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20.大自然の心を確定する必要性

 自己中心的な心から離れて、自然法則に従って生きるためには、法則に従ったときの「心使いと行い」がどのようなものかを正確に知っておく必要があります。


 そうでないと、たとえば、コップのなかに水が入っているときに、それを捨てて空にした分だけ余裕ができますが、そこに何を注ぐのかを知っていないと、また間違ったものを入れてしまうことになります。


 ある宗教から洗脳されて社会的に影響の大きい犯罪まで起こした人たちがおりますが、従来の「心使いと行い」を捨てて別のものに入れ替えていくときには注意しないと、円満な常識を失い、かえって様々な法則に反するような教えにのめり込んでしまうかもしれません。


 また、人間は自尊心が強いので、自分の心が「自己中心的で不完全であること」を認めることが出来ずに「すでに大自然の心と同じである」とうぬぼれている場合もあるでしょう。


 さらに注意を要するのは、先生が発見した「新しい生き方」は学問として学ぶことができますので、心使いや行いの実行は出来ていないのに、知っただけで自分の心が自然法則に従っていると勘違いする場合もあります。


 そのような「迷い道」に入ったときに、「大自然の心」を正確に説明しておけば、自分を振り返り反省することが出来て、再度、「自己中心的な心を乗り越えないといけない」という入門に戻ることができます。


 私たち人間は宇宙というひとつの大きな生命の一部なのですから、その意味では大自然の心になれる可能性があるはずです。


 しかし、一方ではすでに確認したように、私たち人間は、自己中心的で頑固な心を持っていますので、大自然のような広くて大きい温かい心になれるとは到底思えません。


 しかし、聖人や先生は、まるで暗闇のような私たちの心に、そこが暗闇であるからこそ、大自然の心が光となって射してきて、「私たちの心が大自然の心とひとつになれる」ということを明らかにしたのです。


 私たちが自然法則に従って生きると決意したときから、暗闇を照らす光を求めるように「自然法則とは何か、大自然の心をどこに見つけるのか」という問いが深まっていくのではないでしょうか。

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