節約その9 〜本音〜
(後1ヶ月で結婚……この家から出ていって、オリヴァー邸で暮らさなくちゃいけない……)
リリシアは全身が重くなる気がした。
自室に戻って
「気にしない気にしない! 私ならなんとかなるわ! 大丈夫よリリシア!」
と少し叫ぶ。
その日は早めに寝た。
やはり、シアンとの結婚後を考えると気が重くなってしまうリリシアは、日を重ねるごとに部屋に閉じこもり、どんどん無気力になっていってしまった。
(どうせ、オリヴァー邸に行ったら、こんなに自分の思い通りにはいかないのだし、ただの政治の道具に成り下がるのだから、何もする必要はないわ)
(もう、パパも無駄遣いはしない。みんな安心だから……)
「…………はぁ」
(でも、前向きに考えてみましょう、リリシア。オリヴァー様はああいう人だけど、私の前ではいい旦那様を演じてくれるはず。大丈夫……大丈夫……)
すると、扉をノックする音がした。
「リリシアちゃん……何かあったのかい? パパは心配だよ……」
(そのフレーズ、前にも聞いたなぁ……)
リリシアは少しくすっと笑って、
「……大丈夫よ」
と言った。
(パパはそもそも鈍いし、彼シアンの本性を知らない。から、私がこうなっている原因にも見当がついていない……と言ったところかしら……)
「そうかい……何かあったら言うんだよ……?」
「ええ」
(でもパパに迷惑をかけるわけにはいかないもの。急にオリヴァー様との結婚を破棄すると言い出したりなんかしたら、両家の関係悪化はもちろんのこと、パパはきっと悲しむわ。オリヴァー様の真意を見抜けなかった自分を悔やむでしょう。だから、私は……)
(それに、オリヴァー様の不貞をパパに話したら、きっとパパは激怒して決闘を申し込む……なんてことだってあるかもしれないわ……私が我慢しなければ。私がなんとかしなければいけないの)
その日も、早く寝た。
***
翌日、リュウが部屋にやってきた。
「お嬢様……私も、シアン・オリヴァー様との結婚時期のお話、聞きました」
「……そう」
「………………」
そのまま、少し無言の時間が流れた。
(そう、リュウは何も言えるはずがない。家を裏切るこ婚約破棄するべきとも、私の気持ちを無視するおめでとうございますとも言えない。完璧に板挟みなのだから)
すると、
「………………あの、お嬢様! これを!」
リュウは何か紙を差し出した。
「これは……?」
「お、俺が一回言うことを聞く券です! どんなことでも言うことを聞きます!」
リュウは少し恥ずかしそうに言う。
「……なんでも? 面白いわね」
リリシアは少し笑う。
「少し考えてみるわ」
言うことは決まっているのに、ただ、迷惑がかかることが嫌で、リリシアはお茶を濁す。
「そうですか……」
リュウは少し辛そうな顔をして、
「………………すみません」
と言った。
「なにが……?」
リリシアは少し笑う。
「俺が頼りなくて……何もできない奴で……」
「リュウはちゃんとしているわ。ただ、しょうがないだけ……」
「…………」
少しの間、沈黙が流れて
「……失礼します」
リュウは帰っていった。
「……………はぁ、なんで“助けて”の一言が言えないのかしら……」
リリシアはリュウから貰った〈言うことを聞く券〉を握りしめてつぶやいた。
***
結婚式前日になった。それでもまだ、リュウから貰った券は使っていない。今日はオリヴァー家に最後の挨拶に行った。
「ふん、有名なご令嬢だからって、調子にのらないでよね? この家ではわたくしの方が立場が上なのよ?」
オリヴァー家の義母様に小声で言われたことが脳に染み付いている。
「リリシア様! 明日からはこちらのお部屋をお使いください!」
メイドに言われて、連れて行かれた部屋は少し質素な、悪く言えば館の端のボロい部屋だった。
「ああ、貴女様は倹約家ケチだと聞いたので、これくらいの部屋で構いませんよね?」
メイドは笑う。
「…………ええ、構わないわ」
(そうだ、この家では誰も守ってくれる人はいない。私が一人で……強くならないと……)
リリシアの顔はどんどん暗くなっていった。
***
その日の夜
「明日……明日かぁ……」
リリシアはつぶやく。足は気づかぬうちに、リュウの部屋がある別棟に向かっていた。
『コンコン』
「はい……!」
リュウが出てきた。ボサボサな髪のリリシアに少し驚きつつ、
「どうされましたか……?」
と聞く。
「リュウが1ヶ月前にくれた券があるじゃない。あれ、…………本当になんでも言うことを聞いてくれるの……?」
リリシアは聞いた。
「はい。なんでもですよ」
リュウは言う。
「………………そっか……うん……」
少し沈黙があって、
「じゃあさ、私を助けて……」
リリシアは泣きそうな顔で、小さな声を振り絞って言った。
「……わかりました」
リュウはリリシアの手を引いて、部屋を出た。
「まって!」
リリシアは言う。
「どうされましたか?」
「……でも、パパには迷惑をかけたくないの……もう、私、どうしたらいいか…………」
リリシアは泣き出す。
「…………ごめん、なんでもなかったわ。私はそのまま結婚する…………」
リリシアは笑ってみせた。
「…………お嬢様、貴方は本当にそれでいいのですか?」
リュウは聞く。
「でも……しょうがないじゃないでしょう……?」
リリシアはそう言って笑って見せた。
「…………旦那様に迷惑をかけなければ、貴女は逃げらるのですね?」
「それは……でも、そんな方法……」
「俺が一芝居打ちましょう。お嬢様はお気になさらずに明日を迎えてください。俺が貴女を助けます」
リュウは真っ直ぐにリリシアを見据えて、キッパリと言い切った。
(パパに迷惑をかけずに婚約破棄……? そんなの、無理に決まってる……)
そう思うが、リリシアはリュウを信じそうになってしまう。リュウからはそう言った、不思議な力を感じた。
「………わかった。でもくれぐれも、無理はしないで」
リリシアは頷く。
「はい。仰せのままに、お嬢様」
***
翌日
「……ん」
リリシアは不安の中、目を覚ます。
「お目覚めですか? お嬢様」
すると、なんと、リリシアはリュウの腕の中にいた。つまりはお姫様抱っこをされている状態だった。
来週も土日くらいに投稿します!