魔法時代の終わり
世界中の魔法使いから、魔法の聖地と称される国「ノーリ・アジーン」
国のちょうど中心に位置する、首都「ハザール」には、この国が世界有数の魔法大国と讃えられる要員の1つが存在する。
マキシ大魔法学園。著名な魔法使いを多数輩出していることでも有名な、アジーントップクラスの魔法学校だ。
そんなマキシ大魔法学園の入学式が、今年も雪が降りしきる中行われた。
「はじめまして、新入生諸君。入学おめでとう。わしが校長の、大魔法使いマキシじゃ。マキシ先生とでも呼んでおくれ。今年も優秀そうな新入生に出会えて嬉しく思うよ」
足元まで伸びた、真っ黒い髭をワサワサと揺らしながら、この「マキシ大魔法学園」の校長、マキシ(本名 マキシ・キャトル・ヴァンディス)が話し始めた。
戦後、最も才能豊かな魔法使い10傑に名を連ねる、この老人の言葉に、約300人の新入生達は、息をするのも忘れ耳を傾けている。
「諸君も知っている通り、わしの名は広い広いこのノーリ・アジーンを飛び出し、全世界に知られておる。それも、ただ知られておるわけではなく、わしの名を知る皆が、マキシの名を戦後最も偉大な大魔法使いの名として、頭、そして胸の中心に刻んでおる」
その後、マキシの無駄な自慢話は30分以上にも及んだ。
新入生達は、未だ自慢話を続ける大魔法使いを、輝いた瞳で見つめている。
だがその中に1人、あくびを噛み殺す男子生徒がいる。
彼は、角刈りの頭がトレードマークの、ジャン・ゴロウ。
サッタルの町出身の13歳だ。
ゴロウは、強烈に酸っぱい物を食べた時のように、顔のパーツを全て、中心に寄せていた。
あくびが出そうになる度に、彼の目や口は中心に限りなく近づいた。
式が終わる頃、彼の顔の余白はどれだけ広がっているのだろう。
(老人の自慢話はとにかく長い。そこに関してはこの大魔法使いも、近所のじいさんと変わりはない)
角刈り頭の角の部分を掻きながら、そんなことを考えていると、もう何度目なのかもわからないあくびが出そうになった。
もう噛み殺す気力はなく、大きく開こうとする口に、もはや抵抗はしない。
ゴロウの口は、溜め込んだストレスから解放され、今までにないほど大きく開かれようとした。
ゴロウの口が半分ほど開いたその時。
「ねえ、ちゃんと聞かなくていいの?」
隣から、おかっぱ頭の男子生徒が、小声で話しかけてきた。
びっくりして声が出そうになった。
なんとか声は抑えたが、今度は、その声が出せなくなってしまい、口を半分開いたまま、おかっぱ頭を数秒間ただ見つめていた。
「おーい、聞いてる?大丈夫?」
またおかっぱ頭が、今度は口元に手を当て、心配そうな顔で声をかけてきた。
「あ、ああ。大丈夫だ」
なんとか声を絞り出すと、おかっぱ頭は安心したようにフワッと笑い、手を差し出した。
「僕はエイティ・ムッシュ。君は?」
ムッシュは、ぱっちり大きな目を見開き、口元に笑みを浮かべ返事を待っている。
「俺はジャン・ゴロウ。よろしく」
ゴロウはそう言って、ムッシュが差し出した手に、笑顔で応えた。
「よろしく、ジャンゴロウ!上の名前も聞いておいていいかい?」
と言い、ムッシュは首を傾げた。
「上がジャン、下がゴロウなんだ」
ゴロウは、幼い頃から幾度となく繰り返されてきたその質問に、呆れたような笑顔で答えた。
「あ、ごめん...じゃあ、ゴロウだね!僕のことはムッシュって呼んでよ!」
ムッシュは少し申し訳なさそうに笑い、そう言った。
「ああ、よろしく。ところでムッシュ、君はどこの出身で、何歳なんだ?」
「僕はチャールの町の出身で、今年で13歳だよ。君は?」
「俺はサッタルの出身で、年はムッシュと同じだ」
「サッタル?隣町じゃないか!それに同じ年だなんて、なんだかとても嬉しいよ」
2人は、もう一度握手をし、会話を続けようとしたが、自慢話を終えた校長が、話題をあるものに移した時、2人は同時に、視線を校長に向けた。
「今の時代、魔法使いの存在は、どの国でも当たり前になった。もはや魔法だけでは、国どころか己の身も守れはせん。わしはそう考えておる。」
2人は、その言葉に深く頷いたが、他の新入生の中には、大魔法使いの意外な言葉に、驚きを隠せない者が多数いたようだった。
「では、この時代に魔法以外の何が、己を守りそして、国を背負うのか、諸君にはわかるかのお?」
突然の問いかけに、新入生達は少しざわつき、横に座る名前も知らない同級生と顔を見合わせた。
ゴロウは、校長を見つめたまま、膝の上に置いた手を強く握り、ムッシュは、大きな目をキラキラさせ、答えを待った。
「その答えは、筋肉じゃ!」
ほとんどの生徒の目から、輝きが失われた。
だが、一部の生徒は「おお!」という声をあげ、拍手を送った。
ゴロウとムッシュは、顔を見合わせ、笑顔で頷き合った。
大多数の新入生が、つい数秒前まで憧れの大魔法使いだった男に、冷たい視線を向けていたが、校長はそんなことはお構いなしに、強い口調で続けた。
「魔力に頼る時代はもう終わりが近い、そして、魔力の時代が終われば、そう。筋力の時代が来る。そこで、もう知っている者もおるじゃろうが、今年から、このマキシ大魔法学園に、筋力科を作ったのじゃ!」
校長は力強く言い放つと、服を脱ぎ捨て、見事に割れたシックスパックの腹筋を、新入生に見せつけた。
一部の生徒が立ち上がり、両腕に力こぶを作った校長に、大きな歓声と拍手を送った。