オレの、ルーナスの、恋愛事情?
実の父親らしいと思ってオレは動揺してるってのに、感動のご対面とかにもならずに、ジジイは張り合いのない発言を続ける。
「まあ、公爵同士だし叔父甥の仲だし、僕とアシュリー、魔力特性以外はよく似てるから好きなほうを父だと思えば……」
「そんなわけにはいきません!!」
我に返って大声で叫んでいた。ジェシカと血の繋がりがあるかどうかは、オレには大問題だ。
ジジイ公爵はオレの勢いに少なからず驚いたらしく、顎に手を置いて考えた。
「それほど言うなら、何か証拠になるものを考えようか。そうだね、もう処分してしまったかもしれないけど、僕が贈った翡翠のネックレスを気に入ってくれてて。もしあれがあれば彼女だと特定できるかな。アシュリー、山小屋に行った時に無かった?」
「そんなもの探す余裕があったとでも? 3歳のコイツは泣いてるか飛んで逃げるかぐったり憔悴してるかでしたし」
「彼女なら大切に持っていてくれるけど、100パーセント魔女に戻ってたら捨てちゃったかな。戦争直後で品質のいいものは手に入らなかったし、売ってもお金にならないハズ。だから運が良ければまだ山小屋にある……」
オレは両手に不思議な手触りと懐かしい重みが戻った気がした。
「翡翠の石のネックレス、ですか……、粒が揃ってなくて、触ると冷たくて、でも気持ち良くて、おもちゃ代わりにしてたような……」
「ルーナス、思い出せる?!」
母上が目を輝かせる。
「ひとっ飛びしてくれば?」
今までいい子に聞き役に回っていたジェシカの声がした。
養父だと思ったり父だと思ったりしたウェセックス公爵が微笑みを向けた。
「いや、行かんでも引き寄せられるか、観ることくらいはできないか? 夕焼けが俺に当たってる。おいルーナス、額合わせろ、オレが道案内する。お前はそのネックレスを一心に思い描け。叔父上、悪いけど遠くに離れててください」
ウェセックス公爵と額を突き合わせ、両手を肩に回し合って意識を飛ばす。
途中の景色は右左に流れ去って、眺める暇もない。
1分経たないうちに、潰れそうなおんぼろ小屋が見えた。今年の冬を越せるかどうかっていうくらいの荒れ具合。
木戸を開けて中に入る。物が散乱している。だらしなく揉みくちゃのタオルケット。
そして……、その下に覗いている翡翠色を見つけた。
3分後にはそれは引き寄せられ、オレの左手首に巻き付いていた。
「すごいことができるんだね……」
離れたところで驚いているジジイ公爵にこれですかと見せに行った。
「そう、これだ。この真ん中の勾玉が彼女の一番のお気に入りだった。君に持っていてほしい」
その場にいた皆がいろいろなため息をついて安堵した。
「数々のご無礼ご容赦ください、父上」
オレは異常性愛者かもと疑っていた相手に心の底から謝罪した。
オレを息子だろうと思っていたから、好きだった人を彷彿とさせるから、あんな目つきで見つめていたのだと納得したから。
「ムリしなくていいよ。アシュリーを父親と思ってもっと脛をかじればいい。僕の側にいると君は魔法が使えないし、僕は老い先短くなるからね」
そう言ってくれて、皆が声をたてて笑うことができた。
「叔父上、黒百合魔女傭兵団はエクス家と自分たちの魔力ハイブリッドを欲しがっていた。だから俺は拉致されたはずです。ルーナスの魔力が強いのは、良いとこ取りのハイブリッドだからですか?」
従兄だとわかったウェセックス公爵の発言から、拉致されて意に沿わない関係を持たされたのだと類推することができた。
勢いに任せて吐いてしまったオレの暴言、後で謝っておこう。
などと気にしていたら、自分のことを話題にされているのに反応が遅れた。実父のノルテックス公爵が答えている。
「あ、ルーナス君はただのハイブリッドじゃないよ。僕の彼女、ルーナス君の母親は、自分の魔力根源は月だと言っていた。そこにエクス家の陽光魔力が入ったのだから、月はいつでも陽の光を浴びて輝けるんだ」
「え、もしかして、自家発電できるってこと?」
何か聞き逃したかと自信が持てず声を潜めて実父に問いかけると、まさしくそうだとにっこりとした。
「よかったね、魔力が僕みたいにマイナスに出ないで。太陽に黒点があるように、エクス家にもたまに出るらしいんだ、僕のようなマイナス系が。それに、もう一つ大切なことを言っておくよ。僕が愛した彼女は、魔女じゃない。月の女神だから。ルーナス君にもそう思ってもらえたら嬉しい」
「はい!」
ノルテックス公爵の言葉に、オレの中にあった板ばさみのモヤモヤが氷解していった。
「さて、ルーナス、次はオレの娘の質問に答えてやってくれないか?」
ウェセックス公爵がおどけたように思い出させてくれた。
ジェシカの質問は何だったか、激動の展開で頭から抜けてしまったかと思ったが、ちゃんと脳内保存されていた。
「お兄ちゃん辞めない? ずうっとジェシカの側にいてくれる? ビブリオに行っても、呼んだらすぐ帰って来る?」だったはずだ。
「やはり、ビブリオには勉強させてもらいに行こうと思う。オレの頭の中にいっぱい詰まってる魔女語を解き明かしてみたい。ジェシカの隣にはいられない時間が増えてしまうけれど、お前が呼んだらどこからでもすぐに戻ってくる。今すぐお兄ちゃんを辞めるつもりはないが……」
オレはジェシカの前に片膝をついて、右手で彼女の右手をとり、唇を落とした。
「ジェシカが16になったらオレと結婚してほしい」
沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは、やはり……。
「え~兄さま、プロポーズにはちゃんと指輪を見せなきゃダメなんだよ? 箱を開けて見せて、そしたらあたしが、きゃー、きれい、うん、お嫁さんになる!って言うんだから!!」
周囲に立ってる大人全員が頭を抱えた。
オレはジェシカの手の甲に向けて俯きながら肩を震わせて笑ってしまった。
「じゃあ、これでどうだ?」
立ち上がりながらオレは上を向いて魔法を発動する。
空を金色から橙、赤、紫と染めている夕焼けの中に、何百万の金魚を散りばめ泳がした。
そして西から金木犀の香りを漂わせる。
「ほら、見てみな」
西陽に背中を向けていたジェシカの身体をくるりと回してやった。
「うわー、綺麗だ、可愛い、いい匂い! これこそ夕焼けだわ!!」
オレはジェシカを後ろから柔らかく抱きしめて囁いた。
「結婚するって言わないと、もう一緒に空飛んでやらないから」
「金魚が空に居るうちに、ふたりで飛んでおいで」
母上が促してくれる。
「ほら、ジェシカ、素直になれ。指輪より何より、ルーナスが好きなんだろ? お兄ちゃんのお嫁さんにはなれないんだからな?」
ウェセックス公爵が隣で聞いていても赤面するようなことを口走り、ジェシカは俯いて全く似合わない弱音のように、
「急いで大人になるので、早く、結婚……してください」
と言って、オレに体重を預けた。
「任せとけ」
オレはジェシカごと金木犀の香りに向かって、金魚の戯れる夕焼けの空に飛び込んでいった。
空中で最高にロマンティックなファーストキスを交わしたことは、言うまでもない。
ー了-
読んでくださってありがとうございました。
読みまわりタグを作れていなくて申し訳ないです。
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