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【#6】 逡巡と記憶

 オーディションエントリーの締め切りが近づく一方、いまだに応募を迷っている者も少なくはなかった。


「応募する、応募しいひん、応募する、応募しいひん、応募する……」


「ねぇ莉多、まだオーディション応募するん迷うとんの? 日が暮れてまうよ」


「だって……」


 京都郊外にある大学のキャンパス。学食にあるカフェで談笑する女子学生のうち、莉多(りた)と呼ばれた学生がスマートフォンを見つめては手放し、見つめては手放しを繰り返している。どうやら、オーディションのエントリー画面を開くのをためらっているようだ。


「アイドル目指すの、夢なんやろ?そやったら、ウチがエントリーしたるよ」


「え、あっ、ちょ、ちょっと!」


 莉多の友人は、スマートフォンを取り上げると、必要事項をテキパキと入力していく。


川波莉多(かわなみりた)、っと……ほら、莉多のマイページできとるよ!」


「あっ……」


 莉多が手にしたスマホには、「BESTAR」が開かれていた。すると、BESTARは次のメッセージを開いた。


『15秒でアナタの魅力をいっぱいアピールしちゃおう!投稿したオーディション動画を見た人からスターアイコンが届くよ!』


 メッセージを見た莉多は、困惑の表情を浮かべた。


「魅力なんて……そんな……どないしよう」




 結局莉多は応募もできぬまま友人と別れ、隣町の長岡京にある自宅へと帰ってきてしまった。


(ホンマ、どないしよう……)


 居間でドラマを見ていた母に帰宅を告げると母屋をそのまま通り抜け、莉多は庇の先にある離れへと向かった。5歳年上の兄が大学を卒業して以来、それなりに広いこの離れは、莉多ひとりの子供部屋として使われている。部屋の鍵を閉めると、そのまま莉多はベッドへと倒れ込んだ。


「はぁ~~~~……」


 弱弱しいため息が口をついた。莉多は、先ほどからスマホの画面に開いたままのBESTARの画面を見ながら、ぼそりと呟いた。


「もう……3年も前やし、そんな昔のこと覚えてはんのやろか……」




 莉多は、高校までは陸上部で長距離を走るランナーだった。だが、高校卒業を期に陸上を辞め、大学では保育研究会というサークルに所属している。


 高校卒業前の最後の大会――京都府高校駅伝に、当時莉多が在学していた高校もエントリーしていた。全国に行くような実力はとてもないが、公立高校の限られた時間、環境の中で、莉多たち部員はそれぞれに工夫をしながら練習に励んでいた。古くからの伝統のある学校が多い中、莉多の高校は創立まだ十数年の新しい高校で、著名な卒業生もいなければ、とびぬけた実績を持つ部活もない。


 ――引退試合だから、全力で走ろう。そのぐらいの心持ちだった。


 莉多は、最終の5区にエントリーされていた。序盤から、チームは苦戦を強いられた。一区を走った生徒が大きく遅れ、その後の区間も最下位をひたすら走り続けていた。莉多の元へタスキが届けられたのは、もう中継所の撤収が始まろうかというタイミングだった。


 タスキを受け取ると、莉多は猛然と走りだした。ゴールの西京極総合運動公園を目指して、ただ懸命に走る。見慣れた町の風景が、ごうごうという音を立てながら後に流れていく。上位校の通過したタイミングではそれなりの人数が声援を送っていた沿道も、もう人はまばらだ。


 ――それでもいい。


 中学の時から含めて6年の間、勉学とともに打ち込んできた。最後の大会を適当に走ってしまっては、その短くない期間を自分で否定してしまう気がした。これから先、これほどの距離を走ることはないだろう。だからこそ、満足して終わりたかった。すると、西大路通を曲がり、五条通へ入り西京極競技場へ向かう最後の直線に入ったところで、莉多の目にひとつ前を走るランナーの姿が見えたではないか。


(行けるかも)


 自然と、握りしめた両の拳に力がこもった。五条通をゆく間に前を走るランナーをとらえ、競技場へ入るタイミングで抜き去ると競技場でもその前にいるふたりの集団を抜き去りそのままゴールテープを切る。

 結果的に最終区間ということもあり報道で取り上げられることはなかったが、莉多は区間賞をマークする走りを見せた。




 一連の表彰式などの行事が終わり、部のミーティングを終えた莉多は帰途へつくために友人たちと競技場を出た。


「すみません、ちょっとお聞きしたいんですけどよろしいですか?」


 競技場を出てすぐに、莉多は後ろから声を掛けられた。


「はい?」


 振り向くと、そこには若い女がひとり立っていた。背丈は、160センチを超える莉多よりは少し小柄だろうか。ストライプの入った紺のパンツスーツに、ゆうに5センチを超えようかというピンヒールを履き、明るい髪色のロングヘアーをなびかせている。


「誰……ですか?」


 莉多が訝しむと、その女は名刺を差し出した。


「ごめんなさい、挨拶が遅れて。スワン・プロダクションの星咲蘭といいます。どうぞよろしく」


「スワン・プロダクション?」


「そう、ロックバンドのS.O.S.や、タレントの加藤(かとう)ジュリアが所属している芸能事務所で、わたしは、彼らのマネジメントやスカウトを担当しているの」


「ふーん……」


 莉多は、その星咲蘭という芸能スカウトをまじまじと見つめた。一緒に帰ろうとしていた友人たちが、莉多に声をかける。


「ねえ莉多、誰と話してるん?」


「あ、ごめん、先に帰っとってくれる?」


 そう言うと、莉多は友人を先に帰して蘭のほうを向き直った。


「……それで、芸能事務所のスカウトさんが、わたしに何か用ですか?」


 陸上競技場に似つかわしくないいでたちと、芸能スカウトという肩書に莉多は少し戸惑ったようだった。


「あなたを、わたしたちの事務所にスカウトしようと思ってるの」


「へっ?スカウト?」


 予期せぬ蘭の言葉に、莉多の頭の上にはいくつものクエスチョンマークが浮かんで見える。



<To be continued.>

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