第一話――白死病
「先生、白視病ってどういう病気なのでしょうか?!」
付き添ってくれた俺の母さんが、心配な顔つきで聞いた。
「白視病……正式名称は脳神経白視病……」
先生が言うには白視病はこういう病気らしい。
――人は目で物を見たとき、光の反射で視神経が刺激を受ける。その刺激は最終的に大脳に到着し知覚をする。つまりその物の色を判断する部分は脳というわけだ。
俺の脳はどういうわけか、色を白色に判断してしまうようである。
簡単に言うとざっとこんな感じだ。
「これはたんすが白色に見えているのではなくて、君の脳が色を白色に変えてしまう病気なんだ。多分……他にも白色になってしまったものはあるんじゃないか?」
「え……」
そう言われると……ある……。
普段、目に見える色を意識して生活をしたことなんてないから、気がつかなかった。
そうだ……赤色がない……。
「先生……俺……赤色を見ていません……」
「そうか……」
「最終的に全ての色を、君は白色に判断してしまうようになる。また……」
先生は「また」の後を話そうとしなかった。
「先生、何を言いかけたのですか!」
俺はその後を話そうとしない先生にイラッとして、強い口調で問い詰めた。
「ごめんね。言うべきかどうか悩んでしまってね……。わかった、落ち着いて聞いてほしい。この白視病……我々の中では「視」を「死」という漢字を当てて、白死病って呼んでいるんだ」
「……どうしてですか?」
「この病気になった者は……皆不幸な終わりを遂げている」
「え?」
「……自分で命を絶ってしまってね」
「自殺ということでしょうか……」
「そう……」
先生は俺の肩に両手を置き、
「君は絶対自殺なんかしちゃ駄目だからね!」と、強く言った。
隣でその話を聞いていた母さんは、ショックが大きかったのだろう、ハンカチで目頭を拭っている。
「先生、俺は自殺なんてしませんよ!」
俺は母さんを悲しませないように、大げさに笑いながら答えた。
「そう言ってくれて良かった……」
先生はうっすらほほ笑んでいたが、多分俺の作り笑いに気がついていたんだと思う。
「治療方法ってないのでしょうか」
母さんがゆっくり口を開いた。
「特効薬はない……というわけではない。……だけど」
先生はふーっとため息をつき、
「まだ国が承認していないんだ」と言った。
「承認していないと使えないのですか?」
「使えない。この国の法律では承認されていない薬を処方及び使用した場合、警察沙汰になる」
「どうして国は承認しないんですか!」
俺は薬があるのに使えないないという理不尽さに、怒りが込み上げてくる。
「実はこの薬……もうほとんど審査が終わっていて、すぐにでも承認が下りてもいいぐらいなんだよ。けど内々の事情があるのだろう……。今選挙が近づいてるの、君は知ってる?」
「知っています」
「その薬を承認して、万一副作用で患者が死亡なんてことが起きたら、選挙に影響が出ると思っているんだろうね」
「……そう……なんですか」
この話が本当なのかわからないが、この特効薬を使用できないということは、紛れもない事実だ。
俺はこの生まれ育った国に、見捨てられたような気がした。
「この病気は死ぬ病気ではない。だから、承認が下りるまで頑張るんだ。つらいかもしれないけど耐えるんだ」と、先生は俺を慰めた。
「はい……」
先生が話していた「全ての色が白くなる」とは、どういう状況なのだろう。先の不安を抱えながら俺は帰宅した。
ここ数日の間は、特にそれ以上の症状は出なかった。