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代理結婚式

 豪華なドレスに身を包んだマリーアにとって今日は運命の日だった。アルス・エメロード大公との結婚式なのだ。今日を限りに自分はスパルタス王女ではなくエンキ大公妃となる。


 何度も密使が行き来した上で、両国間に婚姻による協力関係を結ぶ約束が定まったのは、およそ三ヵ月前だった。話が持ち上がってからは半年足らず。それは突如浮かび上がった縁談としては異例というしかない早さである。

 隣国という地理的な要素で話し合いが円滑に進んだせいもあるが、主な要因は双方が婚姻に前向きになっていたことと、スパルタス国王が愛娘を不憫に思って惜しみない持参金、正確には金貨で五十万スターリングとそれに相当する額の宝石を持たせることにしたためだった。


 エンキ公国は向こうから押し付けられる王女が、どうなってもいい捨て駒ではなく国王にとって愛する娘なのだと知り、人質としての価値の高さを実感したことで不快感を薄めた。

 一部には潤沢な持参金はエンキを圧倒しようという大国の驕りの表れだという声は残ったが、スパルタスの内心がどうであろうと、その金はエンキの国庫に入り内政を潤すのだから文句の付けようはない。


 寡婦になった場合に王女に支払われる年金についても取り決められたが、エンキが支払う元大公妃という立場への額はたいしたものではなく、ここでもスパルタスが元スパルタス王女という立場への多額な年金を用意すると表明した。要するに一大公妃ではなく、大国の王妃にも匹敵する扱いをしたのだ。


 またスパルタスはエンキに支払われる持参金とは別に化粧料として、特産である良質の塩を生産するローヌ地方からの税収を直接徴収する権利を王女に与えた。

 これによって、マリーアは嫁いだ後も安定した収入を得られることになった。


 だが―――。


 マリーアは長い裳裾をひきながらスパルタス王宮の壮麗な王室礼拝堂の祭壇の前に跪いて頭を垂れ、蒼褪めた顔を俯けて隠した。

 今マリーアの隣に並び跪いているのは本来の相手アルス・エメロードではなく、弟のリオン王子だ。外国の王家との結婚では代理結婚はよくあることなのだ。


 エンキ公国は格下とはいえ、スパルタスに臣従するわけではない。大公がスパルタスに足を運んで結婚式を挙げるべきだという声は多かったが、娘の夫となる相手を貶めるべきではないという国王の最終判断で、国内では代理結婚を挙げ、エンキでもう一度本当の結婚式を挙げることに決まっていた。


 勿論、スパルタスの国王夫妻がエンキでの結婚式に参列することはない。いくら娘とはいえ大公妃となったら格下なのだ。今スパルタスの礼拝堂で跪いているマリーアは、ここを出る時にはエンキ大公妃となる。

 

 だが、その代わりにと約束していたリオン王子の立太子式は棚上げになっていた。結婚式の準備が山積しているということがその理由だったが、それならば布告するだけでもというマリーアの願いは聞き入れられなかった。

 そこには王家の威信をかけた式にするには時間が足りないというバルディ公爵の説得に加え、カサンドラ王妃の毎日続くあれやこれやの愚痴の相手で、国王が面倒になってしまったことも影響していた。



 実際のところわざわざ式などしなくても長男が世継ぎになるのが当然なのだ。健康でなんら問題のない息子が二人いるということは、次代を生み出す国王としての責任は果たしたということである。それ以上何をしろというのだ。

 誰であれ自分が死ぬことなど考えたくはないものだ。立太子の何のという話は自分の死後のための話ではないか。


 ―――というわけで、国王はあれだけはっきりと立太子式を約束しておきながら、その気をなくしていたのだ。


 マリーアの隣で仏頂面をしているリオン王子本人は、国王の気紛れな決断に全く興味を持っていないようだった。

 姉の結婚式で代理花婿を務めながらリオン王子は全く感傷的になることなく、壇の下に控える花婿の介添え役、エンキ公国のセイン・ルカ公爵の手から指輪を受け取ってマリーアの左手薬指に嵌めた。

 この式を終えたら国王主催の結婚披露宴が三日間続き、その後でマリーアはエンキへ旅立つ。姉と弟は離れ離れになるのだ。


 祭壇の右手に設けられた特別な壇上で国王夫妻が見守る中、儀式は厳かに進み終了した。


「おお、マリーア、マリーア……我が娘よ……」


 うっすらと涙ぐみながら国王がマリーアに歩み寄り抱き締めた。外では礼砲が一斉に撃ち鳴らされ、王宮前の広場に集まった国民の歓声が響いている中、マリーアも父を抱き締め返す。

 父と娘の抱擁に水を差したのは王妃だった。


「本当に良い式でしたわ、国王陛下。大公妃も感謝しているでしょう。大公妃の結婚式がこれ程の格式で行われるのはひとえに国王陛下のお力の賜物ですもの」


 マリーアの新たな身分を当てこするように何度も口にしながら、王妃は国王の腕に手をかけてやんわりと二人を引き離した。


「陛下、国民が大公妃の姿を見たがっておりますわ」

「おお、そうだな。マリーア、さあ参ろう」


 マリーアは国王の差し出した腕に自分の腕を絡めて歩き出しながら、お父様、と小さく呼びかけた。


「なんだ、娘よ」

「リオン王子のこと、くれぐれも……亡きお母様に代わってお願い致します」

「案ずるな。悪いようにはせぬ」


 そんなことより手元から旅立つ娘に気を取られているといった風情の国王にあっさりと返されて、マリーアはそれ以上の言質を取ることを諦めた。


 国王にエスコートされていつもは立たない大バルコニーに立つと、王宮前広場を埋め尽くした国民が口々に「エンキ大公妃殿下万歳」の声を上げる。

 皆、自国の美しい王女の花嫁姿に酔いしれ、また或いはもう二度とこの王宮のバルコニーに立つ王女を見ることが出来ないことを嘆きながら、口々にマリーアの名を呼んでいた。


 広場の周囲では近衛兵が警備に立っていたが、結婚の記念にマリーア・アルフォンソ・リドリー・エンキ大公妃の名で振る舞い酒が配られたこともあって、多少の混乱も生じたらしい。それでも軽傷者が何人か出たくらいで祝賀ムードに水を差す程ではなかった。



 夜になって始まった正式な結婚披露宴は、これまでに度々行われてきた国王やリオン王子を始めとする王族主催の様々な祝宴の何倍も大規模なものになった。国中の貴族や豪族が大広間を埋め尽くす。

 国王夫妻と並んで正面壇上のテーブルについたマリーアは、正確に言えばスパルタス国王と同じ高さに上がる立場ではなかった。スパルタス国王とエンキ大公では、身分にそれだけの差があるのだ。

 だが、エンキ大公夫妻にはその特権が認められていた。娘を思う父の配慮の一つだった。


 大国のスパルタス国王が自らと同じ高さに立つことを許した以上、他国も一公国と見下すわけにはいかない。そこらに数多いる大公とは扱いを分けなくてはならない。具体的にはスパルタス王女という元の肩書きに合わせた対応が迫られるのだ。

 それはいつまでもエンキをパンセの属国扱いしがちな各国を牽制することにも繋がる。

 エンキからすれば多大な持参金よりもその方が値打ちのあることだった。


 正面の壇に近い席から位の高い人間がつくことになっているが、エンキ側から結婚式の立会人として参列したセイン・ルカは、一公国の公爵ということで本来ならばスパルタスの公爵より低く扱われるべきところを、主の特権に殉じた結果マリーアにかなり近い席を与えられていた。

 近くには近隣の国々からこの結婚を祝うために差し向けられた使者たちの姿もある。


(祝うため? いや、エンキに都落ちする破目になった王女の品定めと、スパルタス国王の腹を探りに、というところだな)


 豪勢な食事を楽しみながらセイン・ルカ公爵は気付かれないように周囲を見渡した。この連中はこの後、エンキでの結婚式にも参列する筈なのだ。

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