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4 侮りがたく、油断は大敵

「ありがとうございます、助かりました」


雅日はそう言って頭を下げる。屋敷の中庭にある小屋の前で、秋人と勇來は運んできた木箱を置いた。雅日が扉の鍵を開けながら、少し申し訳なさそうに眉を下げる。


「でも、本当によろしかったのでしょうか。お客様に雑用事をお任せしてしまって……」


「いえいえ、むしろ俺と勇來くんのことはお手伝いと思ってくれていいんで。それに、ちょうど手も空いてたし」


「そうそう。役に立てたならよかったよ。……この小屋って、倉庫みたいなもんか?」


勇來は小屋の中を見回す。古くなった椅子や棚、他にも、今勇來たちが運んできたような、なにかしらの小物が入っているらしい木箱などが整理された状態で、しかしやや無造作に置かれている。


「はい、倉庫……と言いますか、いらなくなった物や、起き場所がない物などを一時的に保管しておくために利用しています」


「なるほど」


「まあ、普通のゴミはともかく、家具とかは廃棄するにもタイミングとかいろいろあるだろうしねえ。ギルドにもそういう部屋あったと思うし」


「あー、言われてみりゃ、たしかにあるな。ここと同じような物置部屋。地下と一階の隅に」


だが地下はともかく、一階の物置部屋は既に物置部屋ではなくなっている。実はとある音楽好きのギルド員の少女が部屋にピアノを持ち込みたがったのだが、入りそうになかったので、ひとまずその物置部屋に保管することになってしまった。すると、いつのまにかその彼女の義兄などが、私物のあらゆる楽器を持ち込むようになり、そのうち立派な音楽室として占拠されたのだ。ときどき、近くを通るとピアノやバイオリンの音が聞こえてくる。以降、物置部屋は別の場所に移されたらしい。


「この屋敷って、男手が少ないの?」


秋人が雅日に問う。雅日は曖昧に笑った。


「いえ……そうですね、それなりにお年を召した方のほうが多いとは思います。年若い男性となると、最近新しくやってきた方がいるのですが、彼くらいですね」


「浅葱って人ならさっき会ったぜ」


「あら、そうでしたか。その浅葱くんです。私たちが重い物を持っていたりすると率先して手伝ってくれるのですが……さすがにいつも頼るというわけにもいかないので」


「四日ほど前に来たばっかりなんだっけ?」


「ええ。長年ここに勤めている、ようさんという庭師のおじ様が、酒場で出会ったらしいです。相席で話をするうちに気に入ったそうで、仕事を探していると聞いて、永さんから旦那様に話をつけたとか」


「それでここに?」


「はい。ちょうど少し前に、その……一人分の空きができてしまったので、ひとまず補填の意味もあったと思いますが。旦那様は付き合いの長い永さんを信頼していらっしゃいますから」


「少し前に空き……って、知世が言ってたリィスって子のことか? いなくなったっていう」


「……ご存知でしたか。お嬢様はさぞ寂しい思いをされていることでしょう。リィスは十九歳で、お嬢様ともっとも年の近い子でしたから。外にご友人のいらっしゃらないお嬢様には、リィスは姉のようであり、同時に一番の親友でもあったと思います」


「そういや雅日さんは歳……あ、ごめん。女の人に年齢の話は振るなって空來に言われたんだった」


勇來ははっとして口を押さえるが、雅日は別段気に留めなかったようだ。


「かまいませんよ。私は二十七です。たしか、浅葱くんが二十六歳だったと思うので、現状、お嬢様と最も年が近いのは彼ということになりますね」


「あ。あの人そんな年上だったのか。もう少し下かと思ってたぜ」


「私たちには気さくに接してくださいますが、旦那様やお嬢様をはじめ、お客様への言葉遣いもしっかりしています。使用人として働くのは未経験らしいですが、仕事の覚えも早くて助かっているんです」


「雅日さんは浅葱さんとはよく話すの?」


雅日は少しうつむいて、恥ずかしそうに笑った。


「と言いますか……一応、私が彼の教育係ということになっています。でも、浅葱くんはしっかりしていてなんでもできるので、教えられることがほとんどないんですよ」


「たまたま雇ったのが意外にも優秀だったんだな」


「意外は余計だと思うよ。……で、その浅葱さんはいつも、基本的にはどこでなにを?」


「今はあちこちで基本的な雑用ばかりなので、まだはっきりとはわかりませんね。早乙女家では基本的に、ひととおりのお仕事をして、その人の得意なことを探り、そこを生かせる持ち場を与えていますので」


「雅日さんの予想だと、浅葱さんの場合はどうなりそう?」


秋人の問いに、雅日は顎に手を当てた。


「彼は……やはり体力が必要な場にいてくださると大変助かります。ですが、お料理も得意なようですから、教育次第では厨房を任せられるでしょう。接客はもちろん、あの分なら旦那様やお嬢様のお手伝いも問題ないと思います。永さんのご指導があれば庭師を後継できるでしょうし……」


「本当になんでもできるんだね。じゃあ、最終的な持ち場は本人の希望次第って感じ?」


「そうなると思います。研修期間として、もう少しの間は今のような生活になると思いますが、最後は彼の自由意志でしょうね。あの分ならどこでも任せられるだろうと、旦那様も仰っていました」


「そうなんだ……」


「なあ秋人、あの浅葱って人のこと、そんなに気になるのか?」


勇來が秋人を覗き込んで尋ねると、秋人はなぜか少しあわてた。


「え? あ、いや、そういうわけじゃ……あの、ほら、俺とも歳が近いからさ、なんとなく……」


「ああ、たしかに。仲良くなれそうか?」


「それはわからないけど……えっと、雅日さん、他に俺たちが手伝えることって、なにかない?」


「そうですね……でしたら、お庭の掃除をお願いできますか? ホウキで軽く掃いていただければ十分ですので」


「了解。よし、行こうか勇來くん」


「おう」



*



「らあ、あら、ふぁうらま、るあまたん。らあ、あら……」


「それ、出発してからよく呟いてますけど、なんなんですか?」


知世の部屋に向かうまでの廊下。意味を持った単語としては聞き取れない音の羅列を、確認するように呟く來亜に静來が問う。來亜は静來を見た。


「忘れてはいけない。コトハだ。届かないそれは。いる」


「出来の悪い人工知能みたいな話し方ですね。最近はまともに話が通じるようになってきたと思ってましたけど、やっぱりときどきなに言ってるかわかりませんよ」


「うん」


「うん、じゃないですよ。質問の答えとして、なにひとつ伝わってないですからね? ……まったく、琴琶の教育が行き届いてない証拠ですね。帰ったら、もっとちゃんと人語を教えるように苦情を言っておかないと」


「コトハの悪口を言うと殺すぞ」


「急に流暢になってんじゃねえですよ。びっくりするでしょう。あと今のは悪口じゃなくて、ただ呆れているだけですから」


「わかった。悪口は殺す。気を付けろ」


「殺意が強すぎません? ……人間の言葉はやっぱり難しいですか?」


「むずかしい。複雑だ。おれは発音がいらない」


「そういえば、來亜と寿が会話するときって鳴き声だけですもんね。人間みたいに音の羅列を組み合わせて単語を作る必要はないでしょうし」


「ない」


「鳴き声同士の会話って、どういう感覚ですか? 私たちにはひたすら同じような声をあげてるようにしか聞こえませんけど……っていうか、鳴き声からして寿と來亜は種族が違うでしょうに、言葉が通じるものなんですか?」


「言葉じゃない。声だけだ。全部は声にあるから同じでも伝わる。それが言葉だ。すべて同じだから音の別は関係ない」


静來は頭に手を当てた。


「……えーと。カルセットの会話は言葉じゃないく、声に意味を乗せているものだから、同じような声を繰り返しているように聞こえても、その中の意味はすべて違う。それが人間でいう言葉にあたって、根本的な意思疎通の方法は同じだから、種族が違っても会話は成立する。鳴き声の違いは関係ない……ってことで合ってます?」


「うん」


「あのね、本当にギリギリですよこれ。今のが私が翻訳できるギリギリのラインですからね? いや、複雑な説明が必要になってくることを聞いた私も悪いでしょうけど」


静來せーら、あそこだ」


來亜が指差す先に目を向けると、ずらりと並んだ部屋のひとつの扉が少しだけ開いていて、そこから知世がきょろきょろと部屋の外の様子をうかがっていた。静來が彼女に気付くと、彼女も静來たちに気付き、ぱあっと表情を明るくした。


「静來さん、來亜さん、こっちよ!」


手招きする知世に、静來と來亜はやや歩く速度をあげる。扉の前に辿り着くと、知世は一歩下がって部屋の中に手を向ける。


「ここが私のお部屋よ。どうぞ入って」


「入る」


「そうですね、お邪魔します」


知世の部屋は、白いカーテンと淡いピンクの絨毯に始まり、家具類が全体的にパステルカラーで統一されている。やや子どもっぽくあるが、非常にかわいらしい印象だ。部屋の隅の棚は背が低く、三体の人形が大事そうに飾られている。金髪碧眼の人形と、黒髪に茶色い瞳の人形、そして銀髪に金色の瞳をした色白の人形だ。


「人形師の娘さんだけあって、部屋には人形があるんですね」


静來がそちらを見ながら言うと、知世は銀髪の人形を手に取った。


「全部パパが作ってくれたのよ。この子たちは私のお気に入りなの。かわいいでしょう? どうぞ、手に取ってごらんになって」


静來は金髪の人形を手に取って眺める。シックなドレスにプラチナブランドの髪が美しい。静來はあまり人形に興味はないのだが、こういった球体関節人形が愛される理由も、なんとなくわかるような気がする。


「その銀髪の人形はとくに新しいものに見えますけど」


静來が知世の持つ人形を見て言うと、彼女は一瞬だけ表情をくもらせた。


「これはね、リィスに似せてあるのよ。前にパパに頼んだことがあって、他のお仕事の合間に少しずつ作っていたのが完成して、昨日持ってきてくれたの。モデルになったリィスがいなくなっちゃったから、そんな時期に渡していいのか迷ってたらしいんだけど……」


「なるほど。言われてみるとセル―シャ人らしい配色ですね」


雪のように白く、なめらかな肌。一本一本、きめ細やかで手触りのいい銀髪は背中まである。瞳はガラス製で、透き通った金色が美しい。華やかなドレスを着ている他の二体と違い、それは白いブラウスに黒のロングスカートを着ている。庶民的な格好だが、それがリィスという少女なのだろう。精巧に造り込まれた人形は今にも動きだしそうだ。


「知世。なぜ、リィスの人形を?」


「あの子はね、お人形みたいに綺麗な子だったわ。だからリィスをモデルにしたお人形は絶対にかわいいと思って。それに私、リィスが大好きだったから、ずっと一緒にいたかったの。パパにお願いした理由は、たぶんそっちのほうが大きいわ」


「リィスはここで雇われていたんですから、ずっと一緒だったんじゃないんですか?」


「……いいえ。リィスは、本当なら来年にはここを辞めることになっていたのよ」


「なぜやめる」


「結婚が決まっていたの。お相手のことは、私はよく知らないけど。それでリラを出て別の土地に住むことになっていて。もうずっと一緒にはいられなくなる。だからパパに頼んだのよ、リィスのお人形がほしいって」


「なんだか皮肉ですね。いずれいなくなったときのために用意した人形が、こんな形で当初の役割を果たすことになるなんて。リィスさんがどうしていなくなったか、どこに行ったのか、手がかりは本当になにもないんですか?」


「私はなにも……リィスとはいなくなる前の日も一緒にいたけど、とくに変わったことはなかったし」


「それに関しても調べてみる必要がありますね。他の使用人さんたちの話も聞いておきたいところです」


勇來ゆーらに知らせる?」


「……いえ、ひとまず探偵の指示を待ちましょう」


「そういえば、他のみなさんはどこに?」


「勇兄と秋人は屋敷のどこかでお手伝いでもしてるんでしょう。空來たちは外に行きました。私たちはリラに来たのが初めてなので、まず土地勘を身につけないといけませんから。しばらくすれば帰ってくると思いますよ」


「外? 私も外へ遊びに行きたいわ!」


「別に遊んでるわけではないんですけど」


「私、今までお友達と外に遊びに行ったことってなかったの。ねえ、いいでしょ?」


「私の一存では決められませんよ。あなたのお父さんに聞いてみないと。外出許可をお願いしてきますから、來亜とここで待っていてください」


「わかったわ。その間にお出かけの準備をしなきゃね!」


「まだ許可がおりると決まったわけじゃ……」


静來せーらが許可をとる。すればいい」


「簡単に言ってくれますね。わかりましたよ」


來亜と知世を残し、静來は一人で廊下に出た。早乙女岳が普段どこにいるのかはわからない。そのあたりで使用人を捕まえて案内してもらうか、道を教えてもらう必要がある。大きな屋敷だが、部屋を出てすぐに人の気配がした。廊下の角へ消えて行こうとしているうしろ姿に向かって声をかける。


「すみません」


人影が立ち止まってこちらを見る。


「あ、浅葱さんでしたか。よく会いますね」


「ええ、そのようで。どうかなさいましたか?」


「岳さんが今どこにいるかわかりますか?」


「旦那様でしたら、ご自分のお部屋にいらっしゃるかと。こちらです」


浅葱について歩いて行く。隣に立ってみると存外に背が高い。歳は秋人と同じくらいだろうか。態度や立ち振る舞いからは秋人より年上に見えるが、笑った顔が少し幼い印象だ。童顔寄りなのだろう。


「浅葱さんは、もともとリラの人なんですか?」


「ええ、一応。私は今まであらゆる土地を転々としてきたので、生まれはリラですが、外での暮らしのほうが長いのですよ」


「あちこち巡って帰って来た、ってことですか」


「はい。静來様のご出身は?」


「様は落ち着かないのでやめてください。……生まれはダウナです。いろいろあって、今はロワリアに住んでますが」


「そうでしたか。ロワリアは穏やかながらも賑やかなところと聞き及んでおります。暮らしのほうはいかがですか?」


「お世辞にも都会とは言えませんけど、のんびり暮らすにはいいところですよ。浅葱さんはこの屋敷には自宅から通っているんですか?」


「いえ、住み込みでお世話になっています。リラに戻って来て、これからどうしようかと放浪していたところに、このお屋敷の庭師の方とお知り合いになりまして。斡旋していただいたんです」


「なるほど。それは運が良かったですね。でも、最近このあたり、殺しが起きてるそうじゃないですか。よく帰ってこようと思いましたね」


「噂には聞いていますが、実は、リラに来るまで知らなかったんですよ。話を聞いたときは大変な時期に帰ってきてしまったものだと……後悔しているわけではありませんが、少しタイミングが悪かったとは思います」


「運が良くてもタイミングが悪い。護身術や戦闘に関しての心得は?」


「お恥ずかしながら、戦闘経験は皆無でして。自分で言うのもなんですが、足は速いほうなので、なにかあったときはそれで切り抜けられるといいのですが……」


「まあ、それが賢明な判断だと思いますよ。結局は戦わないのが一番安全ですからね」


「ごもっともです。静來さんならどうなさいますか? いざというとき、立ち向かわれますか、それともお逃げになりますか」


「こっちに敵意がある相手は殴って黙らせるのが手っ取り早いですが、もちろん、状況を見て判断します。……少なくとも、どちらも選択できる立場です――と、答えるべきですか?」


「……左様でございますか。やはりギルドの方は肝が据わっていらっしゃるのですね。うらやましいです」


「私はあなたもそうなんじゃないかと思ってますよ。なんとなくですけど、なにがあってもうまいこと躱して、なんだかんだしぶとく生き残っていそうです」


「光栄です。しぶとく、強かに、さりげなく生き延びる。そのような強運と豪胆さが、本当に私にあればよいのですが」


浅葱はにこりと微笑んで、ひとつの扉の前で立ち止まった。


「旦那様のお部屋はこちらになります。またなにかありましたら、お気軽にお声がけください」


「はい。案内ありがとうございます」


一礼して去っていく背中を少し眺めてから、扉をノックする。中から応答があり、扉を開けると、岳は窓際に立ってパイプをふかしていた。


「失礼します」


「おや、君はたしか……」


「風音静來です。お嬢様が外に出たいそうで、外出許可をお願いします」


「外に? その警護にあたる人数は」


「私と來亜の二人です」


「二人……もう少し、増やせないのかね?」


「大所帯になれば目立ってしまい、人の目につきやすくなります。それはかえって危険なのでは?」


「う、む……」


「町の外へは出ません。警護が二人だけとはいえ、まだ午前ですし、ひと気のなさすぎるところも、人が多すぎるところも避けるつもりです」


「い、いや、しかしねえ……」


岳は返事を渋る。静來はその顔色をちらりとうかがってから言葉を替えた。


「では屋敷が見える範囲までの散歩、ということでどうでしょう。私たちも最低限、屋敷の周辺になにがあるのかくらいは把握しておきたいので」


「そうか……わかったよ。少し散歩に行くくらいなら……どれだけ遅くとも、昼食までには戻るようにしてくれるかな」


「了解です、ありがとうございます。お嬢様の身の安全は保障しますので、どうかご心配なく」


「頼んだよ」


「ええ。では失礼します」

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