空中での反抗期!
「お前、母親の波長を感じることはないのか?」
唐突に聞かれたこの質問はオレの気を鎮めたが、意図がわからず反応が遅れる。
「波長?」
聞き返しても公爵は、説明してはくれない。いつも通り、オレが理解できるように他のことを付け足してくる。
「俺の居場所や念波はいつも感じてるだろう?」
オレも素直に返事はしない。返事の次の質問を口にするから会話が飛び跳ねる。
「アンタはオレの母親の居どころ知らねぇのかよ?」
「知らん。知りたくもない」
「こんな無責任野郎だったとはな」
急に自分の足元が揺れた気がした。
空中でもしっかり立てていたはずの自分が崩れ落ちる。
「おい、落ちるな。落下してる」
公爵が魔力を増幅して支えてくれたようだ。
両腕でがっちりホールドされている。お互いの肩ごしの虚空に言葉を落とすような間抜けなハグ状態。
「オレに……母親のところに行ってほしいのか?」
「いや、それだけはやめてくれ。国家存亡の危機になる」
父公爵の、思いもかけない言葉だった。
オレの身の上とエクストル国の前途に何の関係がある?
思い至るのに時間を少々要した。
「敵ってことか。オレの母親はこの国の敵、なんだな?」
「そうだな」
ということは、オレも半分は敵。
「だから育ててくれたわけか? 人質としてか研究対象としてか知らんが」
「それは違う。俺の息子だからだ」
「邪魔なくせに」
「いや、邪魔にもならん。ジェシカはまだ恋愛感情を知らない。お前が一方的にジェシカを好きなのは、あの子がシェリルの腹の中に居るときからだ。何も変わってない」
「腹の中って」
「ずうっと話しかけてたぞ? シェリルの大きなお腹に貼りついて。逆に言えば、お前は、あの子がいたからこの家に留まった。母親を探しに行くのを止めたんだ」
「憶えてない」
「やっと剣が握れるかどうかって歳で、ジェシカの護衛騎士になるって言いだした。母親が敵だとしても、お前は決してジェシカの敵には回らない。そうだろう?」
判り切った質問に返答する気は起きなかった。
「俺は17歳から22歳を戦場で過ごした。今、平和な時代になって、お前には時間がある。俺がすぐ死ぬようなことはなさそうだし、今のうちにもっと見分を広めてもらいたいと思う。もしもの時にこの公爵領とエクストル国防軍の指揮を継ぐのはお前だぞ?」
「は? 冗談だろう?」
「冗談なものか。他に誰がいる?」
父公爵の声は今まで聞いたことがないほど真剣だった。
「公爵領は王様の子孫が継ぐはずだろ? 学園でそう習ったぞ?」
オレはサソリの尻尾がブンブンするほど首を横に振りながら問い返した。
「兄王には王太子しかいない。王太子は王になるんだから、公爵のなり手がいない。そして王も王太子も戦争には出ない。国防は公爵家の管轄だ。叔父のノルテックス公爵とその息子たちの魔力は戦争には向かない。国中の男たちの魔力特性を活かして魔導部隊をまとめられるのはお前しかいない」
「敵国の女の息子に国防だと? バカじゃないのか」
「違うだろ、お前は俺の息子で跡継ぎだ」
「そういうふうに育てたとでも言うのかよ」
「それを自分で決めろと言ってるんだ。悪いがお前はどちらを選ぼうと板ばさみになる。決められるのはお前だけなんだよ」
父母が敵同士とは、そういうことか……。
「お前を敵に回すほどやっかいなことはない。でも娘をだしに繋ぎ止めるわけにもいかん。いろんな男の生きざまを知ってみろ。生みの母親がどんな女か調べてもいい。自分はこういう男だって言えるようになれ」
「上から目線だな」
顔は見えてないけど。
「親だからな。感情的になって窓ガラス割るような息子を対等に扱えるか?」
「もう直したよ……」
公爵はやっと腕を緩めて俺の顔を見た。
「ビブリオのアクツム殿下に五年戦争のこと、聞いてみろ。アイツは海兵や航空士官として戦場にいた。怪我した俺を戦闘機で王城に連れ帰って看病を手配してくれたのもアイツだ」
「気が向いたらな」
「うん、それでいい。お前の気がどっちに向くのか俺は知りたい。こんふぃあんすおんとわ」
ギクリとして公爵の顔を見つめた。それは母上がよく使う呪文系統。オレを動けなくする。
「それは……何だ? 母上もアンタも使う呪文なのか?」
「呪文? じぇこんふぃあんすおんとわ、信じてる」
公爵はリピートして柔らかく笑ってみせた。
「お前が失ってしまった母親の言葉だ。3歳でかなりしゃべれてた。その時はわからんかったが、シェリルも俺もビブリオから本を取り寄せて勉強してみた」
「ビブリオにはその言葉を話す人たちが居るのか?」
「今はもういない。戦後、ビブリオを内側から骨抜きにしようとした宗教団体があってな。そいつらが使っていたらしい。お前の母親たちの手下だったんだろうな」
「とことん敵なんだな」
「そうなるな」
「わかったよ。明日の来客には失礼がないようにする」
「よろしい」
そう呟いたかと思うと目の前の男はかき消えた。執務室内に瞬間移動でもしたんだろう。
抱きしめられていた身体が急に肌寒く感じた。
あのひとにハグされて、オレは安心していたらしい。
子どものころのように宥められてしまったのだろう。
オレのジェシカへの恋心も、この国エクストルに収まりきらない疎外感もわかったうえで、「信頼してる」と言いやがった。
「じぇこんふぃあんすおんむあめむ」
無意識に口の端にのぼった言葉をつぶやいて、俺はしばらく、空中に漂っていた。
魔女語録
じぇこんふぃあんすおんとわ:お前を信頼してる
じぇこんふぃあんすおんむあめむ:自信はあるよ(自分は自分自身を信頼している)