ヘンリー王子とパーティーにいこう
「御卒業おめでとうございます、ジュリア様。ご入用がございましたらいつでもお声がけくださいませ」
異世界転生、しかも死ぬ直前にプレイしていた『漆黒の薔薇〜宵闇に貴方の腕に抱かれて〜』という大人気ファンタジー乙女ゲームの世界で悪役令嬢のジュリア・スチュワードになってしまった!!
「ありがとう、ソフィア。さがっていいわ」
見事な黒髪ツインドリルと気の強そうな釣り上がった目、さらにやけにフリルの多いドレス。前世で持っていた二流ブランドなど霞んでしまう高価なアクセサリー。手に持っていたヘンリー王子から贈られた値段も知りたくないイヤリングをアクセサリーケースに戻す。戻す手が震えていたのは内緒だ。
「それでは一旦失礼させていただきます」
丁重に頭を下げ、退室した使用人のソフィアを見送る。
さて、私が今着ている服装と時計から察するに卒業パーティー三十分前というところだろう。ゲームのシナリオ通りに進んでいるなら卒業パーティーで私は婚約破棄を言い渡され、失意のうちに追放されるのだ。
パーティーが始まるまで少し時間がある。せっかくならこれからの平民ライフではお目にかかれない豪華な内装やら貴族を観察したい!!前世では美術館でしか見れなかったキラキラ光り物がいっぱいなのだ!!
とはいえ、私も良い歳こいた大人である。ゲームの世界に来たからといってはしゃぎ回るなんてことはない。
「ほあ〜〜〜〜〜!!!高そうな壺〜〜!!あ、この絵ゲームで見たことあるぅ〜〜!!」
これは知的好奇心が刺激されただけで決して浮かれているわけではないのだ。あくまで現状確認、自分の置かれた状況を詳しく知る為だ。やむなく、やむなく調査しているのだ!
そんなワケでキョロキョロと周囲を散策しながら歩いているとばったりとヘンリーに出くわした。
「あ、お前はジュリア……ッ!」
目を見開き、体を硬直させるヘンリー。それもそうだ、目の前にいる私は『部屋全体に響く高笑い』で注目を集めるほど煩いあのジュリアなのだから。
よくアランと行動を共にしていた彼にしては珍しく一人で廊下を歩いていたようだ。周囲をチラリと見回し、ため息をついて私に向き直る。
「ご機嫌よう、ジュリア。卒業パーティーに誂えたドレスがよく似合って……いますね」
彼の視線がある一点で停止し、唖然とした表情で穴が開くほど私を見つめている。
ーーもしやジュリアの中身が私であるとバレたか!?
「あら、何かついていますか?私からは見えなくて……」
あれジュリアってこんな言葉使いだっけ?そもそもお嬢様言葉ってどんな風にやるんだっけ?
「ない……」
「何か仰いましたか?」
ヘンリーが首を振って「なんでもない」とだけ言うと黙りきってしまった。なにやら険しい顔をしながら首から下げたアーティファクトの『血の涙』を手でいじくり回している。
私はヘンリーの熱心なファンではなかったので記憶は朧げだが精神的に動揺しているときの仕草だったはずだ。
私がジュリアだとバレていませんように!
冷や汗を流し、目が泳ぐ私を他所にヘンリーが深呼吸をすると手を差し伸べる。
「ジュリア、そろそろパーティーが始まるから行こうか」
「へ?ええ、そうね。パートナーでしたわね、私たち」
一瞬呆気にとられたものの咄嗟に取り繕う。そう、これから参加する卒業パーティーは前世では全く馴染みのないパートナー同伴が前提なのだ。
ここで思わぬ壁が私に立ちはだかった。パーティー会場に入る際、婚姻関係の者は腕を組まなければならないのだ。
「ジュリア?」
あー!首を傾げてこっち見てる!待って、気恥ずかしさを乗り越えられないの!
こっそり深呼吸してヘンリーの腕にスルリと自分の腕を絡める。思ったよりも簡単に実現できた。
なぁんだ、思ったより大したことはないじゃん。この程度のスキンシップで動揺するなんて、私らしくもないわね。
「なんでもありませんわ!」
「……ジュリア、そんなに握りしめたら痛いです」
「あら……」
「緊張しているとは珍しいですね」
力が篭っていた手を緩めるとヘンリーがクスクスと笑う。彼が動いた拍子にキラリと『血の涙』にはめ込まれたブラッドルビーが煌めく。
ヘンリーが『血の涙』を持っているならリリアはアランを選んだのか。そうなると私の追放先は国内だ。スチュワード家の所有する領地で謹慎処分の可能性が一番高いか。そうなれば実家のコネクションも使えるから生活に困ることはないだろう。
よぉし、上手いこと断罪イベントを終わらせて平和でほのぼのとしたスローライフ生活を満喫するんだ!
ヘンリー王子をすこれ!!