【#5】歌って、踊って、走れる
「――過去に例を見ない、アイドルとしては異例ともいえる過酷なオーディションのように感じますが」
アナウンサーの質問にうなずくと、蘭は語り始めた。
「確かに、オーディションの参加者にとっては過酷ではあります。ですが、今回わたしが目指すのは究極のガールズアイドルグループを作ることです。その条件を満たすアイドルに求めるものを書き出していったときに、これだけの選考を課すことが必要だ、という結論に達したのです」
「星咲さんが、今回理想とされるアイドル像はどのようなものでしょうか」
蘭はしばらく考え込むと、ゆっくりと話し始めた。
「そうですね……まだあまり多くを語ることはできませんが、端的に言うなら『歌って、踊って、走れる』が求める条件でしょうか」
「『走れる』?」
「いや、オーディションも控えていますので、これ以上のことは後々のお楽しみということで」
アナウンサーに追及されると、蘭は質問を遮った。
「ふぅ」
出演シーンを終え蘭がソファーで一息つくと、スマートフォンに着信があった。
「もしもし……あ、社長!」
電話の主は、蘭の所属するスワンプロダクションの社長・白鳥奈緒子からだった。
「蘭、ネタバレしちゃってよかったの?さっきのワイドショー見たけど」
心配した様子の白鳥に、蘭は落ち着いて答えた。
「大丈夫ですよ。コンセプトをバラしたとしても、それを体現できるかどうかは別問題ですし」
「まぁ、確かにそうよね」
「それより」
「?」
「今は、どんな子たちに出会えるのか、そっちの楽しみの方が大きいですね」
蘭は、明るい声できっぱりと答えた。白鳥もその様子を聞いて安堵した様子で続ける。
「ならよかった。まぁ、S.O.S.のビジネスモデルを作ったあんただから心配はしてないけど。健闘を祈る!」
「イエス、マム。ご期待に沿えるよう頑張りますね」
蘭はそう言って通話を切ると、パジャマを脱ぎ捨ててシャワールームへと向かって行った。
エントリーの締め切りまではまだ時間があるが、すでに応募者たちの戦いは始まっていた。最初の関門となる、たった15秒での動画審査のために応募者たちは思案と試行錯誤を積み重ねていった。わずかな尺で演技力をアピールする者。15秒の間に気持ちを乗せて歌声を響かせる者。自らの恵まれた肢体を十二分に見せつける者。フリーフォーマットであるがゆえに、応募者の数だけアピールの手段がある。彼女たちは寝食の時間すら惜しんで、それぞれのたった15秒の使い方を練っていった。
長崎県の最西端に連なる百数十の島々からなる、五島列島。その中でももっとも大きい面積を誇るのが福江島だ。島の中心部にあるとある一軒家からは、母娘のにぎやかな話声が聞こえてくる。
「母さん、今からオーディションの動画ば撮るけん、ちょっと静かにしとってくれん?」
「え、動画? 沙矢香、オーディションって、何のオーディションね?」
「ふふふ、母さん、それは秘密ばい」
沙矢香、と呼ばれた少女は、そう言って自室の扉を閉めた。大きなメイクボックスから化粧品を取り出すと、鏡をのぞきこみながら器用に自分の顔にメイクを施していく。メイクが終わると、服装を整えて部屋の壁際に立った。スマートフォンを机に置くと、少女はカメラの動画撮影ボタンを押した。
部屋の中心で鮮やかなターンを行い、ポーズを決めると少女は話し始めた。
「エントリーナンバー、7568。長崎県出身、二十歳。専門学校生の小林沙矢香です。特技は、小学校から習っているバレエです。華麗なダンスで、皆を魅了できるアイドルになりたいです。よろしくお願いし――」
そこまで言ったところで玄関のドアがガチャンと開き、沙矢香と呼ばれた少女の部屋にも大きな声が響く。
「ただいまー! 母さん、おやつは何かあると?」
その大きな声にムッとした沙矢香は録画を止めると、部屋の扉を開けて叫んだ。
「もう、壮太!なんでそがん大きな声ば出すんか?お姉ちゃん、今動画撮っとんに!」
部活動から帰宅した弟の壮太は、一瞬驚いた表情を浮かべたがすぐに沙矢香に聞いた。
「え、姉ちゃん、何ば怒っとーと?」
「もう、ひっちゃかましかけん、静かにせんね!」
「なんばい、変な姉ちゃん」
沙矢香の尋常でない怒り様に、壮太は首をかしげて母のいる居間へと去っていった。大きくため息をついた沙矢香は、改めて扉を閉めると再びスマートフォンを机にセットした。
「エントリーナンバー、7568、長崎県出身――」
沙矢香が自分の部屋で撮影に悪戦苦闘している頃、学問の神と名高い菅原道真が祀られていることで知られる福岡・大宰府のとある高校では、ひとりの少女が放課後の教室でなにやらクラスメイトと準備を進めていた。机と椅子は教室の後方へと下げられ、黒板には何やら大きな文字でその少女の名前がデカデカと記されている。
「菜々花、準備できよったっちゃ!」
高校の制服に身を包んだ菜々花という少女は、クラスメイトに呼ばれてその黒板の前にスタンバイした。後方では別の生徒が、菜々花を動画に収めようとスタンバイしている。
「それじゃみんな、スタートするばい、準備はよか?」
「よかよー!」
机の上に陣取っている撮影係の生徒が、スマートフォンを黒板の方向にかざす。
「3、2、1……スタート!」
合図を聞くと、菜々花がカメラに向かって話しはじめた。
「みなさん、初めまして、エントリーナンバー1942、福岡県出身17歳、高校2年生の齊藤菜々花です。趣味はお菓子作りで、特技はバレーボールです。オーディション、精いっぱい頑張るけん、……いっぱい応援してくれんね?」
そこまで一息に言い切ると、菜々花は少し恥ずかしそうにカメラに向けて手でハートの形を作ってみせた。それを合図に、クラスメイトたちが大きな声援を送る。
「菜々花ー、オーディション応援しとうばい、頑張らんねー!」
女子生徒は手にポンポンを持ち、男子生徒はクラッカーを鳴らし、まるでオーディションにもう合格したかのような大騒ぎだ。カメラ係の女子生徒がボタンを押して言った。
「カット! 15秒ぴったり、よう撮れとうよ」
生徒たちは安堵の声を漏らした。だが、一番緊張したのは菜々花自身だろう。
「どうしよう、ばり緊張した……」
「大丈夫、菜々花ならきっと合格しきるばい」
クラスメイトの励ましに、表情から緊張が解けてとびきりの笑顔を見せた。
<To be continued.>