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2 来たる朝日に降り立つ勇士

夜行列車はつつがなく運行し、勇來が起床したころには列車は速度を落としてリラ国内を走行していた。到着までもう少しだけかかるようだが、すぐに出られるようにしておかなければ探偵に叱られるだろう。隣で寝ていた空來を起こすが、彼は昔から朝が弱い。揺らして声をかければ返事をするものの、目が開いておらず起き上がる気配もない。力づくで体を起こし、タオルを冷水で濡らして顔を拭いてやるが、それで目が覚めるほど容易くはない。個室を出て、売店で適当に朝食を買ってから戻って来ても、まだ半分寝ている状態だった。


「空來、朝飯。おーい、起きてるかあ?」


「うーん……」


個室の扉がノックされ、秋人が部屋の中を覗き込んだ。


「あ、起きてる? おはよう。もうじき到着だよ」


「おう、わかった。……それにしても、ロワリアからリラまで本当にひと晩で着くんだな。南大陸って西とか東の大陸に比べたら結構小さいって言けど、それでもかなり距離あるだろ。夜の列車ってどんな速度で走ってんだ?」


「さあ……でも夜行特急はとくに速かったと思うよ。どのくらいなのかは土地によって変わるだろうけど、どこでも昼間の普通列車よりは速くなってるはず」


「昼間いつも乗ってる列車はもっとゆっくりだもんな」


「たしか、夜間はカルセットに絶対襲われない速度で走らないといけないとかで、夜行性カルセットの移動速度は時速換算で二百……何十キロとかが史上最速だったと思うけど」


「つまりそれ以上の速度で走ってんのか。それってつまり一秒で……えー……どれくらい?」


「え、えー……? えーと……えー、あー……ま、まあ、それに線路がほぼ一直線とはいえ、大陸の端からの長距離移動だからね。時間帯や土地によっては時速三百超えるようなところもあるんじゃないかな。今回はリラまでだけど、これがウィラントの端までだともっとかかるし、夜襲リスク云々の規約がなかったとしてもそれくらい速くないとさ。……あ、そうだ。あと十五分くらいで着くらしいから、そのつもりで用意するようにって探偵から伝言」


「わかった。空來、あと十五分だってよ」


「うーん……」


「……大丈夫?」


「昔からこうなんだよ。ちゃんと起きるまでしばらくかかる」


空來のすぐうしろで膝立ちになり、脚と腹で背中を支えて右手に持った櫛で髪を梳く。その傍ら、チューブタイプのゼリーを空來に咥えさせ、左手でゆっくり握り込んで中身を押し出し食べさせた。その光景を見て、秋人はなんとなく呆れたように笑っている。


「なんていうか、大変だなあ、お兄ちゃんって」


「俺は朝はすぐ起きられるんだけどな。空來はマジで起きない」


「静來ちゃんは?」


「あいつも早く起きれるけど、寝起きは不機嫌なんだよ」


「勇來くんでも朝だけはしっかりしてるんだねえ」


「朝だけ、は余計だ」


「手伝おうか? っていうか、成長期なのにゼリーだけだと体もたないよ」


「じゃあ、そこのパン食べさせてやってくれ」


「わかった。いつもこんな介護してんの?」


「任務のときはな。こいつも五軍の中じゃまあまあ任務にも出るほうだから、そういうときだけだ」


「なるほどねえ。こりゃ将来が思いやられる……はい、空來くん、あーん」


秋人がパンを小さくちぎって空來の口元へ持っていく。


「うーん……」


「声かければ反応するんだね」


「一応聞こえてはいるっぽいんだけどな。でも起きてはねえんだよ」


「あはは、すごい。寝ながら食べてる」


結局、空來が起きたのは降車駅に着いたあとのことだった。左肩に二人分の荷物と、右肩に空來を担いで個室を出て、探偵たちと合流してからリラに降り立つ。隣で秋人が腕を挙げて伸びをしたとき、勇來の右肩の大きな荷物がもぞもぞと動いた。


「お。起きた」


空來はのん気にあくびをしながら目をこする。


「ふあー……あれ、外だ」


「やっと起きましたか、空來」


「あ、静姉おはよう。あれ? 上着着てる。お腹すいてない。口の中が歯磨き粉の味する……」


「……そんなのでよく今まで仕事が務まったね」


ぼそりと月が悪態をつくが、空來には聞こえていなかったようだ。探偵の引率で駅を出たとき、町の中心にシンボルである大きな時計塔が目に入った。その場から一度見渡しただけでも二人、甲冑姿の騎士が街を巡回しているのが確認できる。静來が話していたモナルク騎士団の者だろう。


栄えた中央地区を少し離れた郊外。民家がやや少ない、静かな通りに大きな屋敷が建っているのが見えた。広い敷地を取り囲む柵と、大きな門。その門の前に、一人の使用人風の衣装を着た女性と、高級そうなシャツを着たミドル世代の男が立っている。女性のほうが先にこちらに気が付き、隣にいる男に呼びかけた。


「このたびは遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。主に代わり、お礼申し上げます」


妙齢の女性が頭を下げる。男も軽くお辞儀をした。


「はじめまして、早乙女岳と申します。かの有名な名探偵にお会いできて光栄です。どうぞよろしくお願いいたします」


握手を求められ、探偵はいつもの白手袋のままそれに応じた。彼はわずかに目を伏せると、低く小さな声で「ああ、人数が多いと面倒だな」と、独り言のように呟く。そしてうしろにいる勇來たちに手を向け、早口に説明した。


「これより護衛の任務に就く面々だ。年若い者ばかりだが腕は立つので心配は無用。こちらから順に、寿、秋人、風音勇來、風音静來、風音空來、闇祢零羅、矢野瀬來亜、咲如月。だが顔はともかく、全員の名前まで覚える必要はなかろう。今の紹介はひとまずの挨拶と社交辞令の意味しかないので、実際には私と寿だけ覚えていればそれでいい」


「早く覚えられるよう、努力しましょう。立ち話もなんですから、どうぞ中へ。雅日、お茶の用意を」


「はい、旦那様」


雅日はぺこりと頭を下げ、先に屋敷へ戻っていく。玄関の大扉が開くと、彼女と入れ違いに一人の少女が顔を出した。おそらくまだ成人はしていないのだろう、まだかすかにあどけなさの残る愛らしい顔立ち。くりくりとした大きな瞳がこちらを見たと思うと、駆け足で岳のもとまでやってくる。上品なワンピースにカーディガンを羽織った清楚な姿だ。


「パパ! お客さんがいらっしゃるって、その人たち?」


「こら、知世ちせ


「あっ、……ごほん。はい、お父様」


「この方々は今日からしばらく、屋敷で一緒に過ごすことになる。話してあっただろう?」


「変なお手紙が届いたっていう?」


「そうだ。それに、最近このあたりでは恐ろしい事件が起きているからな。この方々がお前の用心棒をしてくださる」


「まあ! こんなにたくさん、お友達? それってとてもステキだわ! 賑やかで楽しくなりそう!」


「こら。なにがステキなことか。遊びに来ているわけではないんだよ。……まったく。すみません、これは娘の知世です。ほら、知世、ご挨拶なさい」


「はじめまして、早乙女知世と申します」


知世は両手でスカートを軽くつまんでお辞儀をした。岳は一度、知世の頭にぽんと手を乗せると、探偵たちに手を向けた。


「知世、こちらは手紙の件で相談に乗ってくださる探偵さんだ。うしろのみなさんがお前の護衛をしてくださる。失礼のないようにな」


探偵がちらりと知世を見る。彼と目が合った知世はなにかに気付き、すぐさま岳のうしろに隠れた。間をおいて、そっと父親の背中から顔を出す。かすかに頬が赤い。


「ご……ごきげんよう、探偵さん」


「さあ、みなさん。改めて、どうぞこちらへ。知世、部屋に戻っていなさい」


「はい、お父様」


「当主から話を聞くのは私と寿だけでいいだろう。各々、持ち場につくように。詳細は移動中に話してあったとおりだ」


勇來たちを振り返って言う探偵。秋人が小さく挙手した。


「手が空いた場合は?」


「屋敷の者の手伝いでもして貢献するがいい。もとより貴様の使い道などそれくらいしかなかろう」


「助手見習いでこの扱いなんだもんなあ……」


「それは貴様が自称しているだけだ」


「久しぶりにまともに名前を呼ばれたと思ったらこれなんだぜ? 静來ちゃん、どう思う?」


「いつものことじゃないんですか?」


「力仕事だったら秋人より俺のほうができると思うけど」


「勇兄、たぶんそこ張り合うところじゃないよ」


勇來ゆーら。おれが一番強い」


「……來亜、便乗しなくていいから」


零羅は無言だ。


「俺たち来たばっかで、このあたりのことよくわかってないままだし。なにすりゃいいんだっけ?」


「お嬢さんのことも屋敷のことも、本格的に動き出すには下調べが足りないのが現状ですね」


屋敷に引き返そうとしていた知世が、目をきらきらさせながら勇來たちを見る。


「じゃあ、じゃあ、別のお部屋でお話しましょう? ね、いいでしょ?」


「僕それ大賛成!」


空來は即答だ。勇來も頷く。


「護衛任務だし、近くにいないとな。探偵、とりあえずそんな感じでいいか?」


「……いいだろう。では、またあとで改めて打ち合わせをする。それまでにその娘と打ち解けておけ」


「そうですね、私たちは自己紹介もまだですから、まずはお嬢さんに私たちのことを覚えてもらわないと」


「お嬢さんだなんて、やめてちょうだい。私のことは知世と呼んでくださいな」


「まあ、あなたがそのほうがいいなら、異論はな――あっ、ちょっと!」


言い終わらないうちに、知世が静來とその隣にいた勇來の手をとった。知世に引っ張られながら、勇來は忍び足で離脱しようとしていた月の腕を捕まえる。おどろいた月は咄嗟に傍にいた來亜をつかみ、來亜はとくに抵抗しないでおとなしくついてくる。だが直前の流れを見てなんとなくだろう、秋人の隣を通るときにそのシャツの裾をつかんだ。


「あっ、俺も?」


「芋づるみたいですね」


「いもづる?」


「なにそれ楽しそう、僕だけ仲間はずれじゃん。しょうがないから秋人掴んどこ」


「ちょ、ちょっ、なんで僕までっ」


「ははは、そう言うなって。大勢のほうが楽しくていいだろ。なあ、お嬢?」


「ええ、私も楽しいことは好きよ。今日はとてもいい日になりそうね。うふふ、こっちよ! お父様、知世はみなさんと談話室にいます」


「ご迷惑のないようにな。別の者になにか飲み物でも持って行かせよう」


「それじゃあおいしいオレンジジュースをお願い!」



玄関の大扉をくぐると、赤い絨毯の敷かれた広いロビーが視界に広がった。吹き抜けになっている天井が高い。正面に見える大きな階段から二階へ上がって通路を歩いて行くと、知世はひとつの扉の前で立ち止まり、部屋の中に皆を招き入れた。


「さあ、どうぞ。好きなところにお掛けになって」


談話室に入ると、まず最初に部屋の中央に綺麗なテーブルと、それを囲うように柔らかそうなソファが置かれているのが見えた。壁には絵画の入った額縁が飾られ、部屋の奥には暖炉がある。こじゃれた燭台のインテリアと、小ぶりな花瓶。屋敷はこの部屋に限らず、内装外装ともにややレトロな印象だ。


適当にソファに座り、勇來たちはまず軽く自己紹介をすることにした。


「俺は勇來だ。風音勇來。こっちは妹の静來と、弟の空來」


「ご兄弟なの? でも、そんなに歳が離れているようには見えないけれど」


「僕らは三つ子だから、みんな歳は同じなんだよ」


「三つ子? すごいわ! 私、双子の兄弟だって見たことがなかったのに、三つ子だなんて! それじゃあ、いつも一緒にいられるのね。うらやましいわ」


「知世ちゃんは一人っ子なんだっけ?」


「ええ。だから遊び相手もいなくて、ちょっとさみしいの」


「いたらいたで邪魔なことも多いですけど。ああ、それで、こっちが如月……咲如月です。彼はあなたと同じで一人っ子ですね。ちょっと人見知りで、初対面の相手と話すのがあまり得意じゃないので、急に質問攻めにしたりはしないであげてください。一問一答でなら会話も成立しますから」


「さきせ、らぎさん? どういう字を書くの?」


「……花が咲くの咲に、如月」


「まあ! 月の如く咲く……ふふ、ステキな名前ね! とってもロマンチックだわ」


「そ、それは……どうも」


他のギルド員に同じことを言われたなら、間違いなく文句を言っただろう。ただ、初対面の異性であることや、知世の天真爛漫な性格のおかげか、とくになにも言い返さずに終わった。仕事の関係上、文句を言いづらいというのもある。


助け舟を出すように、秋人が來亜の肩に触れて軽く押し出した。


「あー、で、この子が來亜。如月くんみたいにシャイなわけじゃないんだけど、ちょっと口下手っていうか、話し方がカタコトっていうか……うーん、少し変わった子だけど、喋ること自体はキライなわけじゃないと思うから。そこはちょっと勘弁してあげてね」


「來亜だ。知世、おぼえたぞ」


「どうぞよろしく! お会いできてうれしいわ。たくさんお話ししましょうね」


「俺は秋人。ここでは一応、みんなの友達であり保護者かな? さっき外で会った探偵の手伝いなんだけど、今はいらないみたいだから……なにか屋敷のこととか、手伝えそうなことがあったらなんでも言ってね。力仕事が得意だから、そういう面で役に立てるはずだよ」


「まあ、それじゃあ、なにか重い物や高いところにある物を取りたいときには助けてくださいな」


「よろこんで」


「俺たちの説明はそんなもんか? あ、あとさっき一緒にいた、黒髪で背が高くて目つきの鋭いやつが零羅。あと……見えてたかなあ、秋人と探偵の足もとにいたちっちゃいのは寿で、探偵の助手。二人とも全然喋らないけど、まあ気にしないでくれ」


勇來がこの場にいない二人の情報を補足すると、知世は赤らんだ頬を両手で覆って、なんだかうっとりした顔つきになった。


「探偵さん……あのステキな方ね?」


「えっ、そいつはやめといたほうが……」


「たしかに黙っていれば顔だけはいいですけど」


「わーん、なんか負けた気分」


「め、面食い……?」


「見た目がいい、だけの男は、ろくでもない。コトハが言っていた」


「あいつの場合はプラスから入っちゃうと減点するとこばっかで最終的に印象悪くなるんだよなあ……」


その場にいるほとんどが否定的だが、知世はとくに気にしていないようだ。勇來は苦笑する。


「俺はどっちかっていうと、秋人のほうがとっつきやすくていいと思うけどなあ」


「そうなの? でも、私は探偵さんが……ふふ、やだ、なんだか恥ずかしいわ」


コンコン、と談話室の扉がノックされた。知世がどうぞ、と声をかけると、扉が開く。現れたのは清潔なシャツを着てネクタイを締めた一人の青年だ。持っている盆にオレンジジュースの入ったピッチャーとグラスをたくさん乗せてある。


「失礼します、お嬢様。お飲み物をお持ちしました」


「ありがとう。……あら、ごめんなさい、あなたは?」


テーブルの脇に腰を落とし、人数分のグラスにジュースを注いでテーブに並べる青年に、知世は首をかしげる。青年はさっと立ち上がり、深く頭を下げた。


「つい先日からこちらでお世話になっております、浅葱あさぎと申します。一度、初日にご挨拶をさせていただきましたが……」


「あっ、ごめんなさい。そうだったわ、思い出しました。新しい人が来たからって、四日前にパパが紹介してくれた方ね。浅葱さん、改めて覚えました。失礼をお詫びします」


知世が申し訳なさそうに頭を下げるので、浅葱と名乗った青年は少しあわてた。


「いえ、どうかお気になさらず。まだ日が浅いですし、きちんとお話しさせていただく機会もありませんでしたので、お忘れになるのも当然かと」


「もー、やっちゃった。バカね、私ったら。浅葱さん。どうかパパには内緒にしてちょうだいね?」


「かしこまりました。……旦那様からみなさんのことはお聞きしています。どうぞごゆっくり――」


浅葱が去り際に勇來たちに一礼する。が、なぜか彼は二秒ほどその場で動きをとめた。勇來たちを見たまま――いや、ちがう。彼の視線の先にいるのは秋人だ。


「浅葱さん?」


「あ――いえ、ごゆっくりおくつろぎください。では、失礼します」


はっとして、浅葱はすぐに談話室を去った。ぱたん、と扉が閉じ、知世はまた首をかしげていたが、すぐに勇來たちに向き直る。勇來は、扉のほうを向いたまま動かない秋人のほうを覗き込むように前屈みになった。


「どうした秋人? 今の人、知り合いか?」


「え? あ、ああ、いや、そういうわけじゃないよ。ただ、昔の知り合いにちょっと似ててさ。びっくりしたなあ」


「さっきの人も秋人を見て固まってましたけど」


「いやあ、俺がガン見してたから、ん? ってなっただけと思うよ。それに、よく見たらそこまで似てなかったかも……えーと、で、なんの話だっけ?」


「私たちの自己紹介が終わったところですね。このお屋敷って、雅日さんやさっきの、浅葱さん? みたいな使用人は、どれくらいいるんですか?」


「えーと、十五人くらいかしら? 浅葱さんみたいに、数え忘れている方がいるかもしれないわ」


「一応毎日同じ家の中にいるんだろ? 忘れるものなのか?」


「雅日とリィス以外は、お庭の管理だったり、厨房でお料理を作ったり、屋敷のお掃除だったり、お父様のお手伝いだったり。みんながみんな私と直接関わるお仕事をしているわけではないもの。お話しする機会はもちろんあるけど、浅葱さんみたいにお顔を合わせる機会が少なかったり、ここへ来たばかりの方は、申し訳ないけど把握できていないこともあるわ」


「リィス?」


「雅日と一緒に私の身の回りのお手伝いをしてくれていた子よ。セル―シャ出身で、ちょっと内気だけど綺麗な子だったわ。歳も近くて、私とは仲が良かったの」


「過去形ってことは、今はもうやめたとか?」


秋人の問いに、知世は少し悲しそうな顔になる。


「やめたというより、いなくなったのよ。ある朝から、急に屋敷に姿を見せなくなって。今も行方がわからないままよ」


「行方不明?」


「そうなの。今から十日ほど前からね。なにかの事故か事件に巻き込まれたのか、ただここを出て行っただけなのかはわからないけど……あ、ほら、最近このあたり、怖い事件が起きているのでしょう?」


「事件……静來が言ってた目潰し殺人のことか? なるほど、それの被害にあったのかもな」


「自ら姿を消したのでないなら、その線が濃厚ですね」


「目潰し殺人? そう呼ばれているの?」


「知らなかったんですか?」


「パパはあまり、そういうことは教えてくれないから。雅日たちも、たぶん私が怖がってしまうと思って気を遣っているのよ。元々、外出にはパパの許可と使用人の付き添いが絶対だったんだけど、最近は付き添いの数を増やしたり、門限が早まったり、外出そのものが禁止になったり……前より厳しくなったわ」


「血なまぐさい話だもんなあ。たしかに、あんまり聞かせたくはないかも」


「一人娘が心配なのはわかりますけど……これが箱入り娘ってやつですかね。使用人たちはお父さんから口止めされているのかもしれません。ちょっと心配しすぎな気もしますけど」


「お父さんは知世ちゃんに綺麗なものだけ見ていてほしいんだろうね」


「私、もう十八歳よ。静來さんの言うとおりだわ、パパは心配しすぎなのよ」


「一人娘がかわいくて心配でしょうがないんだよ。親にとって、子どもはいくつになっても子どもだって言うしね」


「むー、秋人さんまで私を子ども扱いして!」


「あ、いやあ、そういうつもりじゃ……」


また扉がノックされた。音の間隔は浅葱のものより短い。中から返事をする前に扉が開く。やってきたのは探偵だった。


「話の途中ですまないが、荷物を置きに行くぞ。我々は屋敷の空き室を借り受けて寝泊まりすることになっている。荷物を置いたらすぐに集合するように。秋人、モタモタするな」


「えっ、な、なんで俺だけ名指しなんだよ」


「貴様が一番ノロマであるからだ」


「また珍しく名前呼んだと思ったら、やっぱりこんなんなんだよなあ! 静來ちゃんどう思う?」


「いや……秋人の動きが鈍いのはそのとおりですから妥当かと」


「本ッ当に味方がいないよなあ……」


「小娘、貴様も今は自分の部屋に戻るがよかろう。話の続きはまたあとでいくらでもするがいい」


探偵は知世にそう告げて談話室の外に出た。勇來たちは荷物を持ち、立ち上がる。秋人は呆れたような顔だ。


「知世ちゃんに向かって貴様って……あいつ、こんなお屋敷に来てあそこまで普段通りを貫けるのかよ。神経が図太いっていうか、明らかに無礼なのになんか、一周まわって逆にすごいような……」


「あの探偵にいきなり敬語とか使われても、それはそれで気持ち悪いですけどね」


「それは……たしかにそうかも」


「じゃあ、知世。悪いけど、ちょっと待っててくれ」


「すぐ戻って来るからね」


勇來と空來がそう言って声をかけると、知世は小さくため息をついた。


「小娘って、私……そんなに子どもに見えるのかしら……」


「あ、気にするのそこなんですね」

次回は明日、十三時に投稿します。

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