最後の晩餐食堂 富士の樹海店
なろうラジオ大賞3 参加作品
テーマは「お味噌汁」
よければ、読んでいってください。
和食屋の店内には、その店には似つかわしくないメイド服を着た少女が一人いた。
「今日も暇ですね~ 店長」
「ここが暇ってことは、いいことだ」
店長と呼ばれた白衣を着た男は、低くそうつぶやいた。
そこに突然、入り口の扉が開き、一人の男が入ってきた。
「はっ? こ、ここは?」
そこには、くたびれたスーツを着た初老の男性がいた。
「あっ、いらっしゃーい」
男に駆け寄る少女。
「私は確か富士の樹海に入り込んで……」
「ああ、そうさ。あんたは『最後の晩餐食堂』に入店したんだよ」
「最後の? 晩餐、食堂?」
「まあ、とりあえず、そこに座れよ」
男は少女に促され、店長のいる前のカウンターに座らされる。
「お代はお金じゃないよ。おっさんの魂だよー」
「魂?」
「ここは自殺をしようとする者が最後に食事をとる場所さ」
「私は別に食事など……」
「さあ、何でも作ってやるよ。心にイメージしな」
「別に私は……」
男は断るが、数分で料理が出来上がる。
「はいよ、できたぜ」
それは何の変哲もない一杯のお味噌汁。
「こ、この味噌汁は……」
麦の香り。淡い色合い。そして豆腐とねぎのシンプルな具。
それが何かを感じ取った男は口をつける。
そして一口飲んだ後、
「なんで……なんで……こんな時に……」
大粒の涙を流し、嗚咽を漏らし始める。
「うっわ、きったねーな、おっさん」
ひとしきり声を上げ泣いた後、男は静かに語り始めた。
「これは間違いなく、お袋がよく作ってくれた味噌汁です」
「お袋には苦労をかけました。よく私をここまで育ててくれた。しかし私は仕事に追われ、そのうち年老いたお袋を邪険に扱うようになり……」
「しまいには、死に目にも会えず、葬式にだって……」
「それなのに、あんなに尽くしてきた会社にはあっさり裏切られ……」
手にしたお椀の中の味噌汁はすっかり飲み干されていた。
そこに男の流した涙が溜まっていく。
「で、どうするんだい、あんた? そのまま死ぬんなら、この店の奥の扉に。やり直すんなら、もと来た道を戻るんだな」
男はスッと立ち上がり、
「戻ります。このまま奥に行ったら、お袋のいるところには行けそうにはないんで」
「そうかい」
「ご馳走様でした」
「じゃあな、おっさん。二度とくんなよ」
「ありがとう」
そう言うと男は扉を開けて、来た道を戻っていった。
「あのおっさん、やってけんのかね」
「さあな。ダメならまたここに、やってくるだけさ」
そう言うと店内は、次の来店者が来るまで静寂に包まれていった。




