節約その2 〜常識〜
2話目です
「おはようございます、お嬢様」
そう言われて、リリシアは瞼を開く。
そこは見慣れた天井。それに、目の前にいるのは……
(し、使用人一号!?)
リリシアは飛び起きる。
「え!? え?」
リリシアは頬に手を当てる。
(おかしいわ! だって、私、あの時刺されて死んだはずじゃ……)
「ちょっとまって、使用人一号……いや、えっと、カヤ……? 鏡持ってくれるかしら」
リリシアは言う。
「私のことを名前で!? お嬢様、どうなされたのですか!? 私の名前、覚えていてくださったなんて!」
カヤはこの世の終わりかのような驚いた顔で言う。
(そうだったわ……。私、使用人たちのこと、番号で呼んで遊んでた……)
「いや……その……とりあえず鏡……あ、いや、えっと、自分で取るわ」
リリシアは立ち上がり、化粧台に置いてある手鏡を取る。
「お、お嬢様が……自分で行動を起こされた……!」
カヤは感激のあまり、震えて、少ししてから自分の失言に気付いたようで口を紡ぐ。
「……私がいる…………」
リリシアは鏡の中の自分を見て言う。
「どうされました、お嬢様?」
「あ、え、……私、何歳なのかしら?」
リリシアは聞く。
「11歳でございます」
(……やっぱりそうだったのね……私、6年前にタイムスリップしてる!)
リリシアは笑顔になる。
「お嬢様、朝食のお時間ですよ? 今日はお嬢様がお好きな豚のステーキとビーフステーキです!」
カヤは言う。
「おー!!」
『いや、いつも私が好きなものじゃん』と突っ込みそうになったリリシアだったが、ぐっと抑える。
(お、美味しそうだけれど……)
「あのさ、書斎に本ってたくさんあったわよね、ちょっと勉強してくるから、朝食の時間に間に合いそうにないわ。パパに伝えておいてくれないかしら!」
リリシアは言う。
「!? あ、あのお嬢様が……好物づくしの朝食にも目が眩まずにお勉強!?!? 本当にどうされたのですかー!?」
「あー、もう、うるさいわね!」
***
リリシアは書斎に入る。
(このまま、6年後に起こる悲劇を回避すれば……私たちは幸せなままで誰も死なずに生活ができる……。だから、回避するためには、あの暴動を引き起こした原因を考えるべきよね……)
男の言っていたことを思い出す。
『うるせえ! お前だって聞かなくても分かっているくせに!! 俺たちは……ずっと我慢してたんだ!』
『こいつの父親の圧政にな!!』
(圧政……あんなに優しいパパが本で読む様な、人を殺したりする横暴な政治でもしていたのかしら……)
「…………いや、違う……」
(気づいていなかったとしたら……パパには、それが当たり前だと……疑いすらしなかったとしたら……)
(領に暮らす人々から重税を課すことは当たり前。自分たちが豪勢な生活をするのは当たり前。娘を甘やかして他人に迷惑をかけることは当たり前……。そう考えていたんだ。私も、パパも……)
「なら……私は、私たちを守るために、私たちの『当たり前』を壊さなきゃ……!」
***
(私の世界では、『当たり前』だったことでも普通の人からしたら当たり前ではないのかもしれないわ。だから、まずは常識を知るところから始めましょう)
リリシアはてきとうな場所から本を引っ張り出す。
「ん、なになに? 100年前までは魔法を使えるものが存在していたが、今でも存在している説がある……ですって? 今はそんなことを考えている暇はないのよ!!」
リリシアは本を戻し、食の本を探して開き、バランスの良い食事が乗っているという頁を見る。
この状況で、食事の本を開くという時点で常識がないと言えばそうなのだが、それがリリシアなのだ。
(いつもなら活字とかは死んでも読まないけれど、今はそんなことを言っている場合ではないわ! とりあえず読みまくることが大切よ、リリシア!)
すると、大きなポップが目に入る。
「……え! うそ……」
そこには、『野菜をたくさん取りましょう!』と『揚げ物系の食べ過ぎは注意です!』と言う文字が書いてあった。
「“一番栄養があるもの”は“一番美味しいもの”だって、パパ言ってたじゃない……」
その言葉を信じて肉や揚げ物類を食べまくっていたリリシアは頭を抑える。
「……よし、この調子で料理から買い物まで……色々な『常識』を頭に叩き込んで、『脱悪女』よ!!」
***
3時間後
「…………ふー、だいぶ読み込んだわね。これで食事についてはバッチリよ!」
すると、扉をノックする音がした。
『コンコン』
「はーい?」
「リリシアちゃん? パパだけど……パパは心配だよ……リリシアちゃんが朝食を抜くなんて……どうしてしまったんだい?」
(げっ、一番めんどくさいのに引っかかったわ……。きっとパパは、私がこんな栄養に関する本とかを読んでいると知ったら、
『ダイエットかい!? ももも、もしかして、好きな男ができたとか!? 認めない! パパは認めない!!』
とか言ってくるに違いないわ。絶対にバレないようにしないと……)
「あ、えっとね、なんかそう言う気分なだけよ、パパは気にしないで〜」
そう言って、やんわりと誤魔化す。
「そうかい……? ならいいんだけど、リリシアちゃん、しっかり3食は食べなね……?」
そう言うとリリシアの父親は去っていった。
「…………はぁ、疲れるわ……」
(殺された時の感覚が残ってたりして、あんまり食欲が湧かないのよね……でもパパを心配させちゃうのも気が引けるし、昼食と夕食の時間には顔を出そうかしら)
「さて、次は……『外で出歩く時の紳士淑女のマナー』!! これ行ってみましょう!!」
***
何時間か後
「リリシアちゃん!? 本当に大丈夫なんだね!?」
「あーもう! わかってるっての!!」
「そうかい……」
(まったく……本を読んで分かったけれど、うちの親と使用人たちは過保護すぎなのよ……)
「……あ、しまったわ。本に集中しすぎるあまり、昼食の時間を忘れていた……それに、もうすぐ夕食の時間だわ。まだ先だけれど、少し先に食堂に行っていようかしら」
リリシアは立ち上がり、本をそのまま、書斎を出ていこうとする。
「……はっ!」
(忘れていたわ! 使ったものはちゃんと、元の場所に戻すのだった!! いつでも使用人に任せきりではだめなのよ、リリシア!!)
***
「あれ? こっちにこの本……? それとも、いや、この背表紙は……」
「あーーーーー!!! もう、なにかしら、とりあえず嫌になるわ! イライラする!!」
本を投げつけたくなるが『淑女ならば物は丁寧に扱うべし』を思い出し、気持ちをグッと堪える。
「こんなにめんどくさいものなの……本の整理って……」
(これをいつも、パパや使用人たちにやらせていたのね……私なら発狂寸前だわ……)
リリシアはため息をつく。
「……あ、やば、夕食の時間まであと10分じゃない! 急がないと……!」
普段なら遅れてくるのが当たり前なリリシアだが、『淑女ならば……以下略
***
『バン!』と言う音とともに、食堂の扉が開く。
「遅かったね、リリシアちゃん」
父親が言う。
「ごめんなさいね、パパ」
「お嬢様、夕食はこちらです」
コックがリリシアの前に白い皿を置く。
「!!」
その時、その皿の中のものがリリシアの目に飛び込んできた。
「うそ……でしょ……」
リリシアは口を覆う。
「どうしたんだ? リリシアの好物ばかりだろう。嬉しいのか?」
父親はニコニコしている。
「……りえない……」
『?』
「あっっっりえない!!!」
リリシアは叫ぶ。
「!?」
「いい? こんなに揚げ物ばかり食べていたらねぇ、ビタミンと無機物と……もろもろが圧倒的に足りなくなるのよ! パパ、骨がスッカスカになってもいいわけ!?(リリシア調べ)」
「……なっ……」
父親とコックは驚いているようで固まっている。
「で、でも、一番栄養になるのは……」
「一番好きなものを食べること! でしょ!? それは精神論なの! わかった!?」
「ですが、お嬢様……」
「…………たしかに、食料を無駄にするのは淑女の嗜み的にアウトね。なら、今日は食べるけれど、明日から、料理は私が作るわ!」
リリシアは言う。
「!?」
「そ、そんなことをしたらコック君の仕事が……」
「え? 普通に手伝ってくれたらいいじゃない。私はもちろん給料なんて要らないわけだし、コックさんの仕事も減るし健康にいい食事も食べれる! いいことじゃない! どうかしら!」
リリシアは言う。
「……わ、わかりました……」
コックは呆然としている。
(きっと、コックさんも『あのお嬢様が……?』ってなってるんでしょうね。わかるわ……私もそう思うもの)
「さて! 私、11時には寝るから、早く食べるわね。『いただきます』」
リリシアは周りの空気を無視して1人、食事を食べ始めた。
残りの2人は驚きすぎて、まだ固まっていた。
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