18.自己中心的な心を乗り越える
人間には自由意思がありますので、心使いや行いを「法則に従わせること」と「違反させること」の両方ができるはずですが、以上のようなことを知ったとしても簡単には法則に従うことができません。
それは、人間が「自分という立ち位置」から、限られた情報をそれぞれの違った価値観で見ているために、同じ現象に接しても別々の偏ったとらえ方をしてしまい対立するからです。
つまり、人間は自分のことを度外視した「自然法則」という広い全体的な視野を持ちにくいのです。
また、人間は周囲の「物」を自分に都合がよいように「道具」として利用しようとします。
それが自己中心的な心となり、しかも、お互いに他の人間までも道具のように自分に都合のよい方向に動かしたいと思うので、結局、相手の気持ちを理解して大切にすることが出来ません。
また、「自分を守りたい」という生物的な本能から、「同じ失敗はせずに、同じ成功をしたい」と思うので、自分が経験して得た知識に執着して、「自分の考えを変えたくない、自分の意思を通したい」という強い気持ちが働くようになります。
この「自己中心的で個人的な意識」が残っているうちには、自然法則に従った生き方など出来ません。
ですから、自己中心的な心から離れることが、この新しい生き方の「入門」であり、そして本当に自然法則に従えたときには、この自己中心的な心が全く働いていないのですから「卒業」でもあります。
この自己中心性は個人としての意識が発達していく中で必ず出てくるもので、人間であれば誰にでも備わっていますので、それを乗り越えた新しい心の使い方は訓練をしないと実現できません。
それは、スケートや水泳など身体の使い方を変えるときと全く同じで、繰り返しの練習しかないのです。
ここで大切なことは、よいお手本を見つけることです。
スケートでも、上手な人をまねすれば、転ぶことで身体の動かし方の間違いが分かり上達して次第にお手本の滑り方に近づいていくでしょう。
しかし、下手な人をまねして、それで転びながら練習しても、下手な滑り方がようやく出来るだけです。
従って、心の使い方の練習でも、まず、お手本が正しいことが大切です。
それから、そのお手本どおりに出来ないことも重要です。
そのことで初めて自分の心の偏った状態が分かり、お手本に近づいていけるからです。




