どうやらヤバい異世界に生まれたらしい
未だ点滅してない青信号。
俺はハンドリムを滑らせ、車いすで横断した。
ブオオーーーーン
車のターボ音が聞こえる。
気付いた時にはもう遅かった。
ハンドリムを握る手は硬直して動かない。
――ぶつかる
「ごめん。お父さん」
高校生一年生、若くして俺は病にかかり、下半身不随となってしまった。
母は俺が物心つくときには既にいなかった。
亡くなったのか、出ていったのか。俺にはわからない。知りたくなかったからだ。
そんな俺を男手一つで育ててくれた父は、JCNソリューションの部長で、給料は良いが休日も出勤し忙しい。
だが、忙しくても高校生のときには、俺に楽しい高校生活を送ってほしいがためにお弁当をつくってくれていた。
家も高校生のときに、俺が過ごしやすいよう改築をしてくれて、車いすで生活するのにあまり不便を感じなかった。
そんな俺も大学生になった。学費も生活費も父に出してもらっていた。俺としては早く社会に出て親孝行をしたかったが、父は大学にいって見識を広げてほしいと頑なに認めてもらえなかった。
大学では、少しおチャラけているが根は真面目な友人ができた。彼女はできなかったが、仲のいい友人は多くいて、バーベキューするときも取り分けてくれたり、気にかけてくれるいい人たちばかりだった。
就職活動をする時期になった。俺は下半身不随だったが、勉学は手を抜いておらず、外国語もネイティブとまでいかないが、出来るほうだった。LGBTや身体に障碍があるものに優しい社会を作ろうという政策の追い風もあり、早期に就職先は決まった。
無事就職先が決まり、教授に報告をするために大学に行ったその帰り。
俺は車に吹き飛ばされ、多分だが死んだ。
多分というのは、そこからの記憶がまるでないからだ。
俺の記憶はそこで終わり、再び目を覚ました時には母親と思われる女性の腕の中にいた。
「男の子……ですね」
「男の子!?本当に?」
男として再び生まれたらしいが、なにやら反応がおかしい。
ナースの女性や母からは、男といて生まれるのがまるで変だといわんばかりの驚きようだ。
「これが男……?」
「はい。股間の辺りにあるものからして間違いありません」
「これが男〇器?」
「はい。それが男〇器です」
俺の股間を凝視する母とナース。
そんなに見ないでほしい。ぷるぷると震える俺。
「舐めても?」
「はい。初めて舐める権利は母親にあります」
……はい!?なにを舐めるって?聞き間違いか?
恐る恐る口を近づけていく母らしき人物。
ヤメ、ヤメローーー!!ヤメてください!!
俺は必死に止めようとするが、思ったように手が動かない。
「暴れないで、エフィ」
両腕をガッチリと抑えられ、事案まで秒読みになってしまう。
やばいやばいやばい。俺のハジメテが母親なんて絶対嫌だ!だから母親なんて嫌いなんだ!!
「うきゃああああああ!!」
俺は叫ぶ。どうか俺のナニから母親が離れてくれますように、と願いを込めて。
するとどうしたことだろうか。部屋に強風が巻き起こり、母親の顔がまるで壊れたおたふくみたいになっていた。美人も形無しである。
しばらく、吹き付ける風。母はまだあきらめていなかった。1センチまで縮まる距離。
「う……きゃ」
あれ?段々意識が遠のいていく。
「お母様!お母様!お子様が気を失っておられます!!このままでは大変なことになってしまうかもしれません!!」
「本当!?確かにぐってりしてるわ!!どうすれば!?どうすればいいの!!」
「落ち着いてください!!今すぐ医者を呼んできます!!」
「お、落ち着いていられるもんですか!!せっかくの息子よ!!」
いつの間にか風が吹きやんだ病室。慌ただしい声が響く。
「何をやっているんだね」
病室のドアから、杖を持ったトンガリ耳の女性が入ってくる。
「シルフェード様!?どうしてここに?」
「いや、たまたま近くを通っていたら大きな魔力を感じてね。ってその赤ん坊、魔力枯渇しているじゃないか!!もしや彼が……いや、今はそんなことはいいか。おい、その赤ん坊を渡したまえ。私が助けてやる」
「あ、貴女、一体誰ですか!私のエフィに触ったら許しませんよ!!」
「うるさい。いいから寄越すんだ」
「お母様。大丈夫です。彼女はマジカデミア位階 探求者 シルフェード・レイン様ですよ」
「シ、シルフェード様!?どうしてここに?」
「いいから早くしてくれ。その子の命が危ない」
母は彼女にエフィを預けると、彼女はエフィのおでこに指を当てる。
「魔力譲渡」
再び、病室に風が吹き荒れる。立っているのもつらい暴風がシルフェードを襲う。
「チッ。やはり、この赤ん坊がさっきの魔力源か!!これ程とはな!!」
「エフィは、エフィは大丈夫なのですか!?」
「このままじゃ意味がない!!渡した魔力が風に変換されている!!これほど風の精霊に愛されている子は初めて見たぞ!!」
「そんな!?エフィは助かるのですか!?」
「助かってほしければ魔法を止めさせるように呼びかけろ!!そうすればなんとかしてやる!!」
「わかりました!!エフィ、エフィ!!止めなさい!!このままでは死んじゃうのよ!!」
止まらない暴風。割れた花瓶の破片が宙を舞う。
母は頬に傷ができても呼びかけるのを止めなかった。
そんな時だった。
「これは、なんだ?この私が……震えている?」
エフィの後ろ、シルフェードの正面に緑の丸い光が集う。
「おい!!気をつけろ!!私の知らないナニカが顕現すッ!?」
瞬間、シルフェードは病室の壁に吹き飛ばされた。
シルフェードは朦朧とする頭で赤ん坊のほうを見る。
『薄汚イ手デ触レヨウトスルナ。コレハワタシノモノダ』
普通の精霊は目に見えることはない。だとすればこの精霊は中位以上の精霊か。
『中位?馬鹿ニシテル?ワタシハ女王ニナルモノ。勘違イスルナ』
そ、そんな。じゃああの赤ん坊は……
「ちょ、ちょっと待って!!私の息子よ!!私が産んだの!!あなたが誰だか知らないけど息子は渡さないわ!!」
『フン。人間ノ分際デ逆ラウカ』
「あなたが誰だか知らないけど、結婚には親の同意が必要よ。言っている意味わかるかしら?」
『……オ義母様。申シ訳ナカッタ』
「分かればよろしい。だけど、エフィはまだ親元から離れるには早いわ。どのみち許可はあげられないわね。」
『ソンナ!?御願イスル!!』
「ふうん。なら、示しなさい。エフィの命、助けられるのでしょう?」
『当タリ前ダ。私ガ彼ノ中ニ宿レバ簡単ニ制御デキル』
「やりなさい。そして、支えなさい。エフィに認められれば私も許しましょう」
『承知シタ』
精霊はエフィの胸に吸い込まれていく。
やがて鳴りやむ暴風。明るい日差しが病室に差し込んでいた。
「い、今舐めてもいいのかしら?」
「また暴風が起きても知りませんよ?」