない。金にものを言わせた叔父は氷冷箱という最新魔道具を使い、ガチガチに冷凍した状態で持ち帰ってくれた。前世ぶりのあんこに、私は狂喜乱舞した。
「ええっ、想像がつかない。どんな味だった?」
「うーん、難しいわね。……トムも食べてみる?」
興味津々のトムに、食レポが苦手な私は提案した。実家がケーキ屋さんだというトムは、大喜びで頷いた。新作お菓子のアイデアが出なくて困っていたらしい。もしトムが国産あんこを作ってくれるのならば、私にも願ったり叶ったりである。
「じゃ、さっそく今日の授業後に」
「ありがとうマリア!とっても楽しみだよ!」
そんなわけで、今日は我が家でトムとティータイムをしようと、共に我が家へ帰宅した。
しかし、玄関が開くや否や、二人の美少年が飛び出してきたのだ。
「トム!久しぶり!」
「元気そうで嬉しい!」
そして両方の手に一人ずつぶら下がり、どちらがトムと最初にお喋りするかバトルしている。
え?あなたたちのお姉様たる私ですら、そんなに取り合われたことなかったんだけど?というか、いつの間にあなたたち、トムと知り合ったの?なんでそんなに懐いているわけ?
あまりに想定外の状況に、脳内でパニックを起こしながら、私は引き攣りそうな笑顔を必死に保っていた。
「……あの、ひとまず離して頂いてもよろしいですか?」
トムの苦笑混じりの言葉に、唇を尖らせた二人が渋々と手を離す。不満そうな二人の頭をナチュラルにぽんぽんと叩いて、トムはこてんと首を傾げた。
「僕はマリアンナ様とお約束で来ておりますので、どちらのご希望にも沿いかねます」
「「えぇ〜!」」
口を尖らせて、明らかに不満を表明する二人。
お年頃なのか、最近は自分のことを「俺」とか言って、すっかり大人ぶった顔をしていたくせに!反抗期で、私には全然ベタベタしてくれないくせに!
「今日、トムが来るって連絡を聞いて、すごく楽しみにしていたのにぃ」
「お姉様だけずるいよぉ」
なんだその口調。トムの前ではめちゃくちゃ年下ぶってる。二人して弟ポジションの奪い合いだ。というか姉をチラチラ見るな。今日は私とのお約束なんだからな!?横から掻っ攫おうとするんじゃない!
友達とのティータイムを邪魔された私が少しずつイライラゲージを貯めていると、なぜかトムが我が家の三人を眺めてくくっと吹き出した。
「皆さん、同じような表情をなさっていますよ。きょうだいですねぇ」
くすくすと笑うトムに三人揃って顔を見合わせる。顔が似ていると言われたことはあったが、表情が似ていると言われることは珍しい。特に弟たちは、なんとも言えず気まずそうな顔をして、視線を逸らした。
「まったく、仕方のない子たちですねぇ」
視線を彷徨わせている弟たちに、トムは聖母のごとく優しい苦笑を浮かべた。そして、トムは小さなカバンから全く同じ二つの包みを取り出した。
「……お二人には、我が家のパティスリーから、クッキーのお土産を持参しております。それでご勘弁いただけませんか?」
「「えぇー!」」
嬉しさと不満と両方をこめた声が二つあがる。それを眺めながら「来る前にトムの家に寄ってくれって言われたのはこのためか」と私は内心妙に納得した。なんていう準備の良さだろうか。トムの気の回し方が行き届きすぎて怖い。
「でもまぁ、仕方ないから、今日はお姉さまに譲るよ」
「来週の約束、忘れないでね!」
元からトムと少しでも絡みたかっただけなのだろう。二人は満更でもない顔でそう言うと、仲良く庭の鍛錬場へと駆けていった。
「……ねぇ!トム!?いつのまに我が家の反抗期の問題児たちを手懐けていたの!?っていうか、来週の約束って何よ聞いてないわよ!?」
二人がいなくなり、自室で侍女にティーセットを整えてもらった私は、椅子に腰を下ろすやいなやトムに噛みついた。
「え?言ってなかったっけ?」
「聞いてない!」
すっとぼけたキョトン顔を返してくるトムに歯軋りをする。全然把握していない間に事態が動いていて納得ができない。毎日フラグを立てまいと、こんなに必死に頑張っているのに!神様に嘲笑されている気分だ。
「いや、この間うちの実家のパティスリーにいらしてね」
「二人で!?」
あの二人が一緒にお出かけなんてするの?そんな衝撃とともに問返せば、トムは「ううん」と首を振る。
「バラバラに、同じ日の同じ時間に。気の合うお二人だねぇ。うちで鉢合わせして喧嘩なさるもんだから、ちょうど接客していた僕が二人まとめて連れ出して拳骨を」
「ゲンコツ!?」
なんて偶然……神の意図を感じる……とか思いながら聞いていたら、あまりに思いがけないワードが飛び出してきて、私は両手で口を押さえた。顔はきっと真っ青だ。
「き、貴族の子息だと知らずに鉄拳制裁しちゃったの?」
トムったらワイルドすぎる!普段からそんな感じなの?え、大丈夫なのか!?今回はうちの子たちだったから良いけど、さすがに危なすぎない!?
「うん、まさかマリアの弟さんたちだなんて知らなくてねぇ。近所の悪ガキたちとおんなじ対応しちゃったんだ。あはは、切り捨てられなくて良かったよ」
「……ほ、ほんとね」
下手な貴族に手を出したら、逆上して切り捨てられてもおかしくない。本当によかった。うちの弟たちで。
「お二人ともすっかり悄気てしまったから可哀想で、同じクッキーをあげたんだよ。そうしたらお気に召したらしくて、翌日も二人で来て」
「また二人で!?」
あの不仲というか、互いをライバル視しまくって、ことあるごとにバトルしている二人が?
「そう、二人で。抜け駆け予防のために一緒に来たんだって。ふふ、可愛いね」
そりゃ可愛いだろう。
双子かと思うようなそっくりな金髪と銀髪のふたりが、仲良くならんでケーキ屋さんにお出かけしているなんて。
神スチル待ったなしである。
「よく来てくれるようになって、しばらくしてから教えてくれたんだよね。お二人がマリアの弟さんたちだって、さ」
「そ、そうなの」
あの二人が、なぜわざわざトムの実家に行ったのか。もしかして、私が時々トムの名前を出すから気になったの?
「今日もお二人がいたら差し上げようと思ってクッキーを持ってきたんだけど、大正解だったな」
「へ、へぇ〜」
呆然としながらも、私は懸命につつがなく相槌を返す。内心は大嵐だったけれど。
「実は今度の店の定休日に、一緒にクッキーを焼くことになってるだ。僕、一人っ子だから弟が出来たみたいでうれしくて。ふふ、楽しみにしてるんだよねぇ」
「へ、へぇえええ〜!」
そんなに仲良くなってるだなんて、ぜんっぜん知りませんでしたが!?
というかあの子達、そんなに甘いもの好きじゃないとか言ってたのに!
「うちの塩味がきいたチーズクッキーが特にお気に入りでね。それを作るんだよ。マリアにもお土産が作れるはずだから、楽しみに待っててね」
「え、ええ、ありがとう」
弟たち、完全に餌付けされてるじゃん。
こりゃあかん、完全に二人とも胃袋を掴まれている。
まぁ仕方ないか。
トムの家のチーズクッキー、めちゃ美味しいからなぁ……。
なんて現実逃避しながら、私はふと思った。
そういえば私もトムに餌付けされてるんじゃないか?と。




