男同士の話。アラフォーふたりと馬の速駆け
乾いた秋風が頬を撫でて、馬での速駆けは気持ちよかった。
父公爵とオレはもしものときは魔力で移動すればいいと思っているから、乗馬は得意中の得意とは言えないが、アクツム殿下もそれほど長けているようではない。
小麦畑を抜けた先の丘で馬を止め、殿下が下馬するところをオレがじっと見ていたら、
「俺は舟か飛行機を駆るほうが得意だな」
と海賊っぽく笑った。
どう話しかけていいのか、何を質問したらいいのか、ずうっと迷っていたが、それは相手が自分を子どもとみるか大人とみるかわからなかったせいだと気付いた。
アクツム殿下は対等な立場でオレに話しかけ、対等に返答した。ならこっちも特に構えなくていい。
「来ればいい。留学なんて言うから大げさに聞こえる。ルーナスならいつだって飛んで行き帰りできるんだろ? 週末だけでもいいから来てみろよ」
こんな感じだ。
「あの城塞は遺っているのか?」
何が「あの」なのか知らないが、父公爵が聞いた。
「ああ、遺跡として遺してある。シャン川のこっち側、領土内にある城だったのにいつのまに占拠されて砦にされたからな、隣国との外交に揉めたらいつどうなるかわからないっていう自戒も込めて」
尋ねた父はちょっと複雑な苦笑を浮かべてから答える。
「空から飛んでこられたら国境警備も甘くなるさ」
「ビブリオは魔法は弱いんだ、ルーナス。魔力は人ではなく、軍艦や戦闘機に登載している。五年戦争が始まってからやっと空軍ができたって状態でね。自力で空飛んでくる魔女たちへの対処は想定外だった」
アクツム殿下の言葉に、父公爵が口添えする。
「エクストルからの援軍のほうも、後方支援だと思ってたから空飛べるヤツ連れて行ってなくて、戦争が長引いた。オレの失策だな」
「アシュリーに罪はないからな? オレが海に出ていたせいで、そっちへの情報伝達が不十分だったんだよ。それを証拠に俺とお前の連携がとれた3年めからは巻き返したじゃないか。緒戦時、父王はそっちへの援軍要請に消極的だったらしいしな」
「そうでしたか……」
オレは同世代仲良しで同じ戦争を戦った二人に何とか口を挟んだが、戦争というもの自体が想像つかない上に、その相手が自分の母親で、空を飛んで城を占拠してっていうのが輪をかけて思い描けなかった。
「アユタリの山小屋もビブリオの王城から行ったほうが近い。シャン川を遡ればいいだけだ。その時にはアユタリ国の上層部に一言断り入れてやるから」
山小屋とは母上からも父公爵からも聞いた、オレが置き去りにされた場所。
「ありがとうございます、アクツム殿下」
「ルーナス、お前は苦手なようだがな、叔父上、ノルテックス公爵だって今見るような好々爺じゃない、従軍してるんだ。3年めから参戦してもらった」
戦争で勇ましく戦えるかどうかと性的指向は関係ないと思うが、父公爵は叔父を弁護したいらしい。
「ああ、王城より北部を守ってくれたのは彼だな。シャン川の橋はこちらで全部落としてしまったんだが、どうしても浅瀬になってるところがあってね、渡河点にされるから」
アクツム殿下は礼儀上か、事実を付け足してくる。
「オレが足怪我してそちらの王城にお世話になってるっていうのに、身内として挨拶もせずに帰国したよな、すまん」
父公爵は急に思い出したように頭を下げた。
アクツム殿下は爽やかに笑って答える。
「挨拶うんぬんはどうでもいいんだが、ノルテックス公、行方不明になっていたはずだぞ?」
「「行方不明?!」」
「王城も北部穀倉地帯も見事に守りながら掃討完了してくれたのは紛れもない彼の功績だ。だが、エクストル全軍の慰労見送り式の席上では、ノルテックス将軍は不在で、先に帰国したんだろうと囁かれていた。エクストル王への援軍感謝の文に問い合わせを付け加えたが、将軍はまだ戻ってないとの返事だった」
「あの偏屈め」
なぜか瞳を輝かせて父公爵が悪態を吐いた。
「もうちょっと素直になってくれたらいいものを」
と言って茶目っ気たっぷりにお手上げの仕草をする。
「そんなに気難しい人じゃないと思うが?」
「アクツムは魔力がないからそう言えるんだ。俺たちにとってはやっかいな人なんだよ。午前中ルーナスが経験したように、あの人は俺たちの魔力を全部吸い取って無効化してしまう。戦争の後半戦で至近距離になって敵の魔力を打ち消すとか、掃討戦とかになると、叔父上のマイナスの魔力は効果テキメンだがな。序盤で味方の魔力吸い取られたらかなわん」
「ああ、そうか、マイナスの魔力なのか。そう考えればわかりやすい。だからあれほど手際のよい掃討戦ができたというわけだ」
アクツム殿下はうんうんと頷いた。
父公爵は今度はオレに顔を向けて話した。
「普段辺境に住んでいるのもそのせいなんだ。王城に近づきすぎて王の力を弱体化しちゃいけないと思ってるらしくてね。それで詳しい話を聞けていないのも悪いとは思うが、もう何年経ってると思ってんだよ!」
「アシュリー、お前、何か気付いたのか?」
オレが何か言う前にアクツム殿下が突っ込んでいる。
「ああ、おそらく。ルーナス、さっき叔父上とどんな話をした? 叔父上がお前の母親に会いたいと言ってたんだろ?」
ウェセックス父公爵のブルーの瞳は、鋭いというより新しい希望を湛えているように見えた。
魔力を凌がれたんじゃない、魔力属性がプラスとマイナスで正反対だから効かなかっただけだとわかって、オレも少し安心できた。
「ああ。試しに魔法をかけてみろって言われて、何もかからないから驚いた。念波を送ってきてるらしいのに何も聞こえない。こっちが何を送っても通じない。少し後ろに下がったらやっと飛べた」
『裸同然の心と身体の特別訓練』という言葉にビビったことは黙っておくことにした。単なる誤解、オレの邪推かもしれないから。
「よかったな」
父公爵にふと頭を撫でられた。
アクツム殿下の前で急に子ども扱いするなよと膨れたくなったが、不機嫌な顔をしたらコイツの思うツボな気がして我慢してやった。
「じゃ、最愛の女たちのところに戻るか」
一人でわかっている父公爵がニヤリとする。
「なんだ、種明かしはまだか?」
「ああ、家に戻ればすべてわかる」
オレは肩をすくめるだけにして、カッコよすぎるアラフォー二人と轡を並べて速駆けした。