15.法則を利用する姿勢について
現代では、かつての時代よりも科学的な考え方が徹底されたことで、「宇宙には一貫した法則がある」ことを多くの人々が信じているようです。
むしろ、健康の法則、社会生活や経済の法則、そして精神の法則など様々な法則を知り、それを積極的に活用して自分の望む結果を得ようとしているようにも思えます。
自分の置かれた生活を自然法則によって理解して「塗り絵」のように塗りつぶしてきたことで、従来の迷信や神頼み、そして偶然に頼る不安定な人生が消えていきました。
しかし、最後の塗り残しである「自分自身の心や生き方」までを、自然法則に従わせないといけないと知ったとき、人々は「思ったとおりに生きたい」という自己中心的な心が騒いで、「それだけは嫌だ」と拒否するのではないでしょうか。
つまり、現代人が法則に従うといっても、自分の望みをかなえるための自然法則の利用であり、人生の指針として自分自身の生き方や心のあり方までも見直して反省することにはつながっていないのです。
先生は、自然法則を自分のために利用して結果を求めるような生き方ではうまくいかず、「自然法則にすべて従って、結果は求めない生き方」にこそ真の幸福が与えられるのだと訴えました。
たとえば、酒をつくるときに、たくさんの米などの材料は同じでもそれを活かす肝心の酵母菌がないと酒にはなりません。
材料の米を集めるように、様々な法則を理解して実践していくことは、もちろん必要なことですが、それだけでは不十分です。
それを酒という「幸福」に変えてくれる酵母菌にあたるのが、「自分の生き方や心のあり方までも法則に従わせる」という最後の一点です。
先生は、宇宙に出現したすべてのものに法則が働いているのに「自分の心だけを例外にしてもよい結果にはならない」という当たり前のことを指摘しているのではないでしょうか。
先生が残した「新しい生き方」を学ぶときにも「その効果を手に入れて幸せになりたい」と考えてしまうと、自己中心的な生き方になってしまい、結果として自然法則に反してしまうので気をつけないといけません。
つまり、品性を完成すれば真の幸福が与えられるということは知りつつも、あくまで新しい生き方を実行するときの動機や目的を見失わないことが大切なのです。




