プロローグ
「………はぁ……」
彼、山内英人はため息をついた。
学校の屋上、フェンスを越えた場所に立ち、
恐らく最後になるであろう夕日を目に焼き付けていた。
「高さは約20m……自分の質量は58kg……」
ここで彼は、自身の位置エネルギーを計算した。
「……いけるな……」
そう、彼は今から ー
自殺するのだ。
彼は今まで自身の存在意義を証明していた、唯一無二の物を完全に失った。
研究者である彼の父親は「他者よりも賢明な子になってほしい」と願っていた。
英才教育を受けた彼は、父親の望み通り、立派な知識を手に入れていたが、その代償として"他者との繋がり"を失った。
中学の時、父親がガンで旅だった後も、彼は勉強を止めなかった。
(それが…この結果か……)
他者と繋がる事を教わらなかった彼には、勉強意外の何も無い。
勉強という彼の唯一の命綱を失った今、辿り着いた結果がこれだ。
父親の望み通りの明晰な頭脳を手に入れていたが、今の社会が必要としていたのは、並外れた頭脳ではなかった。
他人と繋がる力。
彼に最も欠如した能力。
コミュニケーション能力。
学力があれば、キャリアがあれば良いという物では無かったのだ。
彼は有名大学への進学を目前にしてそれを痛感した。
そしてそんな彼に追い討ちをかけたのは、彼のクラスメイトが彼につけたアダ名だった。
彼はクラスメイトと言葉を交わしたことなど無に等しかったが、彼等は皆、彼の事をこう呼び交わしていた。
「犯罪者予備軍」
(結局、僕はこの社会についていけなかった)
他人との関わりを持たない彼は、今の複雑化した社会的コミュニティに適応できなかった。
それは同時に、彼が現代社会に置いていかれた存在であることも示していた。
彼は再び溜め息をつき、後ろを向く。
靴を脱いだ足裏は徐々に冷たくなりつつあった。
それから一息つくと、
ゆっくりと後ろへ倒れた。
頭を下にして落ちてゆく彼の目には相変わらず輝く逆さまの夕日が映っていた。
(あぁ、もうどうでも良いと思っていたのに)
(何故だろう?)
(今、僕は)
(死を恐れている)
自分で命を絶つと決めたはずだったが、死が目前に迫ったその時、突如として生への執着が目を醒ました。
(あぁ、死ぬのか)
彼は地面を目前にして意識を失った。
「・・・・・・ーーーー・・・・!!!」
………何だろうか、声がする。
「ーー・・・・・あ・・ーーか!?」
ん?なんといっているのか?
「大丈夫か!?あんた!?」
彼が目を開けると、そこには自分を叩きつけたはずの高校の地面はなく、一人の男が目の前にかがみこんでいた。
「良かった。てっきり死体かと思ったよ。」
英人は身体を起こして困惑した。
「ここは……どこ……なんだ?」