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27.大切な恩人への感謝と報恩

 家庭でも、職場でも、国家でも、あるいは精神的な団体でも、もちろん話し合いは必要ですが、それでも各自が自分の正しさを譲らなければ、熱心に努力すればするほど混乱が増します。


 そこで、従来の道徳でも、最終的にはその団体の代表の意見に従うことが求められていて、これは外面的な行動としては良いことのように見えます。


 しかし、その内面では、親であれば「自分を育ててもらったから」、社長であれば「給料をもらっているから」、国家の代表には「安全と平和を維持してくれているから」、精神的な師には「安心を与えてくれたから」など、「自分が何かをしてもらったので、そのお返しをする」という取引の感覚なのではないでしょうか。


 それでは、その団体の代表に従うことが形にとどまり、心では、本当は自分のほうが正しいのに利益のために我慢するという心になり不平不満を抱えている場合が多いでしょう。


 そこで、新しい生き方では、自分に注がれている大自然の心に感謝して直接恩返しをするかわりに、その心を受け継いだ大切な恩人たちに代わりに恩返しをしていきます。


 ですから、その恩人たちに接するときに、内面では、その目の前の「個人」に接しているとは思いません。


 私たちは、知性、感情、意志を使った全人格的な働きによって、その方たちを前にして、大自然の心から流れ出た心を感じることに努め、あたかも大自然の心とそれを受け継いだ代々の人たちの心の流れに直接ふれていると思って関わっていくのです。


 人間にはそのようなことが出来る可能性があります。


 自然の景色や芸術を感性で受け止めて、そこに美を認めることができます。


 また、石や木でつくった仏像や神様の像に手を合わせているときには、その石や木が表現している永遠の存在を自分自身の全人格で感じ取っています。


 そこに捧げたお花やお供えは心からの祈りと恩返しの心を表しているのではないでしょうか。


 ですから、その大切な恩人が立派でなくても、欠点があっても、自分に注がれている大自然の心に恩返しをしていくという純粋な気持ちになって、恩人に従い、恩人に安心していただけるように心を尽くし、恩人の心が自分の心となるようにくみとって具体的に恩返しをしていくのです。


 新しい生き方では、外面的には人間関係として他者に役立つ具体的な行動をとりながら、内面的には「大自然の心と交流して一つになる」ことが必要でした。


 ここでは、外面では恩人に従い恩返しを行動に現しているのですが、内面では、「大自然の心に自己中心的な心が溶かされている状態」だと言えるでしょう。

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