第11話 訪問者
人影もまばらな早朝、アシュバルの街を馬車が駆る。
馬車には、正装の軍服を着こんだ二人の兵士が乗っていた。
「全く、こんな朝っぱらから何だって言うんだ…」
大柄の筋肉質な男は、大きな欠伸をしながら、心底面倒臭そうに話す。
「仕方がないでしょう…任務ですから」
隣の女は、馬車の振動でズレた眼鏡を薬指で直しながら男に応答する。揺れる馬車の中にもかかわらず、平然と本のページを捲る女の姿には、明晰な頭脳の雰囲気が溢れ出ていた。
「お前…いつもそんなに真面目にやってて疲れないのか?」
「余計なお世話です。大尉」
「…お前…少しは…目上の者に対する敬意をだな…」
「…大尉、そろそろです」
二人を乗せた馬車は、ある屋敷の前で停まった。
「ここが目的の下級貴族の屋敷か?何かボロくないか?」
屋敷は立派な建物でこそあるが、色褪せた壁や屋根からは、古めかしい印象を受ける。
「大尉。分かっているとは思いますが、今回の任務は戦闘ではありません。調査です。間違ってもうっかり殴ったりしないように気をつけて下さい」
「分かってるよ…」
男は苦笑いをして受け流した。が、内心では、本当にうっかり殴ったりしてしまわないように気を付けなければと思っていた。
女兵士が彫刻の施された木製のドアをノックすると、それと同時に中から女の返事が聞こえた。
ドアを開けたのは美しいエルフのメイド。恐らくはこの屋敷に仕えている者と思われた。
「なんでございましょうか?」
突然現れた軍服の二人に驚いた様子だが、落ち着いた声色でメイドが訊く。
「男爵殿はいらっしゃいますか?」
「…しばらくお待ちを…」
メイドが扉の奥に消えて間もなくして、男はやって来た。
イスプ・シュルスタイン男爵。アシュバルに古くから存在する下層貴族家の男。周囲からは変人と陰口を叩かれているというが、整った髭と顔立ちの男には、そのような陰鬱さは微塵もなかった。
「…なんのご用意ですかな?兵隊さん?」
「地方憲兵隊所属。ダグラス・マライス大尉だ」
「同じく、ローナ・タッグ中尉と申します」
「…私はここの主。イスプ・シュルスタインだ…どうぞ、入りたまえ」
二人の兵士はイスプの屋敷の中へと入っていく。
屋敷の中は、どことなく落ち着きのある内装で、よく貴族に見られる豪勢で目が痛くなるような宝石の数々も、権力を誇示する威圧的な彫刻も彼らの目には入らなかった。
「こちらです」
先程のエルフのメイドが、二人を案内する。
どうやらこの屋敷に仕えているのは、このメイドだけのようで他に使用人がいる様子は無さそうだった。
「どうぞ、お掛けください」
屋敷の応接室は、細部に渡って趣向の凝らされた細工がされており、非常に洒落た、その上落ち着いた雰囲気があった。
「さて、では用件はなんですか?」
イスプは、椅子に腰を下ろすと兵士達に訊く。
「はい。今回私達は貴方の事で調査に伺いました」
「調査ですか?」
「何か思い当たる事でも?」
ローナ中尉は、眼鏡の奥で目を細める。
「……思い当たる事が多すぎましてね…ははは」
イスプの言葉には、疚しいことを隠しているような影は全くといってなく、むしろ兵士達との会話を楽しんでいるようだった。
「…で?何の調査です?」
「貴方は、魔物に殺害された被害者から、魔物の体液を入手しましたね?」
「?」
「貴方は、それを何に使ったんですか?」
「何故そんな事を軍隊が?」
「人の死に関わることですから、我々のような治安維持組織が調べるのは当然です」
イスプはメイドに何かを言うと、メイドが部屋を出ていった。
「ちょっと待っていてください。今、関係者を連れてきますから」
「関係者?」
ダグラス大尉が唸るような声でイスプに問うが、まるで意に介していないようだ。
「えぇ、そうです。私より彼の方が詳しいから」
イスプが話を終わると、それとほぼ同じくしてドアが開いた。
ドアの向こうには、メイドと、1人の異様な少年が立っていた。
特に目を引いたのは少年の髪と目の色。ダウィスパニアでは珍しい吸い込まれるような黒。純黒ともいえるその色にはまるで異界からもたらされたかのような不気味さと神秘を含んでいるかのようだった。
「えーと…イスプさん?」
「この方々は?」
少年は、兵士達に話を始めた。