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28.自他の心の救済

 こうして、大自然の心や大切な恩人たちが自分に注いでくれている恩恵を知り、その恩に感激し具体的に恩返しの人生を送っていくという精神になれば、心から喜んで、親孝行をして、祖先のお祀りをして、職場の上司に服従して、国家にも貢献し、精神団体でも奉仕をしていくことが可能になるでしょう。


 しかし、それが外面的な意味では良いことでもあり、信頼や評価も得られるために、知らず知らずのうちに、「恩人からもっと気に入られよう」とか、「自分のほうが他の人よりも奉仕をしている」とか、「これだけ奉仕した自分よりなぜ他のものを優遇するのか」など「自己中心的な心」が紛れこんできて、また「迷い道」に戻ってしまう場合があります。


 それは、これまで紹介してきた新しい生き方の原則である、「自己中心性の克服」、「大自然の心への同化」、「義務を先に行うこと」、「大切な恩人への奉仕」については、外面的には行動を美化し他者の信頼を得ることになり具体的な利益につながりやすいのです。


 そこに、自己中心的な「迷い道」に戻ってしまう危険性もあったわけです。


 しかし、本当の「大自然の心」とは、先生が「病人の心を救われた体験」以降、続けられた多くの人々の心の救済や、さらには聖人や御皇室の祖先の人類救済のためのご苦労に見られたものです。


 それは、「人類すべての心を救わないではおかない」という心であり、その心が湧いてこないうちは、本当の意味での大自然の心にはなっていないのです。


 人を育てていくという大切な恩人方の苦労と同じ苦労をしたときに、私たちは初めて本当の恩も分かり、さらに恩返しをしたいと強く願うようになります。


 つまり、恩人に奉仕していて満足しているだけでは、「自分」が「恩人や大自然の心」を見上げるような形で導きをうけ恩返しをしているので、密接といいながらも完全に一体ではないのです。


 それは、親と子の一体感に似ているでしょう。


 しかし、大自然の心や恩人の心と一つになって、自らが精神の親として、目の前の精神的な子である他者の心を救おうとしているときには、もはや自分という個人はありません。


 そのときに至って、大切な恩人への奉仕の心も、義務を果たしたいという心も浄化されて、本当に自己中心性を脱して大自然の心に同化した姿になっています。


 その意味で先生は、「人間の心を照らし救うことが品性完成の道である」と言われているのです。


 そうして、他者の心の暗闇に、大自然の心という光を注ごうとしているときに、はじめて自分も救われて光の中にあるのであって、自他の心がともに救済されていく道がここにあります。


 これが「新しい生き方」を深めていく道をたどったときに最終的にたどり着く場所であり、このことを未来の私たちのために先生は書き残したかったのです。

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