表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/13

年齢より幼い妹と思わせぶりな母


 また物思いに沈んでしまっていた。

 会話を続けないと妹がまた眉根を寄せるだろう。

 ジェスだけはオレのことを真っ直ぐに見て、心底気にかけてくれるから。


「あのひと、オレの父上じゃないんじゃないかな?」


 おどけて言って見せたのに、妹の顔がサッと曇った。


「違ったら兄さまが、私のお兄ちゃんじゃなくなっちゃうわ?」


「お兄ちゃん辞めたいんだがな」


「辞めたいの? ジェシカのこと嫌い?」


「バカ」


 妹の顔が歪むのを見てどこか安心した。こんな形で幼い妹の気持ちを聞き出しても仕方ないのに。


「オレはきっと貰われっ子だよ」


 物心ついてこの方、自分の頭に巣食っている違和感を口にしてみた。


 そして、貰われなきゃよかったんだ。それならジェスと……。いや、そしたらジェスと知り合ってないか……。


「やだ、やだあ。お兄ちゃんでなくなっちゃ、やだあ!」


 泣くのかよ。12歳にしては子どもっぽ過ぎないか?

 恋心を抱いているオレのほうがロリコンなのか?


「ジェシカ、何泣いてるの?」


 そこへ、花摘みかごを左腕にかけて、母上がホワイトガーデンから近づいてくる。


「お母さま! 兄さまが兄さま辞めるって……」


 妹は駆け寄って、しゃくりあげて言葉が継げず、母親のドレスの胸に顔を埋めている。


 オレは徐に立ち上がって尻をはたき、もう身長を抜いてしまった相手に尋ねた。


「母上、私は養子ではありませんか? なぜ、この家にきたのでしょうか?」


「ルーナス、いったいどうしちゃったの? あなたもジェシカもおかしいわね」


 シェリル公爵夫人。実家は侯爵家。

 いつもとても落ち着いていて、好き勝手している夫の手綱をうまくとっている。


 オレが怪我したり熱を出したりすると付きっきりで看病してくれた。

 イタズラして怒らせた相手に一緒に謝りに行ってくれたこともある。


 しっかり育ててくれたのがわかっているから、血の繋がりは無さそうでも母上だと尊敬している。


 だから母上には、オレの一番いい言葉遣いで話しかける。


「私は、この公爵邸の玄関先にでも捨てられていたのではありませんか?」


 母は口に手をやり目を丸くすると、

「憶えていないの? あなたのほうが、アシュリーを呼びつけたのよ?」

 と言ってコロコロと笑った。


 そして先ほど座っていた池縁に、花かごから草を並べ始める。


「せぼん、せぼん、せもべ、せもべ。これはどっち?」


 母の呪文にオレの肩がピクリと反応した。


「池に投げ込んじゃいけないのはどれ?」


 母上は微笑みをオレに向けている。

 ジェスもオレも、庭にある毒草は全て憶えていて、今さら訊かれることでもないのに。


「ちゅぬれむぱ? う、ちゅれむとろ?」


 母上のこの一言はオレを完全に金縛りにした。かなり強い呪文だ。


 ジェスにはこの呪文は効かないらしく、もう機嫌を直してかごの中の花々を薬草と毒草の二手に分けている。


「できた! お母さま、これでいい?」


「そうね、ジェス、よくできました」


「じゃあ、ご褒美、いいでしょ?」


「あら、おねだり? 珍しいわね、何かしら?」

 母上の優しい眼差しは、娘を目に入れても痛くないと言わんばかり。


「あのね、私、夕焼けの中を飛んでみたい。兄さまに連れて行ってもらっちゃダメ?」


「あら、それはおっきなおねだりね? ほんとならアシュリーのOKをもらうべきだけど、この見事な夕焼けもあと少しで消えちゃうわね」


 ジェスは、お父さまを待ってはいられないわと独り言ちてから、

「お願い、お母さま、ドライフラワーも煎じ薬も手伝うから!」

 と、宣言した。


 母上が摘んでこられた植物から、ジェスは領内に薬湯が必要な人がいると感じ取っている。


 こんなふうに思考は働くのに、オレの身体は呪文のせいか、まだ動かせない。


「ルーナス、今日の月齢は?」


 直接話しかけられてやっと身体が動き出す。

 手が動く、頭を掻くことができた。


 母上は魔法は苦手だというが、魔法系統が違うだけですごい使い手なんじゃないだろうか?

 未知の魔法だから計測できてないだけとか。


「満月です。そろそろ東から上がって来るかと」


「あら、じゃあ今日行ったほうがいいわね。あなたの魔力、満月時が最高でしょ?」


「は、はい」


 どうしてそんなこと知ってるんだと顔を見つめたら、

「あなたがアシュリーを呼びつけた時も満月だったのよ」

 と、何でもないことのように言う。


「赤ちゃんの時に大の大人を運べたんだから、今のあなたならジェスを落とすはずもないわね?」


「それは、もちろんです」

 赤ちゃんの時に大の大人?

 その話はよくわからないが、オレがジェスを落とすわけはない。


「じゃあ、行っておいで。寒くないようにジェスはマントを羽織って。満月のお尻が地面から離れるまでに帰って来ること。いい?」


「承知しました」


「今夜にでも、12年前の満月の日のことを話しましょうか。あなたの16歳の誕生日も近い、知るべきときですね」


 母上はにっこりと笑ったけれど、オレは、そんな思わせぶりなことを言って、オレがジェスを攫わないようにする策略なんじゃないかと思っていた。





シェリルの呪文の意味、ご興味があれば。


せぼん、せぼん、せもべ、せもべ:これはいい、いい、悪い、悪い。悪いとは毒草のこと。

ちゅぬれむぱ? う、ちゅれむとろ?:好きじゃないの? それとも好き過ぎる? ジェシカのことを訊いてます。兄を辞めたいと言った真意を質すために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 独特な世界観なのに説得力がすごい!! 幻想的で、でもリアルで。ファンタジック満開の物語で兄の恋はどうなるのかドキドキです♪ [一言] 冒頭の金魚と金木犀にびっくり。両者を結びつけ、かつすご…
[一言]  おー、なんか肝っ玉母さんな感じ?  旦那の操縦術も身に着けたんだ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ