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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

キマイラちゃんは愛されたい

作者: 五月和月

新作の短編です。

 佐藤千佳の命の灯は、19歳にして儚く消えようとしていた。


 彼女の人生が概ね順調だったのは13歳、中学1年の時まで。その年の冬、両親と兄を交通事故で失った。居眠り運転の大型トラックが対向車線に突っ込んで来たのが原因だった。


 その後伯父の家に引き取られた千佳だったが、伯父の目的は両親が残してくれた自宅と保険金だった。千佳の養育を言い訳に両親の家を売り払い、そのお金と保険金で豪遊した。伯父一家は千佳を奴隷のように扱き使い、暴力や暴言が当たり前の毎日だった。


 千佳は中学卒業と同時にその地獄から逃げ出す。都会を目指し、そこで出会った8つ年上の男の家に転がり込んだ。男が「愛してる」と言ってくれたからだ。


 しかし、その男もクズだった。他に何人もの女が居て、女の稼ぎで自分は遊んで暮らす。千佳はアルバイトをしながら、早く自立しようと死に物狂いで貯金した。だが、天は千佳に残酷だった。17歳で国指定の難病を発症。大きな病院に入院し、寝たきりとなった。


 誰一人として見舞いに来ない孤独な入院生活。治る見込みのない病。元々前向きで溌剌とした少女だった千佳は、日に日に衰弱し希望を失っていった。


「ほら、千佳さん。体を拭きますからね」


 唯一優しくしてくれるのは看護師さんだけ。自由に動かない体を拭いてくれ、体の向きを変えたり着替えさせてくれたりする。


「…………せて」

「え?」

「おね……がい……しなせて」

「っ! だめです、そんな事言っちゃ!」

「おねがい……」


 掠れた声で必死に懇願する千佳の姿に、涙を堪える看護師。彼女にも分かっている。千佳が長くない事を。何を言っても気休めにしかならない事を。千佳も、自分が我儘を言っている事は分かっていた。ただ、もう誰にも迷惑を掛けたくない。この苦しみを早く終わらせたいだけだった。


 それからしばらく経った寒い日の夜。入院して僅か2年で別人のように瘦せ細った千佳は、誰にも看取られる事なく静かに息を引き取ったのだった。





■□■□■□■□■□■□





 そこは、真っ暗なのに不思議と落ち着く場所だった。全身が丁度良い温度のお湯に浸かっているような、暖かくて心地良い、安心できる場所。そこで頭の中に渋い男の人の声が響いた。低音イケメンボイスってやつである。


其方(そなた)に謝らねばならない。辛く苦しい思いをさせた。本当に済まない)


 優しく心に響く声。もう忘れちゃったけど、パパがこんな声だったかなぁ。どうして謝るんだろう?


(其方の家族は神の手違いで死んでしまった。そこから其方の不幸が始まった)


 手違い、と言われても……今更どうする事も出来ない。家族はもういないし、私は死にかけてるし。


(謝罪の代わりに其方に新たな生を授けよう。可能な限り其方の希望を叶える)


 新たな生? そっか、私死んじゃったのか。いや、死にたいと思ってたからそれについて不満はない。希望かー。まず優しい家族が欲しいな。それに健康。病気や怪我で苦しまない強い体が欲しい。そしてお金の苦労はもうしたくないかな。


 あ、動物! 動物好きなのに飼えなかったから、モフモフに囲まれて生活したい!


(分かった。ついでに言語能力と神力、多めの魔力を与えておこう)


 シンリキ? マリョク? いやいや、そんな訳分からないものより、強くてイケメンで頼りになる男性の永遠の愛を――


(其方の新たな生に幸多からん事を)


 一方的に切られた!? いやもっとたくさん希望があるんですけど?


 真っ暗だった場所に光が差し込み、それがどんどん眩しく大きくなって――


 気が付いたらデッカイ何かにベロンベロンと全身を舐められていた。不思議と恐怖は感じないし、嫌な気もしない。そして私の顔の近くで、何やら甘くて良い匂いのするものが。私はそれにかぶりついた。温かくてほんのり甘いミルクの味がする。私はそれをごきゅごきゅと夢中で飲んだ。


「ぷは」


 やがてお腹いっぱいになり口を離すと、また舐められる。おぼろげな視界に3つの獣の顔が映った。雌ライオン、雌ライオン、一つ飛ばして雄ライオン。


 って、なんじゃこりゃー!?


 衝撃で視界がクリアになったよ……あ、一つ飛ばしたのは横たわった鹿みたいな動物。あれはたぶん死んでる、というか、獲物だと思う。そして重大な事実を発見。一番大きなライオン、頭は雌のライオンだけど、ヤギの胴体に尻尾がヘビだ。他の2体も同様。


 小学生の時、お兄ちゃんが読んでいたラノベに出て来てた。「キマイラ」ってやつ。確かギリシャ神話に登場する怪物じゃなかったっけ。


 ラノベでも強くて恐ろしい魔獣だった記憶があるんだけど、この大きなキマイラと、その半分もない雄と雌のキマイラからは全く恐怖を感じない。それどころか優しく慈しむような視線を感じる。


 これはアレだ……私、キマイラに転生したんだ……。


 …………って、何でよっ!? なぜキマイラ? 人間じゃないの!?


 えーと……まず「優しい家族」、ぱっと見た感じ優しそうではある。次に「病気や怪我で苦しまない体」だっけ、うん、キマイラって強そうだよね。そして「お金の苦労をしたくない」、苦労って言うかお金に縁がなさそう。更に「モフモフに囲まれたい」か。まぁ確かにお腹の毛なんか特にモフモフしてて……ってちゃうやろーっ!!


 最後に言ったイケメンで頼りになる男性、どこ?


 と、あの低音イケメンボイスの神様(仮)に一通りツッコミを入れていると、今私達がいる洞窟の入口に影が差した。


 雄々しく立派な(たてがみ)を持ち、灰色のヤギの胴体は筋肉の鎧のようで、四肢の先端にはナイフのような爪を備え、尻尾は青い鱗の龍。巨体のキマイラがのっそりと侵入して来た。


「がぅ」


 威厳を感じさせるキマイラが、私のすぐ傍で前足を揃えて後ろ足を折り曲げる猫の「エジプト座り」をする。大きな顔を私に寄せて「ベロン」とひと舐めし、スリスリと頬擦りしてくれる。


 こ、これはまさか……これが「強くてイケメンで頼りになる男性」……?


 わーい! 私を無条件で愛してくれる、強くてかっこいいパパだー!


 …………声を大にして言いたい。出来る事ならあの神様(仮)の胸倉を掴んで、耳元で声を張り上げたい。


「これじゃないっっっ!!」





■□■□■□■□■□■□





 あれから2年が経って、私は自分でも吃驚するくらい「キマイラ」として生きる事に馴染んだ。いや、馴染んでしまった。


 キマイラと言えば、ファンタジー作品では大抵忌むべきもの、恐れられる存在、討伐対象トップ5に常時ランクインするくらいだと思うんだけど、私の家族はみんな知性に富んでいる上に思いやりに溢れ、とても優しい。もしかしたら私がそう感じるだけかも知れないし、家族以外のキマイラは違うかも知れないけど。


 私は家族に名前を付けた。みんななぜ名前が必要なのかピンと来てなかったけど、私の意見を尊重してくれたのだ。

 パパは「ハデス」、ママは「メテル」、兄は「アトラス」、姉は「テミス」。私が自分に付けた名は「ライラ」。


「がぁあぁぅ?(ライラ、狩りに付いて来るか?)」

「がぅ!(行く!)」

「がぁぅ!(私も!)」


 兄に誘われたので一緒に狩りに行く。姉も一緒だ。私は既に一人でも狩りが出来る。1年前からパパに仕込んでもらった。キマイラとして生きていくには避けて通れないからだ。そしてパパからもお墨付きを貰った。

 でも、家族は誰も私を一人で狩りに行かせない。必ず誰かが一緒に来てくれる。十分強くなった私だけど、家族にとってはいつまでも末っ子のチビで、守るべき娘・妹だと思われているのだ。そんな風に大切にしてくれる家族が、私はとても愛おしい。キマイラの愛は純粋で穢れが一切ない。欲望や打算に塗れていない。キマイラの愛は尊いのである。


 森を切り裂くように疾走する。土の匂いと草と木の葉の匂いが濃く漂う。兄と姉を追い抜き時に追い抜かれ、私達は音を最小限に抑えながらも森の中を超スピードで移動する。


(猪がいた!)


 兄が一頭の猪を見つけて「念話」で知らせて来た次の瞬間――


「グオォォォォォォォォーー!」


 遠くで知らない生き物の咆哮が轟いた。


(うがぁぁぁあっ!)


 直後にパパの叫びが念話で飛んで来た! パパがこんな声を上げるのは初めて聞いた……私は居ても立っても居られなくなり、パパの気配に向かって方向転換して全速力で走り出した。

 風景が流れる緑の帯に変わる。兄と姉を置き去りにして、音さえも置き去りにして、私は疾走した。


 胸がざわざわする――走っている間にも、パパの苦しそうな呻きが念話で届く。


 待ってて、パパ!


 1分ほどでパパの匂いを嗅ぎ取れる所まで来た。速度を落とし、慎重に匂いを辿る。さらに1分ほど進むと、森の木々がなぎ倒されて出来た開けた場所に着いた。


 そこには、血だらけになったパパと、黒い鱗の巨大なドラゴンがいた。


 数えきれない程の傷を負いながらも、パパはその太い四肢で地面を踏みしめ、黒いドラゴンを睨みつけている


 ドラゴンは巨大だ。パパより大きな生き物を、私は生まれて初めて見た。ドラゴンの頭は森の梢と同じくらいの高さがある。そして、黒い鱗にはたくさんの傷が付き、所々赤い肉が見え血が流れている。


「グオォォオウゥゥ?(貴様は俺の子を傷付けようとした人間どもを庇うのか?)」


 へ……? 私、ドラゴンの言葉が分かっちゃうんだけど。パパの方をチラッと見ると、相変わらず唸りながらドラゴンを睨んでいる。今にも飛び掛かりそうな顔だ。


「がーぁう! がぅがぁぅ?(パパ! ドラゴンは『人間を庇うのか?』って言ってるみたいだよ?)」

「うが……がぅぅあぅ?(ライラ……お前、ドラゴンの言葉が分かるのか?)」

「グォグゥゥオォォ?(キマイラの娘、俺の言葉が分かるのか?)」

「がぅ!(分かるよ!)」


 神様(仮)から授かった「言語能力」のおかげだろうか。分かるものは分かるので、私はパパとドラゴンにそう答えた。


 パパの傍に近付くと血の臭いが濃くなる。こんなに血を流して大丈夫だろうか……肩や背中には抉れたような深い傷がいくつもある。いくらキマイラが強いと言ってもこれは重傷だ……。


 いやだ……パパを失いたくない!


 パパを失うかも知れないという恐怖が、パパを助けたいという強い想いに変わる。その瞬間、私の体から金色の光の粒が溢れ出し、それがパパを包み込んだ。淡い光の中で、パパの傷が見る見るうちに塞がっていく。


「がぁう? があうぅぅ……(ライラ? これは治癒の力か……)」

「グオ!? グアォォウゥ?(なんと!? キマイラが治癒を使うだと?)」


 パパとドラゴンが驚きの声を上げるが、私が一番驚いた。


 パパの傷を癒しながら話を聞く。パパは縄張りに突然侵入したドラゴンを敵と見做し、私達家族を守る為に戦った。一方ドラゴンは、自分の子を傷付けようとした人間達を追いかけているうちに知らず知らずのうちに縄張りに踏み入ってしまった。


 言葉が通じないキマイラとドラゴンが出会ってしまった不幸。私が駆け付けなければどちらかが死ぬまで戦っていたかも知れない。


 私はパパにドラゴンの事情を説明し、ドラゴンには縄張りを守る行為だったと説明した。パパの傷が治ったら、お詫びにドラゴンの傷も治すと約束した。


 だけど……ここに着いてからずっと、目の前のドラゴン以外に今まで嗅いだ事のない匂いが4つある。パパとドラゴンは気付いていないようだ。50メートルくらい北に離れた、風上に当たる森の中。こちらを窺うような視線も感じる。





■□■□■□■□■□■□





 4人組のBランク冒険者パーティ「バリステッド」は、腰辺りまである草と大きな木々の隙間から、黒いドラゴンとキマイラが戦う所をじっと見ていた。


 3日前、彼らは最上級回復薬(エクスポーション)の材料である「零雫草(れいだそう)」を採取するため、魔獣の巣窟と言われる「レイダの森」に分け入った。

 零雫草はレイダの森でしか手に入らないが、これまで多くの冒険者が命を散らした超危険地帯である。その分、零雫草の買い取り金額は一株で半年は遊んで暮らせる程高額だ。


 バリステッドの面々も、一攫千金を夢見てレイダの森に入った訳だが、森の辺縁にいる魔獣達との戦いで疲れ果て逃げ回る羽目に陥った。そして偶然ドラゴンの住処を見つけてしまったのだ。


 住処には眠っている子竜がいた。零雫草を見つける事が出来なかった彼らには、子竜が「(かね)」に見えた。ドラゴンの素材は鱗から骨まで余す事無く高値で売れる。子竜でもかなりの値が付く事は間違いなかった。


 それぞれの武器を手に住処である洞窟へ踏み込もうとした時、親ドラゴンが帰って来た。バリステッドの4人は怒り狂うドラゴンから必死に逃げた。そして逃げた先がライラ達キマイラの縄張り、人間達からは「獅子王の森」と呼ばれ、絶対に立ち入ってはならない禁忌の領域であった。


 自分達がそんな危険な場所に居る事も気付かず、彼らはキマイラのハデスとドラゴンの戦いを見ていた。


(キマイラとドラゴン……あいつらが殺し合ってくれれば、俺達は労せず極上の素材が手に入る)


 極度の疲労と緊張のため、正常な思考が出来なくなっていた。ここまで命を懸けたのだから、それに見合う報酬があって然るべき。彼らは逃走の絶好のチャンスを逃した。


(おい、なんかちっこいキマイラも来たぞ)

(おう。ドラゴンとデカいキマイラは腹這いになって動けねぇみてえだ)

(なぁ、これってチャンスなんじゃねぇか?)

(ここからなら私の魔法が当たるわ)

(よし、魔法で先制攻撃、その後3人で一気にやるぞ)

( ( (了解) ) )





■□■□■□■□■□■□





 隠れている4つの気配から、こっちに殺気が向けられた。パパとドラゴンさんは戦いで血を流し過ぎたのか、ぐったりと横になっている。


 私には、彼らがコソコソと話しているのが聞こえていた。そして、その言葉も分かってしまった。


 彼らは人間。そして、パパとドラゴンさんと私を素材、つまり「お金」として見ている。前世の伯父の顔が浮かんだ。あの人も、私の大切な家族の「死」を「お金」としか見てなかった。


(――風よ、刃の雨となり敵を刻め。旋風千刃(サウザンウインド)!)


 何やらブツブツ聞こえた次の瞬間、人間達が隠れている場所から魔法が放たれた。その攻撃がパパに向かっているのが分かった時、私の中で何かがプツンと切れた。そして、目が眩む程の怒りがこみ上げる。


「がああああああああ!!(家族を傷付ける事は許さない!!)」


 私の体を金色の光が包む。50メートル程北から無数の風の刃が飛んで来るが、私の咆哮がそれをかき消した。草と木の陰から3人が飛び出して来る。私は一瞬で50メートルの距離を詰め、先頭の全身鎧とすれ違うと同時に右手の爪を振るう。大楯と鎧が上下に両断された。2人目の革鎧に双短剣の男にも、すれ違い様に左手の爪をお見舞いして首を刎ねた。3人目の長剣に金属の胸当ての男は私に剣を突き立てようとしたが、身を捩って避けて頭をひと噛み。


 5秒もかからず3人殺した。


 長剣を持っていた男の、首から上が無くなって仰向けに転がった胴体に右手を乗せ、ひとりだけ残った濃紺のローブを着た女を見る。


「ひ、ひぃ」


 女は尻もちをつき、ガタガタと震えている。


「なぜ私のパパを狙った?」


 私は人間の言葉で問い掛けた。


「ひっ!? しゃ、しゃべった!」

「私は、家族を傷付けるヤツを許さない」

「ごごごご、ごめんなさいっ! もうしません、もうしないから殺さないで!」


 女は地面に額を擦りつけて命乞いをする。その姿を見て私の怒りは急激に醒めた。女に興味を失くして振り返ろうとしたら、すぐ後ろにパパが居た。


「がぅ、があぅがぉ(ライラ、人間を帰す訳にはいかん)」

「がぅ?(どうして?)」

「がーぁぅ、がぅがぉぅ(次は大勢仲間を連れて来る。危険だ)」

「がぅ(分かった)」


 パパの言う事は分かる。家族を危険に晒す訳にはいかない。だけど、目の前で蹲る無抵抗の女を殺すのは躊躇われた。


「がぁぅ。がぅがあぅ(俺がやる。向こうに行ってなさい)」

「がぅ(うん)」


 私がその場を離れると、パパは私が殺した3人の死体を女の傍に集め、巨大な火球を放った。中心が白く眩しい火球は直径20メートルくらいあるだろうか。あまりの高温に周囲の木々が一瞬で灰になる。金属の鎧も、剣も溶けて原型を失くし、女と3つの死体も骨すら残らず灰になった。


 私はドラゴンさんの元に戻り、彼の治療を再開した。私の心に満足感はなく、ただ後味の悪さだけが残った。


 自分の手で人間を殺した。それはパパを傷付けようとしたからだ。もう家族を失うのはまっぴらだ。また誰かが家族を傷付けようとしたら、それが人間だろうが魔獣だろうが、私は同じ事をする。だから後悔はしていない。


 でも、殺さずに済む方法があったのではないだろうか? もっと圧倒的な力を示して怖がらせるとか脅すとかして、逃げるように仕向けるとか。もしくは仲良くなって信頼関係を結び、お互いに不可侵の約束をするとか。


 今の私にはまだどうすれば良いか分からない。だけどきっと何か良い方法があると思うんだ。それはちゃんと考えなきゃいけない。





■□■□■□■□■□■□





 あれから1年経った。あの事がきっかけで黒いドラゴンさんとその子供の子竜と仲良くなった。


 ドラゴンの名前はクーファさん。子供は女の子でムファちゃん。これは私が付けたんじゃなくて彼らが元々持っていた名だ。


 私達が暮らしている洞窟一帯は「獅子王の森」と呼ばれ、そこから北に20キロ程離れた場所にムファちゃん達が暮らす洞窟がある。そこは「レイダの森」の中心部近くらしい。獅子王の森はレイダの森に囲まれるように存在している。これらは全てクーファさんから教えてもらった。


 20キロの距離は私にとっては近所のコンビニくらいの感覚。クーファさんはもちろんムファちゃんも飛べるし。という事で、お互いの家を行ったり来たり、時にはお泊り会をして仲良くなった。


 クーファさんとパパもすっかり仲良し。昨日の敵は今日の友、みたいな感じかな? ムファちゃんは私の家族にも可愛がられていて、兄と姉はもう一人妹が出来たみたいに喜んでいる。


 とにかく、あれ以来人間は見ていない。家族とドラゴン親子と平穏に過ごしている。





 この1年、私はクーファさんに魔法を教わっていた。


 クーファさんはパパの倍くらい生きているし、竜は元々魔法が得意らしい。パパが生み出すあの物凄い火球は「獄炎(インフェルノ)」というらしく、クーファさんが見た事のあるどの火球より威力が高いという話だ。さすが私のパパ。かっこいい。


 ただ、キマイラという種は火球以外の魔法が得意ではない。だから魔法全般が得意なクーファさんに教わっているのだ。どうやら私には色んな魔法の素質があるらしいので。


 あの時、パパとクーファさんの怪我を治した金色の光。クーファさん曰く、あれは人間が使う「神聖魔法」に似ているらしい。似ているが違う、ライラの力の方がずっと強い、と言われた。これは多分、神様(仮)から授けられた「神力」のおかげだろう。それに、魔力も多めに授かった。


 しかし、この「多めの魔力」が厄介だった。


 魔法を覚える事自体はそれほど難しくなかった。恐らくキマイラである事と、クーファさんの教え方が上手だからだと思う。しかし「魔法の制御」が難しかった。


 魔力の量=魔法の威力。私が無造作に魔法を発動すると酷い事になる。雷魔法「雷槌(インドラ)」を放った時、クーファさんが慌てて軌道を逸らして空に打ち上げてくれなかったら、レイダの森の3分の1くらい無くなってたかも知れない。てへ。


 という訳で未曽有の大災害を回避するために、私は魔法を制御する訓練を重点的に行った。この制御に関してはムファちゃんが凄く上手だった。


「グゥォ? グゥアグァ(ライラちゃん? もっと魔力の流れを意識するの)」

「がぅ?(こう?)」

「グゥア! クガァゥ!(違う! もっと集中して!)」

「が、がぅ……(う、うぅ……)」


 こんな感じで、普段はおっとりほんわかしているムファちゃんがビシバシ指導してくれるのだ。ギャップ萌えである。


 そしてこの1年で最大の収穫。それは「変身能力」。


 クーファさんは「人化」という魔法を使って人間の姿になる事が出来る。40代半ばでウェーブのかかった黒髪を肩近くまで伸ばし、無精ひげが似合うイケオジである。ちなみにムファちゃんは人化魔法はまだ練習中だ。ムファちゃんがどんな女の子の姿になるのか今から楽しみで仕方ない。


 クーファさんは人化して人間の世界を度々訪れているそうだ。自分達の身を守るため、主に人間達の動向を探る目的で。


「がぅー、がぅがーぅ!(いいなー、人化の魔法!)」

「グガ? グガォグガアゥ(何? ライラも似た能力がある筈だが)」

「がう!?(マジ!?)」


 クーファさんによれば、キマイラには「変身能力」があるらしい。キマイラは種として既に完成された姿だから態々変身する必要がない。その為私の家族が変身する所は見た事もなかったが、合成生命体であるキマイラは、元来摂取した生物に変身する能力を有すると言うのだ。


「がぅぅぅぅ……(変身、変身……)」


 さすがのクーファさんも変身のやり方は知らなかった。パパやママに聞いても知らない。壁にブチ当たった私だったが、軽い怪我をしたムファちゃんの傷をペロペロ舐めていた時、唐突にそれが起きた。


 私の前足が、ムファちゃんそっくりの深紅色の鱗に覆われた竜の足に変化したのだ。


「うがぁぅ!?(うっそぉ!?)」

「グァァウ!?(うっそぉ!?)」


 変身について考えながらムファちゃんの血を体内に取り込んだ事で、無意識に前足が変化したようだった。驚いたけど、ムファちゃんもビックリしてた。感覚を忘れないように試しに全身を変化させてみると、ムファちゃんと瓜二つの姿に変身出来た。


 その後はクーファさん監修の下、人間に変身する特訓を繰り返した。1年前に遭遇した4人の冒険者の内の一人を、私はガブリと齧った。その時にその人の血を体内に取り込んでいる。


 正直、その人を見たのは一瞬だったからどんな姿だったか覚えていない。だからイメージが湧かなくて苦労した。手足の一部だけ、頭だけ、胴体だけと部分的に人間に変化し、3日目にようやく完全に変身出来た。


 程良く筋肉が付いたすらっとした体の男性。そして全裸。紛う事無き全裸。


 私は前世も今世も女の子だ。乙女ぶる気はないけど、股間にぶら下がる異物に目が点になり、次の瞬間「うがぁぁああー!」と叫んでしまった。そうだ、あの人は男性だった。


 そんな所まで精巧に変身しなくていいのに……。


 自分の体じゃないんだけど、よく分からない羞恥で蹲る。ムファちゃんはキョトンとしていた。


「グァオ、グァガゥ(ライラ、次からは変身するなら女にしような)」

「う、うん、そうする」


 何かを察したクーファさんがポンポンと背中を叩いてくれる。気まずさを感じながら、私は変身を解いてキマイラの姿に戻るのだった。





 そしてそれから3ヵ月程経ったある日、私はひょんなことから女の子の姿に変身出来るようになる。それも、女の私でも見惚れてしまうくらいの超絶美少女に。


 気が引けるくらい可愛い姿を手に入れた私は、人化したクーファさん、人化をマスターしたムファちゃんと3人で人間の街に行く事に決めた。そこで人間界の動向を探り、家族に迫る危険を未然に防ぐというのが主な目的である。そのついでに、美味しい食べ物やスイーツを探したり、あわよくば優しくて頼りになるイケメンと出会いたいと考えている。


 レイダの森から一番近い街で、零雫草を手土産に冒険者ギルドに登録する予定だ。ここから冒険者ライラの物語が始まるのだ。

お読みいただきありがとうございました!


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