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第39話  執事のため息

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

「聖杯を渡すのは、洗脳を受けた我が国の民が解放されてから。水源に聖杯を使った水を流しこみ、王都の民に飲ませればすぐに終わるし、地方には聖杯の水を含めたワインを配れば問題ないだろ」


 デートメルス公爵の後ろから現れたリンドルフ王国の国王フレデリックはそう厳かに宣言をすると、一同、恭しく辞儀をした。


「ヨハンネス、今まで聖杯を守り続けてくれたことに礼を言おう。我が国は宗教問題からは距離を取り続けていたゆえ、王家に持ち込まれても困る品であったのは間違いない。その聖杯は今がまさに出しどころ、ガブリエル殿であれば神の遺物を有効に使ってくれるであろう」


 神様よりも商売の方に重きを置くリンドルフの王は、枢機卿を前にしても遜るようなことはしない。


「改革派の者より貴方の話は聞いていたのだ。聖宗会とも、帝国とも手を切って、聖都に総本山を置くつもりなのであろう?」

「はい、その為には是非ともリンドルフの助けが必要なのです」

「ならばよし、貴方たちが聖宗会を切り離す手助けを、我らがしてやろうではないか」


 フレデリック王と後の教皇となるガブリエルによって行われた『アルメレンの会談』以降、世界は大きく変貌を遂げることになる。

 今まで世界の中心的存在だったフランドル帝国は、結果的に聖宗教から切り離されることによって求心力を失い、徐々に徐々に衰退の道を歩むことになる。

 帝国を中心に、周辺諸国も大きく変貌していくことになるのだが、それはまだ先の話となる。

 


「えーっと、私が眠っている間に、だいぶ、色々とあったみたいだね」

「本当に色々とありました」


 ようやく目を覚ましたマルーシュカをまじまじと見つめたヨハンネスは、大きなため息を吐き出すと言い出した。


「私どもはお嬢様を聖女となるようには育てていません。伯爵家当主であるジェロン様がその役目を放棄し、お嬢様を伯爵家の軛から外そうとしているのは知っていた為、お嬢様を市井に出るように差し向けたのは私です」


 ヨハンネスがマルーシュカを外に出してくれたお陰で、マルーシュカは多くの人と交流する機会を得ることになったのだ。


「お嬢様は、聖女になりたいと思いますか?」

「全然」

 マルーシュカは即答した。

「全然、全く、かけらも、これっぱかしもなりたいとは思わないわね」

「そうでしょうね」

 ヨハンネスは大きなため息をもう一度吐き出すと、

「マルーシュカ?起きたのか?」

 純白のシャツにトラウザーズ姿のアレックスが、目の下の隈がくっきりと残った状態で現れたのだった。


 聖女には必ず守り人が現れる。その力が強ければ強いほど、力を持った守り人が現れることとなるのだが、ヨハンネスから見ても、アレックスは、マルーシュカを守るのに十分な力を持っている守り人だった。


 ヨハンネスは聖女の調整役、聖女が魔力暴走を起こさないように調整を行い、守り人が現れれば、その人へ聖女を託す役を担っているのだ。


 先代となるヴァーメルダム女伯爵の守り人は彼女の夫となる人だったが、守り人と言って良いのかどうかも分からないほどの弱い人だった。


 女伯爵の娘となるアンシェリーナの守り人は弟として生まれたジェロンだったが、彼は自らの役目を放棄しただけでなく、大切な聖女を死なせてしまったのだ。


 ジェロンが娘のマルーシュカを視界にも入れなかったのは、姉と同じアンバーの瞳で見つめられるのを恐れていたから。その瞳に全てを見透かされることを恐れていたからこそ、悪逆非道で有名なリント男爵の元へ娘を売り払おうと考えた。


「アレックス様、お嬢様のことを宜しくお願い致します」

 そうアレックスに告げて、ヨハンネスは部屋を出た。


 聖宗教をまとめ上げたガブリエルは、聖宗会と完全に決別をして、聖宗教の総本山を聖都ダウラギリへと移動させる。


 今はまだ復興の途中でもある聖都も、聖宗教の本部を移せば、多くの信者が聖都を訪れることになるだろう。人の流入は商流を活発化させるきっかけにもなるし、多くの信者が滞在する宿泊所が必要となることから、聖都の復興は大きく進むことになるだろう。


 大聖堂を中心に地域の活性化を進めていくことは出来るけれど、宗教の聖地であるだけに、人を傷つけ殺すことになる武器の類を教会には持ちこみたくない。


 今まで『異端審問』の名の下に多くの人々を傷つけ殺してきた聖宗会とは別のものであると明確にするためにも、一切の武力を所持したくはない。


 そこでガブリエルは、

「リンドルフ王国の騎士に聖都ダウラギリを守って頂きたいのです」

 そう言ってフレデリック王とエルンスト王太子の前で、深々と頭を下げながら願い出たのだった。


 マカルー山脈は山の民が守るとしても、これから大きく成長をしていく聖都ダウラギリを守れるほどの武力はない。今のままではきっと再び、メイティラや他の周辺諸国が自らの欲を満たすために、聖都を滅ぼしにやって来るだろう。


「聖都ダウラギリは神に仕える者たちが集まる神聖な場所、今までのように一国家の都合に振り回されるようなことにはなりたくないのです。ですが、武力は間違いなく必要ではあるのです。勝手なこととは思いますが、私たちはリンドルフ王国に神の盾の役割を担って欲しいのです」


 今までリンドルフ王国は宗教の自由を認め、改革派と聖宗会の争いにも王家は一切タッチしないと宣言しているほど、宗教については一歩も二歩も国として距離を取り続けていた。聖宗会とズブズブの関係を築いてきた周辺諸国の中では一番、クリーンなイメージを持って居るのがリンドルフ王国になるだろう。


交渉の末、聖女の存在は秘密にしてリンドルフ王国の中に囲い込む代わりに、リンドルフの武力を派遣して聖都を守る『神の盾』となる。


 更には聖女の代わりに『聖杯』を渡すのだ。王家は懐に『聖女の涙』を隠し持ったまま、そんなことはおくびにも出さずに笑顔を浮かべる。


『聖女の涙』は、十年前に先代の女伯爵が亡くなった夜に現れた。こっそりと『聖女の涙』をマルーシュカの私物に紛れ込ませていたのはヨハンネスだった。


 私物は小さな箱一つ分しか持たないマルーシュカ。普段から箱の中身の整理をしないから、小銭が入った袋が箱の隅にあっても気が付かないし『聖女の涙』も入れっぱなしの状態で、聖女の杖は『背中を掻くのにちょうど良い棒』扱い。


「お嬢様には常識を教え込まなければなりませんね」


 新たに公爵家へ勤めることが決定したヨハンネスは、次代の公爵夫人となるマルーシュカの専属執事の役目を命じられて居るのだが、

「はあ・・とりあえず、三週間後にお披露目のためのお茶会ですか・・お嬢様に出来るのでしょうか・・お茶会が・・」

 正直に言ってため息が止まらない。


 ちなみに伯爵家に勤める使用人たちは、料理長にだけ紹介状を渡して、後は全員、金だけ渡して解雇した。マルーシュカが家を出て行ったと分かる前から、彼女の部屋に入り込んで金目のものがないかを探して回っていた使用人は警邏の人間に引き渡した。


 毒を飲んで入院した三人の侍女たちは無事に退院したようだけれど、こちらも金だけ渡して紹介状は用意しなかった。用意する意味をヨハンネスは見出すことが出来なかったからだ。


「はあ・・就職先が決まって安泰だというのに、何故、こんなに気分が重いのだろうか・・」


 それはお嬢様のマナーがかなりまずい状況だということを理解しているから、そのことをヨハンネスも十分に理解はしているのだった。



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