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国王の決断

 成長するにつれ母である前王妃の面影を強めてきたマリーアは、現王妃のカサンドラにとって面白くない存在だった。

 国民も臣下もマリーアの姿を目にする限り、決して前王妃のことを忘れないだろう。国王がマリーアに甘いのもそのせいだと思うと、その厄介な相手が目に付かない遠くに嫁いだらどれ程気持ちが晴れるだろう。

 しかもそれにより、マリーアの立場がスパルタス王妃とは雲泥の差のエンキ大公妃となれば、どれ程溜飲が下がることか。


 バルディ公爵の方は、妹王妃のいかにも女が持つようなくだらない嫉妬や対抗心には全く興味を持っていなかったが、マリーアの存在が邪魔なことに変わりはなかった。


 せっかく国王の子を産んだ妹を持っていても、このままではリオン王子が次の王になってしまい、自分の出る幕は無くなってしまう。

 バルディ公爵の見たところ、リオン王子は王位に就くことにまだ興味がなさそうだし、早いうちに邪魔な姉と弟を引き離し、上手く甥のカール王子を王にして外戚として権力を握ることを夢見ているのだ。


「エンキ公国、か……。他に目ぼしい相手はおらんのか。我がスパルタスの誇る第一王女を与えるに相応しい相手は」

「それはなかなか難しいご質問でございます」


 国王の問いにバルディ公爵は勿体ぶって答え、少し考え込むような素振りを見せた。


「確か―――パンセの皇太子ジオルド公が独身ですが、こちらは……」

「あれは駄目だ。国境のヤナイ鉱山の件で長年揉めているというのに、下手をしたら戦になるような火種のある相手に我が姫をやれるか」

「確かにパンセは信用出来ない相手、我が国の王女に相応しいとはとても……」

「そうですわ。それにパンセ側が我が方の王女を有難がるとも思えません。その点、エンキ公国ならば……」

「大スパルタス王国の総領姫を妃に出来るとなれば、エンキの大公も恩義を感じ、我が国に頭が上がらなくなるでしょう。そうなればパンセと我が国の差は歴然となり、長年の懸案だったヤナイ鉱山も完全に我が国のものに出来るかもしれません」


 バルディ公爵と王妃が代わる代わる口を開くのを、マリーアは苦々しい思いで見詰めていた。 

 これでは是非ともエンキに嫁がせたいと言っているのも同然だ。

 マリーア自身、エンキの大公に対して何の感情も持っていないが、確かにスパルタスの王女の嫁ぎ先としてはかなり不足があることは否めないのだ。


「ふ……む、エンキ、か。なるほど、これはいい話かもしれん」


 国王は考え考えそう呟くと、マリーアに視線を向けた。


「マリーア、これはまだただの一案に過ぎないが、そなたにとって悪いようにはしないから安心するがよい」

「国王陛下……」

「そなた程の姫をエンキ公国の若造にくれてやるのはなんとも口惜しいが、もしこの話がまとまった暁には、誰の前でも恥ずかしくないだけの用意をしてやる。他国からエンキの大公妃ごときと見下されることのないよう、大スパルタス王国の王女としての権威を内外に知らしめるような支度をな」


 マリーアは国王の言葉に微かに微笑んで見せ、口を開いた。


「有難うございます。突然のお話で驚きましたが、全て陛下にお任せします。ただ……もしこのお話が決まったら、滅多にお父様にお会い出来なくなると思うと、とても複雑な思いがします」

「おお、マリーア……っ、そなたが嫁いだら寂しいのは私も同じだ」


 国王と王女としてではなく、父と娘としての会話にするために、マリーアがお父様と呼び方を変えると、国王も感極まったように声を震わせた。

 だが今一時感情に流されても、国王には誰もが従って当然と考えている父だけに、一度頭に根付いたエンキ公国との縁談を切り捨てることはないだろう。となれば、エンキ側がどう思おうと、マリーアの結婚は半分決まったようなものだった。


 もしエンキが断ればそれはスパルタスとの関係悪化を意味するのだから、パンセの属国に戻る気がないのならば、エンキ側の取れる道は一つしかない。


「私が嫁ぐ姿を亡きお母様にお見せ出来たら、どんなに喜んで下さったでしょう。それが心残りです」

「そうだな。自分にそっくりの美しさに成長したそなたの嫁入りを、彼女も見たかったであろうな……」


 しみじみと頷く国王に、マリーアは柔らかく続けた。


「ですがもう一つ、お母様にお見せしたかったリオンの立太子式を見てから嫁ぐ日を迎えられたら、私の心残りも少しは休まることでしょう。嫁ぐ先がスパルタスの王女として不足のある相手だとしても、お父様の仰る通りにいたします」


 マリーアは逃れようのない運命を受け入れる代わりに、今しかないこのチャンスを上手く活かすことにしたのだ。

 王妃とバルディ公爵が息を呑んだのがわかったが、マリーアは国王だけを一心に見詰めて返事を待った。


 国王は、望めば大国の王妃にもなれる身分のマリーアを小さな公国にやるという不憫さに、亡き王妃のことを思い出したことも手伝ってか、あっさりと頷いた。


「マリーアの申す通り、確かにリオン王子ももう十六歳。王太子としての責務を担ってもいい年だ。よかろう、近く立太子の式を執り行い、そなたが安心して何の憂いもなく国を離れることが出来るようにいたそう」

「まあまあ陛下、何もそんなに慌ててお決めにならなくても宜しいではありませんか」


 それこそ慌てた口調で王妃が口を挟んだが、国王は意思を変えようとはしなかった。


「よい。もう決めたのだ。マリーアには可哀相なことになってしまったのだから、そのくらいのことで心安らかにいられるのならば、容易いことだ」

「そんな……まだ結婚すると決まったわけでは……」

「何を言う。パンセにエンキを獲られるわけにはいかんのだ。とにかく早急にエンキに送る使者を決めねばならん。王室事務長官を執務室に呼ぶように。丁度エンキに遣わしていた公使が交代するため帰国していた筈だ。急いで呼べ」


 国王は傍に控えている侍従にそう言い付けると、テーブルに着いている一同を見渡して立ち上がった。

 皆も一斉に立ち上がる。


「それでは皆、良い一日を」


 国王がそう言い残して立ち去ると、他の面々もそれぞれの私室に引き取り、マリーアだけがその場に残った。


 主のいない国王の席からリオンの席へ視線を移し、ほぉっと溜め息をつく。

 突然の運命の変化に、頭の中が逆上せたようになっていた。それでも出来る限りのことをして弟リオン王子を守っていかなくてはならないのだ。


 マリーアはいつも心に抱いている思いを新たにしながら、唇をきつく噛み、自分自身を必死に鼓舞しようとしていた。

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