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【#1】はじまりの夜

 20XX年、クリスマスイブの東京。


 恋人たちが肩を寄せ合い、思い思いの一夜を過ごす一日だが、水道橋にある(とう)テレ・メトロドームでは、6万人もの観客が溢れ返る大規模なイベントが始まろうとしていた。人気男性ロックバンド・S.O.S.(エスオーエス)のドームツアー・ファイナル。デビューからわずか1年の5人組は、前代未聞と呼ぶにふさわしい勢いでヒットチャートを席巻し、テレビ、雑誌、インターネット、どの媒体でも見かけない日はないほどのムーブメントそのものとなっていた。


 まだ主役の5人が現れていないにも関わらず、ライブに詰め掛けた観客たちは開演前のコマーシャル映像でも逐一大きな歓声をあげている。そして、ほとんどの観客は例外なくスマートフォンを片手に彼らの登場を待ちわびていた。彼らS.O.S.には、これまでのアイドルとは全く違う点がひとつだけあり、それが彼らの人気の原動力でもある。


 彼ら5人は24時間365日常にカメラが密着し、その一挙手一投足が全世界に絶え間なく配信されているのだ。そう、それは、ライブが始まろうとしているこの瞬間も例外ではない――



「ねえー、オレのドリンク、みんなどこやったのー!?」


「オマエうるせえな! 自分でその辺探せよ!」


「えー、タイガのケチ! いいよ、タクロウに見つけてもらうから。ねえタクロウ!」


「トレーナー室のベッドの脇に置きっぱなしだろ、ちゃんと管理しろよ」


「えー、取りに行くの面倒クサイよ、シモン、ちょっと取って来てよ」


「おい、お子ちゃま。もうちょっと静かに準備したらどうなんだ」


「あっ、ディスったな! 誰がお子ちゃまだよ、ねぇケント」


「あながち間違いでもないんじゃねえの、ジェイちゃん、ほらドリンク」


 そう言って手渡されたドリンクのフタをジェイと呼ばれた少年が開けると、プシューッという音とともに、中身のドリンクが勢いよく顔めがけて飛び出す。


「おーい、なんだよケント、これコーラじゃん!」


「ケケケケッ、大成功!」


 ジェイが怒ってケントを追いかけると、ケントは高笑いを残してすぐに逃げ出した。後を追おうとするジェイを、最年長のタクロウがたしなめる。


「ほらジェイ、お前、大事な役割があるんじゃなかったか」


「ああっ、いっけねぇ!」


 そういってジェイは、コーラでびしょぬれの上着をサッと脱ぎ捨てる。


「「キャアアー!」」


 ジェイの白い肌が露わになると、会場の女性客から悲鳴が上がる。ジェイは代わりにバスタオルを肩から掛けると、カメラをヘッドセットから部屋の固定カメラに切り替えた。モニターにはメンバー5人の姿が映る。


「さぁ、お待たせしました。メトロドームにお越しの皆さん、そして、ライブ配信でご覧の皆さん――」


 そういってジェイはほかの四人の方へと駆け寄ると、メンバーたちが声を合わせる。


「こんばんは、オレたち、ジャパニーズ・ドリーム・バンド、S.O.S.です!」


その言葉に会場では大歓声が上がり、ライブ配信中の画面には喜びを表す、星を(かたど)った色とりどりの「スターアイコン」と、全国から配信を見届けているファンのコメントが画面に押し寄せてくる。


「いやぁー、うれしいねぇ、ライブ配信ももう20万人突破したって?」


 ついさっきジェイにコーラを浴びせるイタズラを仕掛けたケントが、画面上にある数字を眺めてつぶやいた。


「最高じゃねえか! 今日はオレらとたくさん()()()()しようぜ?」


 ワイルド系のタイガの挑発に、女性ファンから黄色い歓声が上がる。そして、長身・長髪のギタリスト・シモンがワンフレーズ爪弾くと、今度は男性のファンから野太い掛け声が上がる。


「「オイ! オイ! オイ! オイ!」」


「男ども、オマエらも元気か!まじで最初っから飛ばしていくぜ!」


 メンバーが一通り言葉を発すると、リーダーのタクロウがカメラの前に歩み寄り話し始める。


「オレたちS.O.S.のメンバーも、今日という日が来るのを楽しみにしてきました。今日は、今年を締めくくるドームツアーファイナル! 最初っからガッツリ気合入れていくからな! 最後までついてこいよ!」


 その瞬間、会場には大歓声が響き渡り、彼らの姿を追う配信画面にはスターアイコンが舞い散った。



 会場には大音量でSEが鳴り響き、照明も暗転しはじめた。スマートフォンの画像も、ステージを映したものへと切り替わる。メンバーもスタンバイを終え、ポップアップと呼ばれる舞台装置に陣取っている。すると、メンバーで一、二を争うワイルド系男子・タイガが、後ろにいるスタッフに向けて声を掛けた。


「なあ、星P(ほしピー)!」


「えっ?」


 『星P』と呼ばれた、カメラを持った女性スタッフがタイガに駆け寄る。


「いよいよだな、星P」


「そうだね、ここまで全力でぶつかってきたアナタたちなら、きっと大丈夫。頑張って」


「そうじゃなくて、星P、アンタだよ」


「えっ?……あっ!」


 何かに感づいた「星P」は、カメラに映らないようにタイガの足を踏みつけると、人差し指を顔に近づけて「内緒」のポーズを見せた。


「あっ、イテテ、そうだった、了解了解」


 普段険しい表情をあまり崩さないタイガが、申し訳なさそうな表情を見せて「星P」に頭を下げた。「星P」は、腕を組んで頬を膨らませるジェスチャーを見せた。その直後にSEが終わり、会場を一瞬の静寂が包む。メンバーたちがポップアップにスタンバイしたその直後、装置が作動しメンバーたちは舞台上へと飛び出していった。光とスモークに包まれた中から、メンバー一人ひとりがそれぞれの定位置へと進んでいく。


 会場は、観客全員の歓声によって一瞬にして異様な興奮状態に包まれた。ヴォーカルを務めるのはいたずら者のケントだ。ケントがステージの中央へと歩み出ると、ドラムスのタイガがカウントを始めた。


「ワン・ツー、ワン・ツー・スリー・フォー!」


 メンバー5人が爆音でオープニングナンバーを奏で始めると、ボルテージは一気に最高潮へと達した。



<To be continued.>

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