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異端の勇者に終末を  作者: Edamame
第二章 好奇の行く先
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第12話 訪問者②

 エートは、自室で本を読んでいた。


「エート様、ご主人様がお呼びです」


 ナターシャに呼ばれ、部屋を出ると、応接室に来るように言われた。

 ナターシャは、先日エートが倒れてからというもの、エートに今まで以上に気を使っているようだった。今日も体調の様子を気にかけているのか、部屋の前でエートが出て来るのを待っていた。

 部屋を出て、少し急ぎ足で応接室に向かうと、動きにくそうな正装の軍服を着こんだ二人の兵士とイスプが机を挟んで何やら話していた。


「えーと…イスプさん…?この方々は?」

「憲兵隊のちょっと偉い人達だよ。名前は…」

「ローナ・タッグ中尉です」

「ダグラス・マライス大尉だ」


 兵士はそれぞれソファーの上からエートの方を見て、自己紹介をした。

 兵士と言うだけあって、二人共、細かい動作からさえも覇気が感じられるかのようだ。


「あー…えっと…ヤ…ヤマウチ…エートです…」


 エートも自己紹介をしてみるが、初対面の相手であり、堅そうな兵士ともあって若干どもってしまう。


「じゃあエート君。君の研究をこの憲兵さんお二人に説明してくれ」

「……え?」

「魔物に関する研究、あれを説明してやってくれ」



 イスプの促しに応じてエートは戸惑いながらも研究について独自の考察を交えて説明を始めた。

 大尉は最初こそなんとか理解しようとしていたが、途中から太い腕を組んで、眉間に深い渓谷ができて「全く理解できない」という色を顔に滲ませていた。

 一方、中尉の方は、真剣な様子でエートの話に耳を傾けていて、この世界の人々には馴染みの無いであろう科学的な話の理解に尽力しているように見えた。


「…という事で…魔物に関する本などの資料から、考察して…その…裏付けのために…イスプさんに用意して頂いた遺体の粘液を…使ったんですが…」

「……なるほど」


 中尉はやや下がっていた眼鏡を、薬指を使って押し上げて呟く。眼鏡の奥の鋭い切れ目から覗く青い瞳は、エートの顔の方へと真っ直ぐに向けられていた。


「どうやら…不審な扱われ方はされていないようだな…」


 大尉は腕を組んだまま、右目だけをわざとらしく開けて、イスプの方を見る。片目を大きく開けた大尉の豪快な顔は、江戸時代に親しまれた歌舞伎役者を描いた浮世絵を彷彿とさせた。


「……それにしても…憲兵さんも大変なんですねぇ…」


 唐突にイスプが呟く。その言葉に(ねぎら)いの気持ちはまるで含まれておらず、半ば挑発的ともいえる話ぶりだった。


「……と、もうしますと?」


 大尉はイスプのいる前方に頭を少し傾けると、短い髭が密生した口元に微笑をたたえてイスプに問う。


「憲兵隊の大尉ともあろう立派な方が、わざわざこんなボロ屋敷まで出向くとは…相当、人手が足りないのか…なんてね?」


 大尉は相変わらず顔色を変えないが、ほんの一瞬だけ口元がひきつったのをエートは見逃さなかった。

 この軍人(ひと)達は、それについて触れて欲しくない。一切として訊かれたくない話題なのだ。


「えぇ、最近の若い新兵は仕事が出来ませんので。私どもまで出向かなければいけないのです」


 大尉ではボロを出してしまうと判断したのだろう中尉が、イスプの問いに自然な回答をする。


「そうですか!!いやいや、てっきり私は…」

「…なんでしょうか?」


 イスプはわざとらしく話を途中で止めて、相手の意識をこちらのペースにのせようとしている。

 コミュニケーション能力にやや問題があるエートは、「自分なんかには到底出来ない芸当だ」なんて事を考えていた。


「…てっきり私は…人が使え無いんじゃなくて…本当にいなくなったのではないか…とね」

「……」


 二人は応えない。二人の顔は、相変わらず接待用の落ち着きを得ている表情を塗りたくっている…が、その目には、僅かな焦りが垣間見える。

 そんなことなどお構い無しに、イスプは面白がって追撃する。


「ここアシュバルからも…討伐遠征に人員が駆り出されたそうじゃないか…」

「……どこでそれを?」


 大尉が猛獣の唸るような低い声で訊く。目は、先程までの焦りの他に、イスプを警戒をするような鋭い色を帯びている。

 そんな大尉に気づいたのか、中尉が咳払いをする。

 中尉はこういう事に慣れているのか、その咳払いだけで大尉は再び、接待用の柔らかな顔に戻る。さながらその様は、獰猛な虎を飼い慣らす猛獣使い……とも言えるだろうか……


「……で、イスプ男爵。どこでそのお話を?」

「なぁに。私とて貴族のはしくれ。人脈はそれなりに持っているつもりでね」

「人脈…我が軍にですか?」

「さぁ?…人の繋がりは複雑でしょう?一重にその"人"に管を繋がなくても、情報って言うのはその周辺に溢れている。そこに少し切れ目をつけるだけで、(おの)ずと此方へ流れ込んでくるのですよ」


 イスプは最後に「無論、真偽は見分けないといけませんが」と付け加え、笑いながら客人への無礼を侘びた。


「私は、人との"お喋り"が大好きでね」

「男爵の性格は、きっと酷いくらいに、ひねくれておられるのでしょうね」


 中尉は、微笑みながらイスプにそう言った。

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