訪れた客たちとピクニックして庭散策
翌日、来客たちは昼前に到着し、自己紹介もそこそこに噴水池のそばの芝生にピクニックシートを広げてくつろいだ。
アシュリー公爵とアクツム殿下は抱き合って背中をポンポンして挨拶に代える。
親友だというのは間違いなさそうだ。
この国の王弟が隣国の王子夫妻をもてなすのにこれでいいのかと首を傾げたくもなるが、堅苦しいのは夕刻のディナーからということだろう。
オレとジェシカは自己紹介のご挨拶だけ済ませて、大人たちから離れ定位置の池縁に座り込んでいる。
サンドイッチやソーセージ・ロールを頬張りながら、客たちの観察をするのにもってこいだから。
アクツム殿下は、金茶の髪に、日焼けした肌、明るい碧の瞳をしている。
何が起こっても動じないのはうちの公爵と似ているが、こっちは、自分から敢えて試練に頭を突っ込んで楽しむようなワイルドな雰囲気。
どこか海賊の頭領っぽい。
それに引き換え奥さんのユリアさまは清楚でスリム、栗色の髪にマドンナブルーのドレスが良く似合う。
母上と似た慈愛に満ちた笑顔。
パッと見では不釣り合いなカップルだ。
母上がお茶を勧めながら話しかける。
「ユリアさま、是非ともお会いしたかったのです、わたしは花のことならどうにかわかるのですが、鳥や虫のこととなるとからきしで、この庭がいいものになっているかどうか自信が持てなくて……」
「あら、シェリルさま、私のほうが年下ですから『ユリア』と呼んでくださいませんか? 私はあなたに薬草のことをもっと教えていただきたいのです。あなたに敵うお方など、どこを探してもおられません」
面と向かって母上を褒めてくれて、こっちが嬉しくなる。
母も謙遜しながら、頬を染めていて可愛い。
「わたしにわかることでしたら、何でも……。でもわたしには雲を動かして雨を降らせることなんてできませんから……」
「それはもう昔のことです。その力は現役の聖女に引き渡し済みです」
「現役の聖女は、ビブリオの王妃ミレイユさまですよね?」
「ええ、伝統に則って。アクツムと私よりよほどいい政治をしてくれています」
隣国は代々聖女さまが王妃になると、学園の授業で学んだなと思い出したら、からかい半分の父公爵の声がした。
「現国王サルムさまはあなたに毒を飲ませた方でしょう?」
「「毒?」」
そんな話は聞いてなかったオレとジェシカは顔を見合わす。
「毒を舐めさせたのはアクツムです。止めもしないで」
ユリアさまは隣に座る夫にしかめっ面をして笑った。
「だって、あの場でバカな弟サルムの失態バラしたら王家の信用が失墜するし、乱闘騒ぎの後オレが勝って、国王にならなきゃならなくなるし」
「あらまあ。そんな政治的思考で奥様に毒を舐めさせるなんて!」
母上は非難しているのではなくおどけている。
「アクツムはこう見えて根っからの王子様で執政者なんだよ」
父公爵は母上に囁くと見せて殿下本人をからかい続けた。
「お陰様で今こうやって好きな生き方ができているんだから、文句はありませんけど、死なないのはわかっていたなんて言われてもね」
ユリアさまはまたアクツム殿下に笑いかける。
「自分から毒草飲もうとしてたくせに」
殿下も笑う。
二人、仲良し夫婦なのが見て取れた。
うちの両親も甘々だが、こちらも負けていない。
「いやまあ、当てられますな。僕は妻に先立たれて30年、最後に恋をしたのから数えても17年、独り身にはつらい」
ノルテックス公爵が立派な腹を揺らして嘆いて、大人たちは笑いの渦に包まれた。
一番年上の、還暦過ぎただろうオジサンが「僕呼び」なのも笑える。
「叔父上、再婚の話はないんですか?」
社交辞令だと見え見えだが、父のウェセックス公爵が尋ねた。
「ないわけでもないんだけど、こんなジジイじゃお嫁さんに悪いよ」
あるのかよ。自分でジジイとか言っちゃって。
まあ、理由はそれだけじゃなさそうだが、ふたカップルは立ち入らないことにしたようで、話題は小麦の収穫量など退屈なほうに流れていった。
昼食の後、男たちは書斎で話をするようで、オレもそっちに混ざるべきかちらりと悩んだが、母上がユリアさまを庭の散歩に誘ったので、ジェシカと一緒にそちらに合流した。
ホワイトガーデンでユリアさまは、
「まあ、ここが噂に名高い『シェリルズ・ホワイトガーデン』ですのね! 本当に白いお花ばかり、それも薬草がたくさん!」
と、声を上げた。
膝丈のつげの生け垣の間を歩き回って熱心に植物を見ている。
ふと彼女が顔を上げて目が合ったら、言葉が口をついてでた。
生みの母親の言葉だと聞いてから、自分の頭の中でどんどん蘇ってきている単語たち。
「さぶぷれ?」
ユリアさまはすっと表情を硬くしてから、頷いた。
「この言葉を解する人々が、お国にはたくさんおられますか?」
通じてしまったことに逆に焦って質問を重ねた。
「いえ、たくさんは。研究している者は多く居ります。敵の考えがわからないと困りますから」
「やはり、敵の言葉なんですね」
昨夜の父の言葉を、清らかさの化身のようなユリアさまに裏打ちされてしまった。
「私の両親は、その言葉を暗号のように使う宗教団体に殺されてしまったのです」
「え、そんな、ごめんなさい、オレ、何も知らなくて……。つい頭に浮かんだから口に出してしまった……」
さあっと血が引くのが感じられた。きっと顔面蒼白。
「大丈夫ですよ。言葉に罪はありません。この庭が気に入ったかどうか、聞いてくれたんですよね?」
「あ、はい、そういう意味だったかと……」
「ルーナスさんのオーラは薄黄色で、このホワイトガーデンに立っていると月光のようによく映えます」
「オーラが、見えるのですか……。父のは紫だと聞いています」
「ええ。そしてシェリル様は真っ白」
「わたしは、わたしは?」
そこでジェシカが横から会話に入ってきた。
「ジェシカちゃんは、フランボワーズの砂糖漬けのようなピンクね」
ジェスはそう言われて嬉しそうに飛び跳ねて母上のほうに駆けていった。
ユリアさまはそれを目で追ってから、ノルテックス公爵は、とオレに話を続ける。
「他者の魔力オーラや魔素の残滓が見えるそうですが、あなたは違うのですね?」
「オレには、見えません」
ウェセックス公爵も見えないはずだし、魔法学園でも誰もそんなこと言っていなかったと思う。
「そうですか」
ユリアさまはとても優美に微笑んでから、ついっと隣のジュエリーガーデンへと母たちを追った。




