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妹との空中散歩と邪魔者

後書きにひだまりのねこさまが描いてくださった挿し絵があります。

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 最愛のジェシカをお姫様抱っこして、宙に浮かんでいた。


 いや、無理に姫抱きにする必要はなかったのだが、身体の密着度で言えばこれが最高だろう。

 首に回してくれている細い腕、残照を受けた柔らかい髪がオレの首元に遊ぶ感触、これしかない。


「夕焼けって遠いのね」

 ジェスの可愛い声が湿り気味だ。


「遠かったか? 20秒も飛んでないが?」


「え~、じゃあもっと飛んでよ」


「飛んでも飛んでも同じだ。ここはもう夕焼けのど真ん中」


「うそ、向こうのほうがオレンジよ?」

 ジェスはオレの首から左手を離して指さした。


「向こうに行ってもここと同じ、身の周りは透明だ。薄いんだよ」


「なあんだ。金魚もいないし匂いもしない。つまんない……」


 好きな子をがっかりさせるのは辛いが、こればっかりはオレのせいじゃない。


 魔法で大量の金魚を飛ばすことも、金木犀かシトラスの香りを流すこともできるが、それは次の誕プレにでもしてやるとして。


 オレはジェスを抱っこしているだけで幸せだっていうのに、コイツは違うんだな、なんてまた愚かな想いに囚われる。


 すぐ近くに可愛いまつげがある。

 その下には触れることの許されないピンクの唇。

 化粧もしてないのに瑞々しくて、ぷりんとして表情豊かに動く。


 夕焼けの中でファーストキスってロマンティックだよな、なんて想像してしまって、魔法出力が一瞬だけ、途絶えた。


「きゃあ!」


 ジェシカが必死に抱きついてくる。

 オレたちの身体は、恐らく10m程度、落下した。


「もう! 兄さま、わざと? わざとでしょ! 魔力王者のくせに!」


 雑念を払いのけ、ゆっくりと元居た高度に戻ると、妹はプンスコ怒ってみせる。

 全てがお前のせいだと言い返せたら楽だろうに。


「すまん、油断した」


 オレはお前にとって、空が飛べる便利なお兄ちゃんでしかないんだろうな。


「ほら、満月が上がってきた。綺麗だぞ?」


 オレは夕焼けにくるりと背を向け、東の王宮の後ろに上がってくる月を見せる。


「うわー、すごい、おっきい、しろい」


 まだ辺りが明るいから、眩しいとは感じない。

 ジェスはオレの腕の中で猫がむずかるようにもぞもぞとした。


「ね、抱っこでなきゃここにいられない? あたし一度に両方見たい!」


「月と夕焼け?」


「うん!」


 オレはしぶしぶと腕を下ろし、妹を空に立たせる。ハッキリ言って、片手さえ繋いでいればジェシカが落下することはない。

 とはいっても、抱きしめていたのはオレの下心からだけじゃない。


 ドレスの裾がめくれあがらないように、物理的に腕で止めていたのだ。


「手、離すなよ」


 そう釘をさしておいてレディとして恥ずかしくない格好で空に居られる配慮を済ませる。髪やドレスが乱れたらこっちがドキドキするだけだからな。


 それでなくても「きゃー、綺麗、きゃー、丸い」とはしゃぐ妹の笑顔に何度も何度も心を奪われる。

 魔法出力安定化のどんな試練より厳しい。


「ねぇ、どうして満月は夕焼けの中に居ないの? 一緒だったらもっと綺麗よ?」


「学校で習わなかったのか?」


「習って、ないと、思う、自信ないけど?」

 ジェスは理科は得意教科ではない。


「夕焼けと満月は敵同士だからだよ」

「敵? ケンカしてるの? どうして?」


「あ、本気にした。ウソだよ」


 オレがバラすとジェスは何よぉ~と言いながらオレの胸をドンドンと叩いて抗議する。

 そんなやり取りが楽しいからウソも言いたくなる、なんて口が裂けても言えないよな。


「月が光るのはお日様の光を反射してるからだろ? じゃ、満月が丸いのは、お日様の光はどこから来てる? 横からとか後ろからじゃない、真ん前だ」


 ちょっと顔を引き締めて説明しだすと、しっかり理解しようと聞いてくれるジェスが可愛くて仕方ない。


「あ、うん、それはそうだと思う」


「今お前が見てるあのお月様の真ん前ってどこだ?」

「ここ! あたしたちがいるとこ。お月様、まっすぐジェシカを見てる」


 クスッと笑ってしまい、ジェスは笑わないでよとふくれっ面を寄越した。


「オレとお前を通り越してお日様を見てるんだ。お日様はさっき沈んだ西の地平線のとこだろ?」


「あ、そっか、お日様とお月様が真っ直ぐ向かい合ってるのが満月なのね?」


「そうだよ。だから離れてるしかない」


 そうなんだ、と納得している素直なジェシカ。

 そんな姿を見るともう少し自分のことをしゃべりたくなる。


「オレの名前、ルーナスは、お月様の息子って意味だ」


「え、そうなの? 知らなかった! 学校にも誰もルーナスって子いないし」


「外国の名前だからな」


「お父さまが外国の名前をつけたの?」


「オレの名前は元からルーナスだ」

 これが、オレが自分を養子だと信じる理由だ。


「じゃ、兄さまじゃないってホントなの?」


「オレが兄じゃなくなったら嫌いになるか?」


 これが今聞けるギリギリの質問。12歳の、それも歳より精神年齢の幼い、妹という立場にいる想い人に言える言葉。


 満月のほうに身を乗り出していた妹は、繋いでいる手を支点にくるりと振り返る。


 母譲りの金髪。父譲りのサファイアの瞳。

 また泣くのかと思ったら今度は怒っているようだ。


「想像したくもないわ!」


 フラれたらしい。

 オレは一生片想いでも、この瞳からは逃れられそうにないのに。


 満月がかなり上ってきている。

 王宮の尖塔だけが月の表面に滲んで見える。


 月が地面を離れてしまう、そろそろ、帰らねば。


 いや、あれは尖塔ではない、と思ったところで念波が来た。


(時間切れだ)


 アシュリー・ウェセックス公爵がぐんと近づいてきて、50m先で空中停止した。


「お父さまぁ!」

 ジェシカが嬉しそうに空いている左手を振る。


 白い満月を背負って浮かび上がる男は、悔しいがカッコよすぎた。


(空中停止できるのかよ)

 一緒に空を飛んだことは何度もあるが、ホバリングを見たのは初めてだ。


(さあ。お前が止めてくれてるんじゃないのか?)

(知らん)

 できるかどうかわからなくても飛んでくる、こういうヤツなんだよ、オレの養父は。


(いずれにせよ落ちそうになればお前は助ける。娘の前で父親落とさんだろ)

(勝手にしろ)


(昔は可愛かったのに)

(あのな、そういう言い方が一番イラつくってわかってるか?)

(事実を言ったまで)


 オレだって一応、育ててもらった恩は感じているし、この国で一番尊敬してるのがアンタなんだよ。

 口では言ってやらないが、オレの考え読めてるんだろう?


(娘を奪われるとでも思ったか?)

(いや、まだだろ)

 その余裕が気に入らないんだよ!


「ねえ、兄さま、あたし、父さまとも飛べる?」

 急にジェスの声がして現実に引き戻される。


「ああ、飛べるよ。少しなら一人でも飛べる」


「ほんと!?」


「もう少し公爵に近づいたほうがいいかな」


(大丈夫だ、手を離せ)


 脳内に滑り込んでくる養父の声。

 娘を引き寄せるつもりでいやがる。


(今なら出力最大にできる)


 それを聞いて安心して、オレは繋いでいた妹の手を優しく解く。

「父上に向かって両手を伸ばして、あの人から目を離すなよ?」


「兄さまが父上って言った!」


 ジェシカは今日見せた中で一番の笑顔をオレに向けた。


「ほら、行けよ」


 オレにはその笑顔が眩し過ぎて、そっと背中を押してやる。


 オレの魔力で妹を包み、ドレスやら髪やら乱れないように気を付け、父親のところまでそよ風が流れるように魔力の流れを作る。


 養父も向こうから魔力を伸ばしてジェシカを包んでいる。


 悔しいことに向こうの男は、流しているオレの魔力を増幅して戻してきて循環させた。


 これならジェシカが何もないところでつまづいても身体がくるりと回るだけで転ぶこともない。

 よそ見をしてもいい、蝶々のように飛んでいられるってわけだ。


(明日来客がある。夕食後に相談があるから来てくれ)


 娘を抱きとめて蕩けるほど嬉しそうな養父から来た次の念波はこれだった。


 オレはなぜか無性に悔しくて、気のすむまで上空に飛翔して、満月の光を全身に浴びた。




挿絵(By みてみん)

by ひだまりのねこさま

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[一言]  フラれたって認識になると、後が辛そう…
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