いくらオレだってキャパオーバーになるだろが!
自室に戻り自分の無力さ加減を呪った。
アシュリー・ウェセックス公爵は、オレが妹に惚れていることを前提で話しやがった。
敢えて口にせずに。
それが妙に悔しい。
兄なら、妹の幸せを笑顔で見守れる男になれというメッセージなのだろう。
3年もすれば、ジェシカにも婚約話が出る。
それを祝福してやれるように、数年離れて頭を冷やせ。
できないならどこへでも行ってしまえと聞こえた。
ジェシカの態度から見ても、オレの失恋は決まったようなものだし、男として意識してもらえる未来が来るなど希望的観測過ぎる。
それに加えて思ったより痛手だったのが、オレ自身、公爵に愛されているわけじゃなさそうなことだ。
できてしまった婚外子。望まれて生まれたわけじゃない。
オレは、アンタに愛されていたかったよ?
アンタが「可愛かった」と言ってくれたオレのままでいられたら。
娘に横恋慕する中途半端な存在のオレなんか、追い出せば済むのか。
魔法で真っ向勝負したらオレが勝つだろうけれど、男として、家庭を守る姿も仕事するところも、尊敬してた。
アンタみたいになりたいって思ってたよ。
暗澹たる思いでベッドに寝転がっていた。
視野が狭い、冒険しろ、なぜ出ていかない?
ジェシカがここにいるからだよ。
わかってるくせに。
オレが生みの母親を探したがってた?
そんな記憶どこにもない。
母上よりいい母親が存在するわけないのだから。
それにしても、
自分の下半身の不始末を棚に上げてオレに出て行けとはどういう了見だ?
そう思った瞬間にテレポートしていた。
ガッシャーンとガラスが粉々になる音がする。
ジェシカの寝室じゃない。
公爵夫婦のマスターベッドルームでもない。
この2か所だけは、公爵がオレに対する結界を常時張っている。
オレの身体が突き抜けたのは公爵の執務室の窓だった。
「おいおい、出現するなら内側にしろよ。わざわざ窓割ることないだろう?」
書類仕事をしていたらしい公爵が苦笑していた。
奥さんといちゃいちゃしてたら安全だったのにな。
ほとんど無意識に公爵の胸ぐらを掴んで殴りかかっていた。
「顔はやめてくれ。明日来客だ」
コイツは、こんなときでも冷静で、それがどれほどムカつくか欠片もわかっていない。
「うわーっ」
深夜だというのに声を上げて父の両肩を壁に押し付けた。
身長はまだ少し公爵のほうが高い。
「落ち着け」
公爵はオレの両腕を握り締めた。
普通ならもつれ合って床でジタバタするところだが、かなりの力でオレを押さえ込んだ男は、割れた窓からふわりと空に舞い上がる。
冴え冴えとした満月が今は中天から心なしか傾いていた。
逃れようとするオレ、掴まえておこうと更に力を入れる公爵。
オレたちは空中でくるくると旋回していた。
確かに、殴るという物理攻撃は地に足がついていないと効果が半減する。
空に連れ出した公爵のクールな判断に、オレは一層イライラした。
月は容赦なく、オレたちを照らし出す。
「ルーナス」
低い声にびくりと一瞬停止したら、気色の悪いことに公爵はオレの胴に腕を回し、オレの後ろ頭の三つ編みの付け根辺りを撫でた。
「怪我してないか? ガラスの破片、残ってないか?」
バカか。ガラスはオレを中心に四方に飛ばした。実際身体に当たったわけでもない。
黙りこくるオレに公爵は懐かし気に囁いた。
「感情が振り切れると闇雲にテレポートする癖、治ってないんだな? お前を追いかけて宥めるのは俺の役だったんだ」
オレが可愛かったころの話かと横を向いた。
公爵はオレの頭を掴まえて自分の肩に押し付ける。
なんで思春期の息子をハグするんだよ!
オレの身体中から、(アンタはどうして?!)という念波が放射される。
どうして落ち着いてる、どうしてオレを作った、どうしてオレを育てた、どうして出ていけと言う、すべて、ごちゃ混ぜ。
公爵はふっと口角を上げて囁いた。
「お前は俺の記憶を覗こうとしないよな。今までずうっと避けてきたじゃないか。怖かったんだろう? これだけ身体密着させて回線を開けば映像としてお前に流れ込むが、どうする?」
「い、いやだ、離せ」
それが目的か!
真実を知るのは怖い。それもそうだが、記憶そのものが見たいんじゃない。
オレが知りたいのはアンタの気持ち。
アンタが何を思って婚外子を作って、今そのオレをどう思っているのか。
「知りたいんじゃないのか?」
「アンタが許せんだけだ」
「そうか……。お前、母親の波長を感じることはないのか?」
父からの想定外の質問はオレを鎮めるのに十分だった。