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異端の勇者に終末を  作者: Edamame
第一章 死せる少年は異世界へ
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第7話 不可視の境界

「さぁ、エート君。かき集めたぞ!!」


 イスプとナターシャがなにやらガチャガチャと音をたてて、いくつかの木の箱を運びこむ。


「神父の知りあいの研究者から借りたんだ」


 箱の中には、大量の実験器具とおぼしき物が入っていて、そのうちのいくつかはエートの見たことのない形状の容器や、見知らぬ薬品の類いがたくさん見受けられた。


「凄い…こんなに沢山…」

「そうだろう?」

「あ…ありがとうございます……」

「あっ、そうそう」


 イスプは別に革で表面を覆われた小箱を持ってきた。


「はい、これ」


 小箱の中には複数の瓶が入っており、それぞれが半透明の奇妙な粘液を中に抱えていた。


「いやぁ、大変だったよ。死体はもう棺に入れられててさぁ。しかもおとといよりも腐敗してたから臭いのなんの……」


 そう、イスプはあの事件からたった2日でこれだけの実験器具を用意したのだ。いくら貴族とてイスプも金に限界はあるだろうが、エートの事に関しては金に糸目はつけていないようで、必要ならば何でもすぐに揃えた。


「…本当に…ありがとうございます…」

「いいんだよ。こっちも好きでやってるんだから」


 イスプはエートに対して笑顔で返したが、かえってエートを申し訳ない気持ちで満たしただけだった。


「ところでエート君、粘液まで使って、何を調べるのかね?」

「この粘液の性質を調べたいんです」

「性質?」


 エートの調べたい事。それは、粘生蟲(スライム)の体液の性質。

 スライムは、消化液を分泌しているのではなく、肉質そのものが消化液の役割をもっているものではないかと考えた。

 もちろん、この仮説にはそれなりの根拠がある。

 スライムに似た姿の生物、アメーバは、餌を見つけると体でそれをすっぽりと覆ってしまい、食胞(しょくほう)という場所で消化するため、餌は大抵きれいに消化される。

しかし、遺体を見る限り、主な損壊部位は皮膚や筋組織などの表層で、食べ残しにしては多すぎる印象を受ける。食胞での消化が行われているならば、遺体は時間をかけて消化され恐らく骨も残らないだろう。

 そのうえ、本の記述によるとスライムは触れた物を消化するとされている。つまり、消化が行われているのが内部に存在するであろう食胞ではなく外部、スライムの肉体そのものと考えられるのだ。

 イスプにこれらの実験器具等々を用意してもらったのは、この仮説をただの推測の域から、不動の事実として証明するためである。


「さて、エート君。私に手伝わせておくれ」


イスプは、子供のような楽しげな顔をエートに向ける。


「分かりました。よろしくお願いします」

「ナターシャさん」

「はい?何でございましょう?」

「窓を開けていただけますか?」


 粘液には、スライムの消化液の他に、遺体の体液も含まれる。その為、瓶の中の液体は、臭気を放つと考えて、窓を開けさせた。

 ふと、瓶を見る。

 人間の一部が、溶けて目に見えなくなった人間の肉が、細胞が、この液体にはまざっているのだろう。

 タンパク質や、その他の栄養となった人間の、分解された人間の、液体が。


 エートの脳内に、ふと、疑問が浮かぶ。


 この瓶の中の液体の人間の一部は、生きているのか?

 いや、死んでいる。

 死んだ人間の物なのだから、当然だ。


 ならば、液体を採取した屍は?生きているのか?

 ……死んでいる。

死んだ人間だから、屍なのだ。



それなら自分や、イスプさん、ナターシャさんは?

生きているに決まっている。




ならば




死と生の境界線は…?


そもそも、死と生を別け隔てる境界などあるのか?


死した者も生ける者も、所詮は有機物の塊ではないか?


瓶の中の液体は、


本当に"死んでいる"と言えるのか?




「………君?」


「エート君?」


 イスプは心配そうにエートの顔を覗き込む。ナターシャも奥で不安そうな表情をこちらへと向けていた。


「大丈夫かい?ナターシャが窓を開けたら、突然動かなくなったから…」


 窓はいつの間にか解放されており、窓はまるで、外の空気を目一杯に部屋中へと吸い、中の不快な空気をはきだす口のように感じられた。


「だ、大丈夫です。」

「…………」

「実験を…やりましょう…」


 エートは、箱の中の実験器具から必要な物を選び、机の上に置きながら考えた。

 自分に、瓶の中の人間は、魔物の餌食となった哀れな人間は、何を望んでいるのか?

 自分はこれから、瓶の中の人間だった物と魔物の体液の混合物を使って、実験をする。

 (かたき)の魔物を殺すための、実験。

 だがそれは、犠牲者への弔いでも、敵討ちをする為でもなく、ただの自分勝手(エゴイズム)な探究心の果ての行為なのだ。



 エートは、余計な事を頭から閉め出すべく呼吸を整える。




…………………




………






……………今はスライムへの対抗策を考える。






………余計な事を考えるな。




 エートは頭をリセットすると、実験にとりかかった。


「よし」

「始めましょう」


 シャーレにスライムの粘液をスプーンを使って少し垂らす。

予想以上の臭気が立ち込めたが、換気をしているため、すぐに臭いは抜けた。


 この世界では科学技術があまり発展していないため、phなどの細かな値を出すのは至難の技だろうが、大体の消化液の概要がわかればそれでよい。

 どんな液体なのか、その強さはどの程度か、そして、






ー 確実に殺す方法は、何か

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