★捨て猫のような目をした少年【弟1】
捨て猫のような目をしている、と思った。
「あなたたち、良く似ているわねぇ」
あいつと僕を見比べて、母や姉がおかしそうに言うたびに、僕は心底嫌そうに顔を歪めて吐き捨てた。
「似ていませんよ」
「……そうですよ、お義母様、お義姉様」
そうすると、たいてい後ろから柔らかな同意の声が重ねられる。
「僕に似ているなんて、アラン様に申し訳ありません」
いつも僕の一歩後ろを歩く少年が、苦笑混じりに控えめに僕に加勢する。しかし母と姉は、僕らの発言に「あらいやだ」と悲しげに眉を顰めた。
「レオン。そんな悲しいこと言わないで」
「そうよ、あなたは間違いなくこの家の血を引く子だわ。だってお祖父様にそっくりですもの」
「そうね、若い頃の肖像画にそっくり」
母と姉がおかしそうにコロコロと笑い合い、それにレオンははにかむような笑みを返している。
あぁ、気分が悪い。
優しくて綺麗な言葉を並べる人たちを横目に、僕は無言で部屋を立ち去る。
あいつといると、頭がおかしくなりそうだから。
「まったく、……あの人たちはどこを見て、あんなことを言っているのだろうか」
僕は一人の部屋で、深くため息をついた。
我が家に引き取られた、同じ歳の我が従兄。
彼と僕は、顔貌、つまりは骨格だけならば、たしかによく似ているだろう。
けれど、見る人が見れば……いや、レオン自身を知ろうとして見れば分かるはずだ。
僕らは本質的に、ちっとも似ていない。
「あいつは、人間に捨てられた野良猫だ」
レオンの目は、誰も信用していないのだ。いつだってどこか冷めた目をして、周りをじっと観察している。綺麗な顔と、柔らかい表情でうまく隠しているようだけれど、彼は常に僕ら家族と一線を引いている。
それは遠慮なんてものではなく、不信だ。
レオンは他人を信じない。
僕のように、誰かが助けてくれると思っていない。
僕が生まれつき屋敷に飼われている飼い猫だとしたら、こいつは捨て猫だ。
こいつはずっと、いつ捨てられるのかと怯え続けている。誰からの愛も信じられずに。
***
「おい、嘘つき」
「え?」
ぎくりとした顔で振り返るレオンに、意地の悪い恍惚を感じた。いつも綺麗に感情を隠そうとするこいつが、初めて見せた素の表情だったから。
「なぁ。お前、自分の母親……叔母上のこと嫌いだろう?」
「……え?」
凍りついた顔のレオンに確信する。やはりそうだ。こいつは自分の感情も、おそらくは過去も偽っている。
レオンの傷を抉り出すように言葉を連ねれば、顔色をなくしたレオンは悔しそうに唇を噛み、声にならない声で「なんで」と呟いた。
「ははっ、わかりやすいな」
嘲笑するように言いながらも、僕は胸に痛みを感じざるを得なかった。やはりこれまで、レオン自身を見抜いた人間は、いなかったのだ。
僕がなぜソレに気づいたのかなんて、簡単だ。
この家で僕が一番、レオンのことを見ているからだ。
他の人たちは、レオンにそう大した興味を持っていない。大過なく平穏に、レオンがそれなりに馴染んで暮らせれば御の字だと思っているのだ。
だから彼らは、自分が見たいレオンを見て安心し、レオンが見せたいレオンを見て喜んでいる。滑稽なことに。
まぁきっと、確かにそれくらいが適切な距離感なのだろう。
僕の、この憎悪と紙一重の熱烈な執着は、我ながらちょっと異常だから。
「まぁ、せいぜいうまく隠せ。……俯いていれば、気づかれないさ」
投げ捨てるように、この家で暮らすためのアドバイスを渡して、僕は本物のレオンとの初対面を終えた。
「お前はもう我が家の籍に入ったんだ。この家の人間になったからには、貴族らしく振る舞え。感情は見せても良いが、本音を読ませるな」
僕は何度もそう嘲った。そうすればレオンは、僕を睨みつける目に本物の感情を乗せてくれるから。
「レオンの失敗は我が家の責となる。君を引き取ったことで我が家に……僕たちに迷惑をかけるな」
「そんなことは分かっている」
苛立たしげに吐き捨てられるのすら、快感だった。レオンのこんな顔やこんな声を知っているのは、この家で、いや、なんなら世界でも僕だけなのではないかと、自惚れた。
元々負けず嫌いだったと見えて、僕が見下すたびにレオンは発奮し、食らいついてきた。
教養やマナーはなかなか時間がかかったけれど、根が素直で優秀だったのだろう。二年もすれば追いつかれた。
剣術などは、下町で走り回っていたレオンにかなり当初から軍杯が上がっていたほどだ。
「へぇ……やるじゃないか」
「お屋敷育ちのお坊ちゃんとは、鍛え方が違うんだよ」
初めて剣術の鍛錬で僕を負かした日、レオンはひどく嬉しそうにそう言い放った。
「……生意気な」
なんとか吐き捨てたけれど、僕は正直混乱していた。飾り気のない強気に輝く笑顔は、僕の脳を焼き、心臓を揺さぶったのだ。
「次は叩きのめしてやるからな!」
「ふん、やれるものならな」
嬉しそうに剣をぶんっと振るったレオンをまっすぐ見返して、僕は再び剣を構えた。
「ひとまずもう一戦、お願いしようか」
「望むところだ!」
自分の感情に、向き合うことを避けるために。
レオンはあっという間に僕に追いつき、僕らはライバルとして見なされるようになった。僕はそれを否定も肯定もしなかった。その方が僕がレオンに向ける執着を、そして僕自身の感情を誤魔化すのに、都合が良かったから。
そしてレオンは、我が家にもよく馴染んだ。マナーや教養を身につけ、社交界にでたとしても問題がないほどに、感情を隠すのも、誤魔化すのも上手くなった。
だが、レオンはどこまでも貴族的になれない人間だった。人情社会である下町の育ちであるためなのか、それとも、一時の恋の熱情で全てを捨て去ることも厭わない、情緒的な彼の母の血のなせるわざか。
彼はどうしても冷たくなりきれない人間だった。
姉のように、夢みがちにも思えるほど優しい人ではない。
ただ、レオンは感情を割り切れないのだ。
だからレオンは、いつかこの家を出て行くのだろう。
自分の存在が、この家に相応しくないと、いつか不幸の根源となると、彼はなぜか信じているから。
 




