第二話――崩壊
「頭がいてェ!!」
俺は急な激痛で目が覚めた。
頭が割れそうだ。それに胸がムカムカする。
うっ――
床に戻してしまった……。
「亮、どうしたの!?」
俺の悲鳴を聞いて、母さんが部屋にやって来た。
「頭が割れそうに痛いんだ……。吐いちゃった……」
「ちょっとすぐに救急車を呼ぶわね!」と、母さんが俺の部屋の電気をつけてくれた。
しかしその時だった。
「ウワァ――ッ!!」
俺は叫び声を上げた。
部屋中が真っ白だった。
母さんの顔も……。
唯一の救いは……黒色だけはまだ変わっていなかった。
真っ白な液体から黒い瞳だけが生えている人間……俺の母さんは「どうしたの! 大丈夫?」と、心配して背中をさすってくれた。
「大丈夫……大丈夫……」
母さんを心配させたくない。
「救急車を呼ぶからね」と、母さんが部屋から出て行くとき、俺は「呼ばないで」と声をかけた。
なぜって?
黒い髪の毛と、黒い瞳だけの人間。そんな人間なんてこれ以上見たくない。
母さんは「どうして?!」と俺に何度も聞いてきたが、俺はそれ以上何も答えなかった。
――それから数日が経ち、だんだんと慣れてきた。
俺の見えるこの世界は、漫画のペン入れだと思えばいい。つまり真っ白な紙の上に、黒い枠だけが書かれた世界。
笑っちゃうだろ?
こんな状況だから、気持ちが不安定になったり体調が悪くなったりするときもある。そんな時はカーテンを閉めて電気を消し、光が入らない状態にした。またまぶたを閉じて眠ることにした。
目を閉じると……黒の世界が広がって落ち着くんだ。
とりあえず光の反射が目に入らない状態を作り出せば、なんとか乗り切れそうだ。
「白銀の世界、感動だッ!」っていうフレーズを耳にしたことあるが、俺の状況になっても言えるかよ……。
俺はこの病気にかかるまで、目に見える「色」なんて気に留めたことがなかった。そしてこういう状況になって初めて、色のある世界の有り難さがわかった。
――そういえば、なんだかのどが渇いてきたな。
ゆっくり階段を下りて冷蔵庫を開けると、ドアポケットに牛乳の紙パックが入っていた。
それを手に取ると、
「あれ……」
空っぽだ。
今日はなんだか牛乳を口に含みたくてしょうがない。
「牛乳が飲みたい……牛乳が飲みたい……牛乳が飲みたい……」
俺は冷蔵庫の中をあさった。
「ないないないないないないないないない……」
すると、俺の頭の中に良い考えが浮かんだ。
「あッ! あそこに残っているかもしれない」
俺は駆け足で浴室に向かった。
浴室のドアを開けると、浴槽にまだ昨日の水が残っている。
その水は牛乳のように真っ白だった。
「……こんなに牛乳が残ってるじゃん」
両手で浴槽の縁をつかみ、俺はそこに頭をぶち込んだ。
そして無我夢中でその水を飲んだ――。
「……亮! 亮! 起きなさい!」
「……うぅん」
母さんの声が聞こえる。
俺は目をゆっくり開けた。
「浴室で倒れていたんだよ。何があったんだい?」
「うっ……」
頭が痛いし、くらくらする。めまいもひどい。
俺は気持ち悪くてうつむいた。
「母さん……ごめん……。俺もどうしてこんなところで倒れていたのか、よく覚えていないんだ」
「亮、病院行くかい?」
「ううん、もう大丈夫。落ち着いてきたよ」
俺は母さんに少しでも心配かけないように、笑顔を見せようと顔を上げた。
母さんの顔は相変わらず真っ白だ。
そして俺の視線を母さんの目、つまり黒い瞳まですーっと動かしていったときだった……。
「アッ……アッ……」
俺は言葉にならないものを口から発した。
……母さんの黒い瞳がなかった。
俺の世界から唯一の黒色が消えてしまった。