節約その3 〜料理〜
『ガチャ』と部屋の扉が開く。
「おはようございます。お嬢さ……ま……?」
カヤは驚く。なんと、いつもならぐうたらと寝ているはずのリリシアが起きているとごろか、着替えた時のパジャマを残して、部屋にすらいなくなっていた。
「!? えぇ!?」
***
「おはよう、コックさん。朝ごはん、私なりに考えたのだけれど、私は料理初心者だからコックさんに教えて欲しいの。お願いできるかしら」
リリシアは言う。
「は、はい……それで、何をお作りになられるのでしょうか?」
相変わらずの中年腹のおじさん……コックは言う。
「あー、えっとね、まずは簡単にエッグトーストとサラダなんてどうかしら!」
リリシアは言う。
「……! いいですね、エッグトースト程度なら初めてでも作れるでしょうし……」
「でしょ!」
「それじゃあ、手順としては、トーストを焼く間にサラダを切るので、まずトーストと卵を焼いてしまいましょう…………あ」
コックは棚をごそごそしている。
「どうしたの?」
「卵とサラダに使おうと思ったのですが……トマトときゅうりがないですね……」
「えー!?」
「……本当にこの家には肉塊と炭水化物と油ぐらいしかないのね……」
「すみません……」
コックは申し訳なさそうだ。
いつもそれを食べていたリリシアは少し申し訳なくなって
「まあ、食材を選んでいるのはパパだし、あなたが謝ることではないのだけど……」
と言い、目を逸らす。
「ねえ、どうするべきだと思う?」
「……そうですね、トーストを焼いてバターをつけて食べるのと、サラダはキャベツとヤングコーンがあったのでそれで代用を効かせるしかないですね……」
「ヤングコーン?」
「これです」
コックはヤングコーンを手に取り、リリシアに見せる。
「面白いわね。小さいとうもろこし!」
リリシアは笑う。
「そうです。食感も面白いので楽しみにしていてください」
「そうなのね!」
「……じゃあ、作りますかぁ!」
***
「遅いなぁ……リリシアちゃん、大丈夫かな……」
父親は食堂で座りながらソワソワして言う。
「じゃーん! できたわ!」
リリシアは皿を運んできた。
「本当にお嬢様は、初めてやったとは思えないほど、お上手でした〜」
コックも残りの皿を運んでやってくる。
「おお! そうかそうか! じゃあ食べよう!」
「うん!」
『いただきます!』
父親はトーストを一口食べる。
『サクッ』と言う音が鳴る。
「……どう?」
「………………うん、美味しいよ!」
父親は笑顔で言った。
「本当!?」
リリシアは嬉しそうに立ち上がる。
「ああ、この絶妙な焼き加減が……」
「やったー!!」
リリシアとコックはハイタッチをする。
「私も食べよ〜! いただきます……美味しい!!」
目を輝かせて頬張った。
「すごいじゃないか、リリシアちゃん」
「えへへ」
「あ、そうだわ、パパ。私、買い物に行きたいのだけれど」
「お? なんだい? いつもみたいに服かな? ならお金をあげるから……」
「あ、違うわ。食材の買い出しよ」
「???」
「本当に信じられないことだけれど、この家の食材は偏りすぎているわ。ま、まあ大半の原因は私なのだけれど……それはそれとして、とにかく野菜や果物を全般に、食材をたくさん買ってこないとって思ってね」
リリシアは言う。
「え……ええ!?」
***
(なにかしら……! この異様なほどの充実感!!)
リリシアはせかせかと準備を進める。
「お嬢様。お買い物に行かれるのでしたら、私も付いて行きます。よろしいですか?」
……ん? この声は……
リリシアは声のした後ろの方へ向く。するとそこには、グレーの髪をした美青年……
「護衛っ!!」
(私が殺された時に一緒にいた、あの!!)
いつものように、とてつもなく長い前髪で顔を隠している、護衛が立っていた。
「……はい? 護衛ですが……」
ずっと謝りたかった護衛が目の前にいる!!
「……あ、あのさ……ごめんなさい!!」
すかさずリリシアは頭を下げる。
「!?」
相変わらず前髪で護衛の顔は見えないが、きっと驚いているだろうことは伝わってくる。
「え、いや、あの……お顔をあげてください……!」
「むり! 君が許してくれるまで顔はあげないよ!!」
「えぇ!」
護衛は困っているようだ。オロオロしている。
「わっ、わかりました! 許しますから! お顔をあげてください!」
護衛はリリシアの手を掴み言う。
「ありがとう! ……それで、買い物ね、たしかに私一人じゃ荷物とかそこまで持たないだろうし……付いてきてくれるなら嬉しいわ!」
リリシアは笑う。
「は、はい……」
「そうだ。私、このまま買い物に行こうと思ってたのだけど……あなたがくるなら別よね」
「?」
「さて……私の部屋についてきてくれるかしら。あとハサミってある?」
「はい……ありますが……」
***
「ま、まさか髪を切っていただけるとは……」
護衛はスッキリとした前髪をいじる。
「えへへ、これくらい安いもんよ!」
護衛はトパーズのような黄金の瞳を持っていた。
リリシアは護衛と一緒に馬車に乗る。
「あの……本当に申し訳ないんだけれど……貴方の名前ってなにかしら……?」
「……わからないのも当然です。私には名前がありません。幼い頃は貧民街で生活していました。その後、旦那様に拾っていただいたのです」
護衛は瞳を閉じる。
「……大変だったのね」
「いえ。今はとても幸せに暮らせております」
「そっか……じゃあさ、もしもよかったら私に名前、付けさせてくれないかしら!」
リリシアは笑う。
「……も、もちろん、それは良いのですが……」
護衛はとても驚いているようだった。
「私如きの身分でお嬢様に名前をいただくなど……」
「そんなこと気にしなくてもいーの! 私が気にしないなら大丈夫でしょ? ……それとも嫌……?」
「そんなことはございません!」
「なら決定!」
そんなことを言っている間に馬車は止まった。
「……着いたようですね」
護衛は先に馬車を降りて、リリシアに手を差し出す。その手を取り、リリシアも馬車から降りる。
「さて、じゃあ行きましょうか!」
「この近くではあちらに大きい八百屋があったそうです」
「調べてくれたの?」
「はい」
「ありがとう!」
「は、はい……?」
護衛は『当たり前では……?』と言う顔をしている。
***
「いやー、ありがとうね、護衛さん!」
リリシアは紙袋を抱えて言う。
「いえ……お嬢様、私が待ちます……」
「大丈夫よ、あなたの方が一つ多く持ってくれているし」
リリシアは笑う。
「でっ、ですが……!」
「いーのいーの! 気にしない!」
「は、はい……」
「いつもお嬢様が訪れているブティックの前に馬車を待たせておきます。御用がお済みのようでしたら行きましょう」
「あ、じゃあ帰りましょうか」
リリシアたちはブティックの前に行く。
「……ありました。あそこの馬車です」
「ありがと〜……って………………」
(ここって……私が死んだところ……護衛さんも一緒に、殺されたところ……)
リリシアの頭の中にはあの時の、死んだ時の感覚が流れ込んでくる。
「お嬢様!?」
「……なんでも……ないわ……」
(やっぱり、自分が死んだ時のことを思い出すと……)
「…………怖い……」
リリシアはつぶやくように言った。
「っ……!」
すると護衛はリリシアの手を取り、
「大丈夫です! 私がここにいる限り、命に変えても必ずお嬢様をお守りいたします!」
と言った。
(たしかに、こんな私のために、彼は逃げないで、最後まで戦ってくれたのよね……)
「……ご、ごめん、落ち着いたわ。ありがとう……」
リリシアは言う。
「はい。ならよかったです」
護衛はにっこりと笑った。
「……」
リリシアは赤くなって黙り込む。
「どうされました? お嬢様」
「……手……」
「あっ、申し訳ございません……」
護衛はぱっと手を離す。
「うん……こちらこそごめん……ありがとう……」
リリシアは自然と笑顔になる。
「……はい!」
護衛も笑った。
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