節約その6 〜婚約〜
あれから約四年と半年くらい経った夏のある日のこと。
リリシアは15歳。もうすぐで16歳だ。常識と立場をわきまえたリリシアは、聡明な令嬢として巷で噂となっていた。
「うん……」
その当の本人であるリリシアは、廊下を練り歩きながら考える。
(前から気になってはいたけれど、うちの廊下に置いてある置物は圧倒的に数が多い。本物かは知らないけれど、金で出来ていたり、キラキラと光る赤い宝石や、吸い込まれそうな青い宝石が散りばめられている壺とかがあるものね……)
リリシアは壺をじっくりと観察する。
(そういえば昔、数ある壺の中の一つを割ってしまったことがあったけれど……今考えると恐ろしいわね……いくらするのかしら……)
「リリシアちゃん!? どうしたんだい!?」
「パパ? あ、いや……」
「もしかして……この壺が欲しいのかい!?」
「…………え?」
「いやー、しょうがないなぁ、これ、あげてもいいんだけど、そんなに食い入るように見るくらいなら、新しい物を作らせようか?」
(そんなお金があるなら市民に配りなさい!!)
「……って、そうだ……」
リリシアはひらめく。
(まだ、タイムリープした11歳の時から、私が15歳の頃まではそこまで酷くなかったんだ。パパの浪費も。この程度なら普通の貴族はみんなやっているもの)
リリシアは息を呑む。
(そうだ。私が婚約者から逃げられた時、もうすぐだけど……その時から……私を慰めるためだったのかもしれないけれど、重税を課せるようになっていったのではないだろうか……)
(それなら私とリュウを殺した人たちが言っていた、『1年前の増税』の辻褄が合うわね……)
「リリシアちゃん?」
「……あっ、いや、なんでもないわ」
「そう? それならいいんだけど。……あとさ、言い忘れていたんだけどね、明日、行くんだからね」
「………………どこに?」
分かっているのに聞いてしまう。おそらく彼なのだろう。15歳の夏……つまり……
「リリシアちゃんの婚約者になる、彼のところにだよ!」
***
明日、初めて会う婚約者『シアン・オリヴァー』様。我が国で唯一、武力行使を可とされている、兵士や騎士たちを束ねている家柄の息子。
たしか来年の一月くらいにフラれて逃げられることになるから、その時からこの地の財政も悪化していったっていうことよね。
「……はぁ、嫌だなぁ」
リリシアはつぶやく。
「どうされたのですか、お嬢様」
リュウは言う。
「え……明日、婚約者に会わなきゃいけないという話よ……護衛するんだから知ってると思うけれど」
「はい。一応、旦那様からお話は伺っておりますが……」
(正直私が言えたことじゃないけれど、オリヴァー様も大分めんどくさい人だからなぁ……)
「ねー、トマトの料理作ってあげるからさ、うまいこと誤魔化してさ、明日、違うかとこに遊びに行きましょうよー」
リリシアは言う。
「……っ! 魅力的な条件ですが……だめです。旦那様に言いつけられているので」
リュウは苦渋の決断をするかのように、拳を握りしめて言う。
「リュウがこの条件で動かないとは……! あー、本当にやだなぁ……」
「…………なぜそんなに嫌なのですか?」
「え? なにが?」
「シアン・オリヴァー様にお会いすることがです。シアン・オリヴァー様は民衆の評判も高いですし、婚約者の条件としてはうってつけの方かと思いまして……」
竜は少し顔を曇らせる。
(それは表面の話なんだよなぁ……)
「うーん、ま、まあ、そうなんだけどさ。ちょっ、ちょっと、私からしたら、釣り合いが取れないというか……」
リリシアは目を逸らしながら言う。
(なんと誤魔化したけど、どうだろう……!)
「そうでしょうか…………」
「う、うん! そうよ、あはは」
***
翌日
漆黒の髪を高く結い、真紅のドレスを見に纏い、エメラルドを加工したネックレスとブレスレットを付けて、ヒールを履いた足を前へ前へと動かす。輝く宝石のような綺麗な少女、リリシアはオリヴァー邸の応接室の前に立ち止まる。
「……はぁ」
一つ、深呼吸をする。
リリシアにはちょっとしたトラウマがあった。
昔。自分が世界で一番可愛いと思っていた、自信に満ち溢れていた頃。シアンに初めて会った時。
***
「とても美味しい料理ですね」
(こんなイケメンと婚約できるなんて! 嬉しいわ!)
リリシアはるんるんとした気分でステーキを切る。顔合わせとともに、2人で会食を嗜んでいたのだ。
「はい。そうですね」
シアンはにこにこしていた。
(性格も優しそうだし! 私に似合う優良物件じゃない!!)
すると、
「すみません。少しお手洗いに行ってきます」
シアンはそう言い、立ち上がった。
「はい!」
数分経ったがシアンと彼のお付きの使用人は席に戻らない。
(おかしいわ……何かあったのかしら……)
不安になったリリシアはトイレの近くまで足を運ぶ。すると、シアンの声が聞こえてきた。
「!」
(よかった、ただ使用人とお話をしていただけなのね!)
「肉しか食ってないんだぞ? 野蛮な女だよ、あの女。ああ、いとしのクリスティーナに早く会いたい……」
そう、シアンが言う。
「……え、」
確実に自分の悪口だったし、その上で二股している。という事実を知った箱入り娘はショックを受けたのだった。
それでも何かの間違いだと、そのままを貫き通していたら、約半年後に逃げられるわけだが……。
***
現在
リリシアは自分に言い聞かせる。
(ええ。大丈夫よリリシア。今の私はあの頃の自意識過剰娘ではないの。……でも、たとえオリヴァー様に気に入られたとしても、あんな二股野郎、こっちから願い下げだわ!)
覚悟を決めて
「失礼します」
と言い、扉を開ける。
すると、目の前の机に、長い赤髪を一本に纏めた美青年が座っていた。その青年は立ち上がる。
「いらっしゃいませ、リリシア・ミール・オルラレア様!」
「……はじめまして、シアン・オリヴァー様」
シアンはこちらにやってきてニコニコしている。
(……あれ? 私の知っているオリヴァー様じゃない……?)
「どうされました? さ、お座りください」
シアンは『俺、紳士だろ?』と言わんばかりのオーラを醸し出す。
「ありがとうございます……」
リリシアは座る。
(い、いや、でも! もともと私の前では優しい人だったもの! 頭の中ではきっと、今も何か黒いことを考えているに違いないわ……リリシア。まだ心を許してはダメよ!)
「さて、リリシア様。噂はかねがねお伺いしております。市民に寄り添い、とても聡明な令嬢がおられる……と。このような機会を設けていただいて、僕は光栄です」
ずっと笑顔を崩さないシアンは言う。
(もうファーストネーム呼び!? 馴れ馴れしすぎる……)
「は、はぁ、ありがとうございます」
(早く帰りたい……)
***
少し会話をしてから、食事に行くことになった。ここまでは前と同じだったのだが……
「さ、着きましたよ、リリシア様。お手をどうぞ」
「ありがとうございます、オリヴァー様……」
リリシアは馬車から降りる。後ろに着いてきていた馬からはリュウとシアンの護衛が降りてきた。すると……
「!?」
(な……なによここ……)
降りた店は昔来たところとは違った。
(たしかここは……)
昔、わがまま娘だった私はここに何度か行きたいと強請ったことがある。そう、ここは、王室御用達の高級レストランである。
「リリシア様のために、最上級のレストランをご用意いたしました」
シアンはまだ笑顔だ。
「………………なっ!?」
「どうなさいましたか? ……もしかして、お気に召しませんでしたか?」
シアンは悲しそうに言う。
「………………」
リリシアは待遇の違いに、まだ驚いている。
「あの…………?」
シアンは戸惑っている。
「ゴホン!」
リュウは咳払いをする。
「! あ、あぁ、ありがとうございます! とっても嬉しいですわ!」
リリシアは言った。
「そうですか! なら喜ばしいことです! では、早速中へ入りましょうか!」
「は、はい……」
(この人、手のひらがねじ切れんばかりだわ……。どうせまだクリスティーナとかなんとかと二股しているんでしょうし、気を許しちゃダメよ! リリシア!!)
次話も一週間以内に出します!