31.大自然の心と対話する
あなたは、以上のことを踏まえて、先生が発見した新しい生き方を実行するうえで本当に必要なものは何だと思いますか。
それは、生き生きと、自然法則、大自然の心と対話することではないでしょうか。
それなくして、新しい生き方を実行することはできません。
それでは、ものを言わない大自然の心と、どう語り合えばいいのでしょうか。
自分勝手にこれが大自然の心だとそれぞれの人が言うのはかまいませんが、もしそれが間違っていたら、それがお手本だと信じて行ったことが思いもよらない結果を招いてしまうでしょう。
では、大自然の心に合った生き方をした聖人について学べば、その心と対話できるでしょうか。
聖人については、歴史的にたくさんの研究がありますので、勉強していくことは可能でしょう。
しかし、聖人が生きていた時代とは、様々な点で大きく変わってしまった現代に生きる私たちにとって。その資料を正しく読んで、理解していくことは簡単なことではありません。
ましてや、聖人のことを、自分が語り掛けることのできる、生き生きとした人格として間違いなく捉え、そこに大自然の心を感じとり、生活にいかしていくことは非常に難しいことです。
先生が聖人の生き方を研究して、新しい生き方を発見しただけでなく、そのすべてを自分自身で実行したのは、この問題を解決するためだったのです。
「苦労するのは、私だけでいい。あなたは幸せになってほしい。」というのが先生の気持ちでした。
先生が実行したことは心使いのことまで細かく書き残されていますので、私たちはそれに触れながら先生の人格を思い浮かべ、心の中で先生と対話することができます。
私たちは、身近な人のことでもどれだけのことを知っているでしょうか。その意味で、何もかも書き残した先生ほど身近に感じることのできる人はいないと思うのです。
そのうえで、先生の意思を継いだ先生の子孫の方やその思いを受け継いだ人たちと実際に関わって、その人たちの心に触れていくこともできます。
そのようにして、私たちは先生の実行について学ぶことで、新しい生き方を実行することが可能になったのです。
先生は「私の苦労が本当に分からないと新しい生き方は分かりません。」と言っておられます。
先生は、聖人の心、つまり大自然の心と対話して、苦労の中でその心に従おうと努力されましたが、先生のその人生の記録こそが、新しい生き方を実行していくときの基本になるのです。
先生に対して、語りかけたり、相談したり、誓ったり、お詫びしたりすることを繰り返していくうちに、先生は、生き生きとした存在として私たちの心の中によみがえってきます。
つまり、私たちは直接大自然の心や聖人の心と対話することは難しくても、その心を受け継いだ先生と対話することが出来るようになるのです。
そして、はじめて私たちは自然法則に従った生き方が出来るようになります。
先生の「時を越えた手紙」は単なる言葉ではありません。
大自然の心を受け継いだ聖人の心をビンに詰めた薬だとすると、それを先生が探し出して、そのまま「時を越えた手紙」に付けて私たちに送ってくれたものなのです。




