口無と燈野(5)
燈野:コウちゃん……なんで泣いてるの?
口無:(M)ハッとして頬を手で拭うと、左側が濡れていた。ほろり、今度は右側。
燈野:コウ……ちゃん?
口無:(M)そうか、この人は知らないんだ……知らなくていいんだよ。
口無:すいません、新メニューに採用された嬉しさが後から感じて……つい
燈野:ごめん!僕の言葉で傷つけちゃったかな
口無:大丈夫です。大丈夫ですから
燈野:コウちゃん!
口無:(M)温かいものが、身体にじんわりと、染みてくる……抱きしめられていると、気付くのに15秒かかったんだ。
燈野:ぼくは、君が勤めている職場の上司だ。だから、君がトレーネにいる間に、何かあれば、ぼくが、責任をとらなければならないんだよ
口無:すいません、ご迷惑をおかけしました
燈野:大丈夫、迷惑ならたくさんかけてちょうだい!君はぼくの部下だから、当たり前だよ……すいませんじゃなくて、ありがとうって、言って
口無:……ありがとうございます
燈野:良い子、良い子
口無:(M)トウノ店長は、本当にいい人なんだ。なら、心を許しても
燈野:今日、コウちゃんちょっと変だから、心配だな。家まで送っていくよ
口無:もう31ですよ……スーパーにも、寄んなきゃいけないんで
口無:(M)信じるわけにはいかないと、改めて、気持ちを引き締める。トウノ店長を、引き剥がして、ずんずんと、店から離れていく。
燈野:それなら尚更さ、もう真っ暗だよ?
口無:10年働いていたら、目をつぶっていても帰れるくらいは、慣れてますから。このくらいの暗さで、怯えるなんて……なめないでください
燈野:それでも、ぼくは心配なんだ……ぼくにとって、大切な人だからさ
口無:(M)あまりにも綺麗な眼差しに若干胸が痛んだ。
燈野:本当に1人で大丈夫?スーパーまででもいいし、荷物持ちだってするし。なんなら、相談にも乗るからさ
口無:(M)リュックの小さいポケットにカギをしまいながら、眉を下げてついてくるトウノ店長。
口無:(M)ここまで来ると、本当に優しい人なんだと、思うけど……だからこそ、1人にして欲しい。
口無:お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。トウノ店長こそ、早く帰らないと、ルームメイトが心配しますよ?
燈野:でも……
口無:(M)詳しくは知らないけど、安いという理由で、借りたところがシェアハウスらしい。噂では、気性が荒い人がいるみたいで、怒鳴られてばっかりだとか。
口無:(M)すると、トウノ店長のパンツのポケットから、呼び出し音が聞こえてきたから、これはチャンスだと、僕は思った。
口無:では、また明日、よろしくお願いいたします。お疲れ様でした
燈野:気をつけて帰るんだよ!何かあったらすぐに連絡……報連相だからね!!
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燈野:(M)着信が切れたのに、ぼくは、君が見えなくなるまで、手を振っていた。
燈野:(M)でも、逆方向の駐輪場に、向かいながら、ぽつりと言っていた言葉も、その意味さえも……君は、思いもしないだろうな。
燈野:さぁ、明日が楽しみだ……まぁ、死人に口無だけどな