口無と燈野(3)
0:創作洋食料理店『トレーネ』の共同更衣室
口無:(M)いつものように、共同更衣室に入って、制服を脱いでいく。ここは、料理人もホールスタッフも、上は白のコックコート、下は黒のパンツに、えんじ色のエプロンが、制服になっている。
口無:(M)だから、僕もトウノ店長も見た目は、同じ。ただ、トウノ店長と僕は、別の趣味の私服を着る。
口無:(M)何気ない話を、楽しくしているけど、心のどこかで、わかり合えるはずがないと、思ってしまう。だって、赤の他人だから。
口無:あはっ、ヤバいっすね
燈野:そうなんだよ、コウちゃん!
口無:(M)笑い合っているけど、明日には、忘れているんだろうな。ハルのことは、全然忘れられないのに。
0:創作洋食料理店『トレーネ』の廊下
口無:すみません、待っていただいて
燈野:大丈夫。じゃあ、帰ろうか……はい、手
口無:あ、今日もお疲れ様でした
燈野:んふふ。握手じゃなくて、手をつなぎたいの!
口無:え……なんですか、これ
燈野:今日もお疲れ様ってこと!
口無:(M)トウノ店長は、なぜかはしゃぎながら、更衣室を出る。僕もつられて、勢いよく部屋を出た。
水嶋:『コウ!早く行こう……大丈夫、俺がそばにいるよ』
口無:(M)ハルとは全然違うのは、頭ではわかっているのに、身体はついていってしまう。ああ、僕はダメなやつだ。また、大切な人を、不幸にしようとしている。
口無:(M)面倒なことに、巻き込んじゃうから、関わらないようにしてきたはずなのに。ハルだって、僕と出会わなければ、まして恋人になるまで仲良くならなければ。
口無:(M)病気になることだって、死ぬことなんてなかったかもしれない。僕は、僕なんて……消えてしまえばいいのに。
口無:(M)ああ、トウノ店長が悪い人なら、いいのにな。すごいパワハラの人で、息をするように暴力を振るう人だったら、良かったのに。
口無:(M)この大きい手を、首に当てて、力一杯絞めてくれたら。まずい料理しか作れない、ポンコツな料理人だって、怒鳴ってくれたら、どんなにいいだろう。