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ウェセックス公爵の言い訳と保身


 自室に籠ってたいした食事もとらずに、自分自身の身の上話を反芻していた。

 受け入れられない。

 認めたくない。

 何度思い直そうが、オレの心は苦渋の否定に充ちた。


 食堂での夕食が終わった時間を見計らって、公爵の書斎に向かった。空の上で約束したことより何より、オレ自身のことを問い質したい。


 廊下を歩きながら脳内堂々巡りは更に悪化して、吐き気は嫌悪感と怒りに変わった。


 生まれてこなきゃよかった。

 全てはこの重たいドアの向こうの、能天気な男のせいだ。


 ノックをすると「入って来いよ」と声がする。


 こっちが目を合わせないようにしているのにも頓着せず、母上と娘と夕食を楽しんだ男は今も上機嫌で、勝手にしゃべり出した。


「ありがとな、ジェシカと飛べるなんて思ってもみなかった。できるもんだな」


 二人っきりになると念波と同じ、砕けた口調になるのはいつものことだが、今はそれが異様に鼻につく。


 オレの機嫌の悪さはわかっていても、無視して自分の話を続けるのはこの男の特技。


「ここエクストル国の魔力の根源は、陽の光だ。王家の名字エクス家というのは日光だから。そして俺がウェセックス公爵なのは、西陽の波長が好きだから。夕焼けは俺の魔力を増強させる」


 興味はないなと火の入ってない暖炉を見下ろした。

 公爵は本題なのか末梢なのかわからない話を続ける。


「お前が満月に向かい、俺が夕焼け浴びて魔法使ったら、何でもできそうだな」


「その前にアンタを潰してやるよ」

 吐き捨てるように言うと、ハハッと笑いやがった。


「確かに、潰されるのはこっちだ」


 なんでヘラヘラと笑ってられるのか、オレには全く理解できない。


「シェリルに12年前のこと、聞いたんだよな? お前は、アユタリの山奥、昔戦場になったビブリオ国とシャナン国の国境となっているシャン川の上流、分水嶺に近い辺りの山小屋に居た。あの五年戦争が終わって4年だったかな。エクストルはビブリオの同盟国だから何かあったらお互い援軍出す仲だ」


「なんでオレを作った?」


 不思議な間を置いて実父とは認めたくない男が答える。


「できたもんはしかたないだろ?」


「はあ? できるようなことしたのが悪い」


 今度の返事はすぐだった。

「ああ、俺が全て悪い」


「バカかよ。母上によく顔向けできたな」


「そうだな。その点はシェリルに感謝している」


「なんで連れて帰った? その山小屋に置いときゃよかっただろ? そしたらのたれ死んで誰も悲しませなかった」


 暖炉の灰に向けてしゃべっていたら、相手が黙り込んだ。

 不審に思って顔を上げて目を合わせたら、真実を貫きそうなブルーの目が見据えていた。


 だが、出てきた言葉はいつも通り、軽口でしかない。


「ほったらかしたらまた泣かれて頭痛で寝込むことになる。助けたほうが楽だったんだよ」


「ハッ、たったそれだけの理由かよ」


「ああ、それだけだな」


 この人に、愛されていたわけでもないのか……などという感傷的な想いが頭に巣食った。


 今まで、どんなに無茶しても反抗しても、公爵だけはオレをわかってくれているようだったから甘えていた。


 父親ではないと思いたかったのは、ジェシカと兄妹なのがイヤなだけ。


 心の底ではいつだって父だと思ってきたし、目標にしていた。

 念波として勝手に飛んでくるさりげないアドバイスに助けられたことは幾度となくある。


「頭痛がイヤならその場で殺せばよかっただろ?」


「どんな痛みが俺に返ってくるかわからんじゃないか。俺がお前に斬りつけて俺が痛いって理不尽だろ」


「ほんと、全部が、自己都合だったんだな……」


「子どもの始まりなんて誰もそうじゃないか? 愛娘のジェシカでさえ、俺はシェリルが大好きだから事におよんだわけで、する前からジェシカをこの世に生み出したい!って思ったわけじゃない」


 言いたいことはわからんでもないが、だからってオレのこの孤独感を拭えるわけもない。


「殺せよ。今ならアンタに痛み転嫁したりしないから」


「バカだな。なんでそんなに刹那的なんだ? 16歳手前だろ? 自分で世の中見て自分が何者か、自分で決めろよ。お前の世界は狭すぎる。一瞬で数十キロ飛ぶ力がありながら、どうしてここに留まっている?」


 ブルーの瞳に灯ったのは父としての愛情ではなく詰問。


「追放か。賢明だな」


「あのな、ここに来た途端、お前は3歳で、『母親探しに行く』って逃げ出そうとしてたんだぞ? 冒険したくないのか? 魔法学園でお前が学ぶことなんてもう何も残ってないだろう?」


 ああ、そうか、この人は、オレを娘から遠ざけたいんだった……。


「ここからがやっと本題だ。西の隣国ビブリオのアクツム王子殿下とユリアさまが、先週から王宮に滞在されている。明日、叔父上と一緒にこちらに来られるそうだ。アクツムは俺の一個下、長子でありながら国を継がずにあちこち旅をしている。いろいろ話を聞いてみろ」


 王子って言ったって、公爵の一個下じゃ37歳か?

 オジサンじゃないか。


 一緒に来るという公爵の叔父とは幼いころ一度だけ会っている。


 先の王様の弟ノルテックス公爵、王家の黒髪と少し濁った翡翠色の瞳を持つ。辺境に住んでいるから親戚付き合いは特にない。今では中年か初老って年齢か?


「俺はお前を、叔父上のところかビブリオに留学か、数年修業に出すつもりでいる。できればお前に選んでほしい」


「体のいい厄介払いだな」


(オレの心潰す気か?)

 勝手に念波になったコメントの後半への返答は容赦なかった。


(ああそうだ)


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